誘拐犯‐A kidnapper‐【5】。


話題:連載創作小説


誘拐犯との電話でのやり取りが現在進行形で続いている水島邸ではあるが、ここで一旦、時と場所を移して別の事件について語ろうと思う。

場所は水島邸より直接距離にして数十キロ離れたマンションに、時刻は現在より約1時間ほど前となる午後六時だ。

その事件は直接的には水島邸で起きている誘拐事件には何の関係もない。だが、それでいて実は深い関係があるのだ。

この、極めて逆説的な言い回しの意味は、この物語を最後まで読めば判るだろうと思う。

―――――――

水島邸より数十キロ離れた都内某所にあるレンタル契約式マンションの一室で、誘拐犯がリビングの椅子に腰かけながらチラリと奥の部屋に視線をやると、そこには相変わらずゲームに熱中する人質の少年、水島博之の姿があった。

張り合いが無いぐらい手間の掛からない人質だな…。

何とも身勝手な思いを胸に抱きながら、誘拐犯が壁の時計に目を移すと、二つの針はちょうど午後の六時を指していた。

次に身の代金要求の電話を掛ける迄には、まだ一時間ほど余裕がある。やや暇を持て余した誘拐犯が何気なくテレビを付けると、ちょうど夕方のニュースが始まるところだった。

もとより特に観たい番組があった訳ではないので、そのまま画面を眺めていると、トップニュースとして流れ始めたのは、I県を本拠地とし精力的に事業を展開しているレジャー産業【Kコーポレーション】で突然発生した“全社員の同時失踪”という、何とも不可解な事件であった。

【Kコーポレーション】は、ここ数年で俄かに台頭してきたレジャー産業界の若き雄で、その名前には誘拐犯も聞き覚えがあった。

それが、昨夜から今日にかけての僅かな間に、会長から平社員までの全ての社員、その数およそ600人が、ほぼ同時に行方不明になったというのだ。奇怪といえば、余りにも奇怪すぎる事件であった。


《続きは追記に》

 
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誘拐犯‐A kidnapper‐【4】。

話題:連載創作小説


二人が居る部屋の何処を見回しても五千万の札束の姿は無かった。つまり、お金は全く用意出来ていないという事だ。いや、それどころか実は、二人とも身代金の工面には全く動いていなかったのである。

(おいおい!何の為に三時間もやったと思ってんだ!?‥奥さんの金持ちの実家に頼めば五千万ぐらい直ぐに用意出来るはずだろ!?)

犯人は明らかに苛立ち始めていた。それを察した佐智子が、何とかして相手の気を落ち着かせようとする。

「もうちょっと‥もうちょっとだけ待って下さい。実家の父が今晩、お金を持って此処に来る予定になってますから‥」

勿論そんなのは全くのデタラメだ。しかし、今は犯人の気持ちを落ち着ける事が何よりも大切だと佐智子は考えたのである。そして、その思惑通り、佐智子の言葉を聞いた犯人は、幾らか落ち着きを取り戻したようであった。

(そうか‥最初からそう言えばいいんだよ。なあ、あんまり俺を苛つかせるなよ)

「判った、金は大丈夫だ。でも、その前に博之の声を聴かせてくれ。少しでいいんだ。無事さえ判れば身の代金は惜しくない。勿論、博之が帰ってきた後も警察には連絡しない」

電話の中に僅かな沈黙の時が訪れる。どうやら犯人は隆博の懇願に迷っているようだ。すかさず、犯人が僅かに見せた心の迷いに乗じるかのように佐智子が訴えかける。

「お願いします!私たちにも希望をください!声を聴かせてくれたら、あと五百万払いますから!」

その五百万は犯人にとって決定的な数字であった。

(…判った。でも、少しだけだぞ)

そして、犯人の短い言葉の後、電話は保留状態となった。ようやく息子の無事を確認出来るのだ。本来ならば、佐智子と隆博の顔には何と言うか希望の光のようなものが射すはずだ。

ところが、スピーカーから流れてくるトロイメライの余りにも場違いで優美なメロディーを聴きながら、二人の表情はどういう理由(わけ)だか、明らかに先程よりも沈痛の色を濃くしていた…。



《続きは追記に》


 
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