話題:突発的文章・物語・詩

【THE・グッドジョブ─現代の肖像】
(10minute インタビュー)

混迷を極める現代。しかし、そのような不透明な時代にあってなお、眩(まばゆ)い輝きを放ち続ける人たちがいる。この番組はそういった人物へのインタビューを通して、生きづらい時代を軽やかに生き抜く為のヒントを得ようと試みるものである。


記念すべき第1回目のゲストは世界の銀行マンが注目する噂の人物『どいなか銀行イノシシ係・只見 守(ただみまもる、52)』さん。聞き手はインタビュー界の第一人者、菊耳持之助でお送りします。


(菊耳)──銀行マンというと真面目でお堅い、眼鏡の奥がキラリと光るようなエリート的イメージがあったのですが、まさか野良着でお越しになるとは(笑)。しかも眼鏡なし。良い意味で期待を裏切られました。

只見『ハハハハ、エリートなんてとんでもない(笑)。世界の金融市場に影響力を持つ大銀行ならともなく、うちは地域密着型なので……服装も迷ったんですけど、普段職場でしている格好の方が良いかなって。ちなみに視力は両目とも2・0です』

(菊耳)──『えっ?……仕事中もその野良着なんですか?』

只見『実はそうなんです。と言いますのもウチはお客様に何時でも気軽にお越し頂けるよう、行員の服装も庶民的な服装で統一させて頂いているんです。野良着とかパジャマとかじゃーのとか。中にはバカボンのパパみたいな格好の人もいますよ。何せ周りは畑やら田んぼばかりで、農作業の合間にいらっしゃる方も多いので。うちで背広を着ているのは頭取だけですね。それも下はジャージですけど』

(菊耳)──はひぃ〜〜、それは親しみ易くて良いですね。公民館みたいな感じで特に用が無くともフラッと立ち寄れる訳だ。

只見『はい。もともと此の場所には農作業で使う共同の井戸があって、よく井戸端会議が行われていたんです。それがやがて寄合所になり、気がついたら何時の間にか銀行になっていた、という(笑)。[あなたの町の寄合所]。それが今も受け継がれる“どいなか銀行”の精神なんです』

(菊耳)──気がついたら銀行になっていた、という所が若干ホラーめいていて怖い気もしますが、お客様に寄り添うんだという精神は十分伝わって来ました。素晴らしい。ところで、その“どいなか銀行”について簡単にご説明頂けますか?

只見『はい。えーと、ですね……どいなか銀行と言うのは、土井仲(どいなか)市を中心に肩井仲(かたいなか)市と弥馬奧(やまおく)市に支店を持つ地方銀行となっております。ATMも無い本当に小さな銀行なので、恥ずかしながら、地域住民以外の知名度はほぼゼロかも知れません』

菊耳──いえいえ、ご謙遜を。と言うか、ATMが無いのは普通ではない気もしますが(笑)

只見『あ、いえいえ、以前はあったんですよ。でも、誰も使わない(笑)。やっぱり、人と人が面と向かって軽く世間話なんかしながら預けたり引き出したりしたいらしいんです。それで結局、ATMは全部取っ払っちゃいました。代わりに空いたスペースに掘り炬燵(ほりごたつ)と囲炉裏を設置したらこれが大人気で(笑)。まあ、そんな感じで、気取りのないカジュアル感覚のごく普通の銀行ですよ』

菊耳──なるほどなるほど、家のタンス預金に近い感じで気軽に利用出来る敷居の低い銀行という事ですね。

只見『そう言って頂けると嬉しいです。実際、うちの地下にある金庫室の床は畳で、大金庫は桐箪笥(きりだんす)をモチーフにしたデザインになっているんです』

菊耳──昭和の家電であった家具調の大金庫だ。家具調テレビとか家具調炬燵(こたつ)とか流行りましたもんね。

只見『そうなんです。その頃のデジタル製品は、畳とか床の間だとか仏壇だとかそういう和室にも上手く馴染むように作られていたんですよね』

菊耳──そうでした、そうでした。デジタルとアナログが仲良く付き合って行こうという空気みたいなものが時代にありました。それがどこかレトロモダンな空間を造成していた。

只見『その通りです。目指すはそこ。その第一歩が畳の金庫室であり家具調の大金庫であり、床の間の貸金庫であり、合掌造りの社屋な訳です』

菊耳──えっ、合掌造りなんですか?

