【終わる夏】
最近は朝晩と冷え込み始めた、だけど昼間は汗ばむ程の陽気で服が困る。
「………ん〜……トレーナー…も出そうかな…」
休日だった俺は現在タンスから引き出した秋冬モノの衣類をリビングに散らばめ思案中。
自分の部屋でやれば良いんだが、なんせ部屋は現在資料と言う名の書籍に埋め尽くされ服なんか広げられたもんじゃないのだ。
「冬服まで出すか?もう言ってる間にクソ寒くなりそうだし…あ、ならコートとマフラーも………全部…出すか?」
おいおい俺、出すなら出すで早くしろ、つか今何時だと思ってんだ?午後8時だぞ…何してんだマジで。
昼までグータラ寝まくって、午後2時くらいにぼーっと飯…インスタントのチャーハン暖めた、を食べて。
その後は読みかけの本読んで、夕方6に野分からメールで『今日は9時までには帰れそうです』と来たから『じゃあ病院出るとき連絡くれ。駅前のラーメン屋行きたい』と送ったのに。
「…ぐちゃぐちゃだ…どうしよう……(ヴヴヴ)…ん?ぁ、野分………はい。おうお疲れ様。…え?あぁなら直ぐ行くわ。んじゃ。」
ほらみろ…
思い立ったら吉日。みたいな脳味噌は変わらないのかついつい、ふと思いついてやり始めた結果がこの有様。
時間は直ぐ経つもので、今の電話では後10分くらいで着くとのこと。
「………後でやろ。」
俺の呟きは虚しくリビングに響いた。
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「ヒロさん!」
「おー、お疲れ様。今日は忙しかったか?」
駅前で俺が長身の男に気づいた瞬間振り向いて名を呼ばれドキリとした。
相も変わらず爽やかに笑う奴だ…。
「いえ。特には。定時で帰れましたし。ヒロさんは今日何してました?」
「ん〜?うん…まぁ想像通り。ダラダラ本読んでた。洗濯しようかと思ったけど、ほらソレ。お前の着替え分のも一緒にやろうと思って何もしてない。」
ごめん。と小さく呟き恐る恐る顔を見上げれば月に浮かぶ優しい微笑みに思わずときめく。
…なんだかなぁ…付き合って何年経つんだよ、いい加減慣れろ…と思いたいが、結局俺はこの先10年経ってもコイツの笑顔にドキドキするんだろうな。
「いえ。ちょうど良いですし風呂上がりに纏めて洗っちゃいましょう。節約です。」
「うん。」
綺麗だ。月も野分も。
まだまだ人だかりもあるしざわめきもある町中で野分だけが輝いて見える。
ずっと好きなんだ、野分が……
「…ヒロさん。あんまり可愛い顔で見つめたら襲いますよ。」
「っ!ば…バカやろう!下らねー事言ってんじゃねえ。もう…ほら、夜はさみい…早くラーメン食おうぜ。」
「(クスクス)はい、行きましょう。夜のデート久々で嬉しいです。」
「…ばーか。」
ポケットに入れた手が疼いた。野分に触りたいって。
それを誤魔化すようにまた空を見上げ、野分の自転車を押したいなんて嘘ついて一瞬だけ手を重ねたら…多分気持ちがバレたのか、とろける様な笑顔を浮かべ、どうぞ、と一瞬…触れた手を撫でられた。
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ラーメン食って腹ごなしだと遠回りして帰ろうと提案。
静かな、人通りのない裏道を二人だけで歩く…虫の鳴き声、街灯の小さな明かり、少し肌寒い風。
季節の終わりを感じた。
「寒くないですか?」
「少し。もう夏も終わりだな…あっという間だな。」
「そうですね…でも寒くなったらヒロさんが沢山くっついてくれるから嬉しいです。」
「……アホか。…はー…寒い。あ、そうだ、リビング今ぐっちゃぐちゃだ。すまん。」
と、今日の経緯を話たら少し大きめな野分の笑い声が響いた。失礼な…
「ヒロさん…?それは去年もやってましたよ?」
「…そうだっけ…ごめん、なんかやりだしたらアレもいるコレもいるって出し過ぎた。」
「良いですよ。明日は夜勤なんで時間あります。俺やっときます、ちょうど自分のも出すつもりなんで」
「…なんか釈然としないが事実、自分のモノなのに野分に片付けて貰った方がスッキリする。」
何でもソツなくこなす野分が羨ましい。まぁ得手不得手が有ると言うことか。
「ねぇヒロさん。片付けは明日しますから…今日一緒にお風呂入りたいです。」
何を言うかコイツはいきなり。
どういう脳の構造してるのか悩むが…何となく。何となくだが…俺は野分に飢えていたのかもしれない。
俺の口から出たのは―――
「背中…しっかり洗ってくれるなら良い。」
あぁ暑い。肌寒いはずの夜風が火照った頬に気持ちいい。
「全身、隅々まで洗ってあげます、ね?」
「…っ……好きにしろ。」
あーぁ。
その後を想像して心臓バクバクだ、いくつだよ俺。
きっと今夜は汗だくで抱き合って眠るんだろうな。
「…はぁ…さむ。…もう夏が終わるな。」
「えぇ、秋が来てあっという間に冬です。沢山くっついて下さいね?」
「…お前が、俺の側にいるなら考えてやる。」
「ずっと…、ずっと居ますよ。」
穏やかな夜にさり気なく告げられた愛の言葉に…こうして幾度も季節を一緒に越えられる毎日に…俺の心臓はうれしさに跳ね上がる。
好きだ
好きだ
野分が好きだ…
周りを見渡して人が居ないのを確認し、そっと差し出した手を優しく暖かい手に包まれ――
「俺も…ヒロさんが大好きです。これからも一緒に、いっぱい季節を迎えましょう。」
俺の心を読んだのか野分はそう言い、掠めるような口付けを唇にうけた。
夏が終わり…また季節は巡る―――
野分と一緒に。
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End.