【怪我ならぬ、インフルエンザの功名】14
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【Side:H】
暖かい、野分が先程まで着ていたトレーナーをゲットし、大きさにダボついた首筋の生地を引っ張り上げた。
顔半分を布につつみあげた所で、フワリと香る野分の匂いに思わず顔が綻ぶ…さっきまで泣いてた気持ちとは裏腹に、野分に包まれるかのような安心感が俺の心を満たしてくれた。
「ヒロさん。さっきからクンクンにおってますが…俺の服、クサいですか…?」
あまりに野分の香りに夢中になり過ぎて近付いて来た奴に気付けず、ふいにかけられた言葉に慌てて否定した。
野分が臭いなんて思った事は今まで一度もない。
口先で『汗臭い』とか…言ったことはあるけど…頑張って働いて来たり、俺の為に走ってきてくれた証なんだ…本当は臭くなくて、一生懸命な野分の匂いだから好きだ…なんて言ってやれたらこんな事言わせずに済んだんだがな……
「―――だからクサくなんか…―――っ!!今のなし!」
そんな事を考えながら早口に喋れば…何やら俺はとんでもない事を言ってるらしい…見る間に野分がパアァーッ、と花が咲いた見てぇな面しやがったから俺は激しい羞恥に襲われ、顔にどんどん熱が集まり滲む涙を必死に誤魔化そうと『何もない何もない!』と首を振るしか出来なかった。
「…違うんですか…?俺の匂いって嫌いですか…?やっぱり変な臭いしますか…?」
そうすれば必死こいて否定してしまった俺にカウンターパンチ…俺の苦手な【必殺技・野分のしょんぼり顔】が炸裂した…しかも目前で…
見つめる黒い視線に耐えきれず、俺は弄ばれるかのように首をまた左右に振ってしまう。
「違うって!…う、ぁ…だから…その……野分の匂い…嫌いじゃない……落ち着くから…嗅いでた……変な事してて、ごめん…」
結局、誤魔化しようもなく白状させられ…俺は今穴があったら入りたい精神でボソボソと心境を語って…しまい…最終は聞き取れるか判らない声で謝るしか出来なくて。
これ以上なにが言えるのだろう?なんて悩んでる内に、無意識に手が伸び野分の少し固い髪を梳いて…気付けば頭ごと抱きしめていた―――
「っ!ひ…ヒロさん!?」
そうすれば照れてわたわた慌てる野分が目に映り、可愛さに更に抱きしめていた
…あ、野分のツムジ…普段は頭一つ上の位置にあるため見ることのない場所を目に…つい可愛いな…なんて思いキスをする。
そんな場所だけキスするってのもなんだな、と、あらゆる場所に口付け誤魔化しつつしっかり頭の渦巻きに俺は虜になった…面白ぇ…ぐるぐる渦巻いてる…
「…ごめん、拗ねるな。…クサくなんかない。野分は消毒液と陽向の匂いだ…」
可愛さに笑うのを耐えながら謝罪と、ほんの少し素直になってやろうと言葉を紡ぐ。
本当にこいつは暖かい匂いだから…消毒液の臭いなんか嫌いだったけど、野分から香ると…病院で小さな子を救う為に必死になってる野分が連想され愛しく感じるから。
「ヒロさん…有難うございます…大好き…大好きです。」
愛しさに包んでいた筈の温もりに、不意に愛の告白を受け抱きしめられて、次は俺が固まる番だった。
その愛しい男に顔を覗き込まれ、風呂に入ろうか?と問われ……素直に…離れたくないと思った、だって…俺はお前の匂いも体温も大好きなんだ―――
だから『側にいろよ』と言葉を紡いだ……瞬間、深く口付けられてしまった。
「ンッ、は……ヒロ、さ……んっ、はぁ…は…」
欲情を掻き立てるかのようなキスと、熱い野分の息遣いにゾクリと肌が粟立つ。
俺の弱い部分を知り尽くした熱い舌はどんどん欲を駆り立てるかのように俺の口腔内を蹂躙する……ヤバいっ、気持ち良い…
上がる息に休養中なのに下半身が熱くなり、慌てて野分を引き剥がし『急に何だ』と叱りつけた。
「…って、ごめんなさいヒロさん!苦しかったですよね……あんまりヒロさんが可愛くて…我慢出来ませんでした…」
乱れる呼吸に少し咳き込み、必死に謝る奴に、密かに笑みがこぼれてしまう。
俺の背中をさすりながら差し出された暖かな茶にゆっくり手を伸ばし口をつけ…同じ茶葉なのに、どうしてコイツが入れると甘く感じるんだろう…なんて思った。
「…ふぅ……お前は突発的すぎる……べ、別に嫌じゃ…無いけどよ…」
茶を啜り、ゆっくり息をついて赤くなったままの耳を撫でる……耳…熱い…。
…なのにコイツは…っ!
「…あんまり可愛い事言ってると俺我慢できなくてヒロさんを襲っちゃいますよ?」
だと!?
…信じらんねえ…なんつー事言うんだ…俺の顔は茹でダコだ。
いつもなら殴ってるけど、今日は特別。
ちょっとむっすりしながら『…変態……病人襲うなよ…』と告げたら……
「………………野分…顔、気持ち悪い…」
何とも言えない、笑顔とも泣き顔とも言えない…口の端をピクピク震わせ、必死にニヤついたエロい顔を誤魔化そうとしていた…
野分に身の危険を感じた俺は、青ざめながら身を引いた―――
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