只見『そうです。白川郷みたいで良いでしょう?』

菊耳──古民家カフェはよく聞くけれども、古民家バンクは初めてだ。 

只見『何せ周りは田んぼと畑ばかりで、その外側はぐるっと深い森や山に囲まれてますからね。都会的な建物だと景観にそぐわず浮いてしまうんです』

菊耳──なるほど。そこで本日のメインテーマである[いのしし係]についてです。今まで色々な銀行の方とお話しさせて頂いているんですけど、正直、[いのしし係]と言うのは初めて聞きました。これはいったいどういったお仕事なのでしょうか?

只見『はい。耳馴れない言葉ですよね。先ほど少しお話ししたように当行の周辺は自然に恵まれた環境な訳です。森や山などは手つかずのまま残っているところも多い。これは、もう、いつイノシシが出てもおかしくない環境な訳です』

菊耳──もしかして、そのイノシシを新たに顧客として取り込もうと。その対応係が[いのしし係]であるという事ですか?

只見『いや、まさか(笑)そうなれば最高ですけどね。残念ながらそうじゃないんです』

菊耳──とすると、金銭の代わりにイノシシを預けたり引き出したり出来る独自のシステムがあるとか?

只見『ハハハハ、いや、イノシシを預けられても困ってしまいます(笑)』

菊耳──降参です。教えて下さい(笑)。どういったお仕事なのでしょうか?

只見『えーと、ですね……どう言えばいいのかな……ほら、たま〜にニュースなんかで地方の店に突然イノシシが入ってくる映像が流れたりするじゃないですか』

菊耳──ああ、はいはい。「珍客来店」とか「〇〇店に珍入者」なんて見出しで。

只見『そうですそうです。さっきも言ったようにうちの銀行の周りは田畑と野山ばかりで、いつ何時イノシシが突入して来てもおかしくない』

菊耳──はい。先ほど伺いました。そう言えばつい先日も【世界の衝撃映像・九死に一生スペシャル】みたいな番組で、外国でしたけど、田舎の小さな雑貨屋にイノシシが突っ込んで来た動画がありました。かなり危険な映像でした。

只見『そうなんです。野生のイノシシは本当に危険。もし、うちのロビーに突進してお客様を撥ね飛ばしとりしたら……』

菊耳──命に関わる大問題だ。

只見『一大事です。彼らは本当に頭が良くて、突っ込んでもいい店と突っ込んではダメな店をしっかりと見極めて選んでいるんです』

菊耳──イノシシが店を選ぶんですか?

只見『はい。銀行で言えば、彼らが標的にするのは体力のない地方の弱小銀行か信用金庫ばかりで、み〇ほ銀行とか三菱東京U〇Jには先ず手を出さない。ちゃんと解ってるんです、大手の銀行を怒らせるとまずいというのを』

菊耳──つまり、イノシシは地方銀行とか信用金庫を馬鹿にしている、と。

只見『絶対そうです。確かにウチはいつ経営破綻しても不思議ではない弱小銀行ですけど、イノシシに馬鹿にされたまま黙っている訳にはいきません。何よりお客様の安全だけは絶対に確保しなければならない。そこで生まれたのが【いのしし係】なのです』

菊耳──なるほど、そういう事か。店に乱入してきたイノシシからお客様を守る、そういうお仕事なのですね。

只見『ええ、まぁ……最終的にはそういう事に……なりますかね』

菊耳──いや、危険なお仕事だ。

只見『いえ、そうでもないです』

菊耳──突進するイノシシから身を呈して客様を守ったりするんでしょう? 

只見『いや……それは、しないですね』

菊耳──暴れるイノシシを捕まえたり追い出したりするんですよね?

只見『まさか(笑)』

菊耳──えっ、ではいったい何を?

只見『はい。うちのロビーは天井が吹き抜けになっていて、その2階テラスに特設ブースがあるんですけど、私の仕事はそのブースの中から侵入してきたイノシシを観察する事なんです』

菊耳──観察。つまり、ただ見ているだけ?

只見『いえ。見ているだけ、というのはちょっと違っていて……イノシシがどの場所からどのようなタイミングでどういう形で侵入してくるのか、店に入った後はどういう動きを見せるのか、そういった、言わばイノシシの動線をしっかり掴むべく観察をする訳です』
 
菊耳──なるほど、単なる見物ではない訳だ。

只見『ええ。イノシシの動きだけではなく、お客様の動きも同時に見ておく必要があります』

菊耳──イノシシとお客様たち、幾つもの動線を同時に追う訳ですか。
 
只見『そうです。更に言えば、イノシシと客の動線を追いながらそれぞれの表情や反応、パニックの際の集団心理と行動などもしっかり記憶しておかなければならないんです』 

菊耳──はひぃ〜〜それは超人的な集中力が必要だ!

只見『はい。しかし、そこをしっかりと押さえておく事で次にイノシシが乱入した時に慌てず対処出来るようになる訳です』

菊耳──なるほどー。すべては未来の為にあるのですね。

只見『そうです。ですので、もしも今、イノシシが突入してきたとしても、私は決してロビーには降りません。安全な2階のブース席から彼らを観察するだけです。すべては未来のお客様たちの安心と安全の為に』

菊耳──恐れ入谷の鬼子母神です。まさか、ここまでハードなお仕事だとは夢にも思いませんでした。

只見『はい、毎日が緊張の連続です。でも、責任の重さはやりがいにも繋がるので充実感はありますね』

菊耳──実際、イノシシが店に入ってきた事はあるんですか?

只見『いえ、私が入行してから今年で30年になりますけど、その間にイノシシが店に入ってきた事はないですね』

菊耳──一度も?

只見『はい、一度もありません。と言うか……様々な文献や報告を検証したところ、土井仲(どいなか)市では、ここ4 00年ほどイノシシの目撃例はないとの事です』 

菊耳──えっ、それって、もしかして生息……

只見『いや、本当にいつイノシシが出没してもおかしくない雰囲気なんです』

菊耳──しかし、過去400年間は出現していないんですよね。

只見『はい。でも、400年出ていなかったからと言って明日も出ないという保証はない。ですよね?』

菊耳──確かに確かに。逆に考えれば、そろそろ出て来てもおかしくない頃合いだとも言えます。

只見『その通りです。ですので、入り口の自動ドアが開くたび稲妻のような緊張感が背中に走る、そんな毎日を送っている訳です』

菊耳──いやいや、これは想像以上に厳しいお仕事です。でも、そのお蔭で銀行の未来は守られている訳だ。

只見『そう言って頂けると励みになります。心身共にキツい仕事ですけど、また明日から頑張れそうです。ありがとうございます』

菊耳──いえ、こちらこそ貴重な話を聞かせて頂き有り難うございます。では、最後に今後の展望などありましたらお聞かせ願えますか?

只見『はい。いざという時に最大限の集中力を発揮する為には、平時にはなるたけリラックスした状態で過ごす事が大切だと思うんです。その為にはブースの中の快適性が必要不可欠です。先ずは本場イタリアからエスプレッソマシンを取り寄せて何時でも美味しい珈琲が飲める状態にしたいです。あとはマッサージチェアを置いたり、漫画本も充実させたいところですね』

菊耳──緊張と緩和。メリハリが大切だという事ですね。さて、もっと色々なお話を伺いたいところですが、残念ながらお時間が来てしまいました。という事で、本日は【どいなか銀行いのしし係】只見 守さんにお話を伺いました。それでは皆様また次回お会い致しましょう。



☆☆☆☆☆

─対談を終えて─

世界の銀行マンが注視する【いのしし係】は我々の予想を遥かに超える激務であった。対談中は笑みを絶やす事のなかった只見氏であるが、その目の奥には常に危険と隣り合わせにいる人間の持つ厳しさが確かに宿っていた。奇しくも只見 守(ただみまもる)という名前が、偶然にも“ただ見守るだけ“の仕事に通じているところに、科学では説明のつかないこの世の不思議を見た気がした。

 
[本日のピックアップセンテンス]

『気がついたら何時の間にか銀行になっていた、という(笑)』


〜おしまひ〜。