【子羊の上條】



寒い…異常気象かこの野郎。
まだまだ、雪もちらつくこの季節は寒がりな俺には厳しい。
かろうじて風邪やらにはかかっちゃいないが、風邪紛いな症状はずっとだ。

「まだ熱やら咳がないだけマシなんだろうけどなぁ…」

節電と言うことで大学もここ最近は暖房も控えめで、研究室内でも厚着をしないと底冷えする。
…と言うことで…さすがにコートを着たままって訳にはいかないからと羽織るカーディガンを手持ちだった紙袋から出して固まる。

「…………あれ…野分の…?」

えー……そんな…バカな…。
これは去年、野分に買ってやったダークグレーのニットセーターだ。なんで俺こんなんカバンに突っ込んでんだ!
今朝は急いでたのは確かだ、けど……!?

「あ、あぁ…そっか…あん時か…」

そうだ。今朝は野分も早出で二人して急いでて…玄関先に紙袋が二つあった。俺のカーディガンもグレーだから間違えたのか。
なら―――野分のに俺のカーディガンが入ってんのか…つーか…てことは荷物も?
急いで紙袋の中身を確認すれば案の定、俺の学会用の資料はなくて、野分のノートやらファイルが。

「…いや俺は急ぎの資料じゃないけど野分は―――(ヴーヴーヴーッ)うぇっ!?あ…野分…」

俺のものはまた明日持ってきても大丈夫だから後で病院にでも取りに行けばって思った矢先に消音にしていた携帯が机の上で暴れ回り肩が跳ねる。
表示された名前はやはり“草間野分”で、急いで取れば必死な野分の声に慌てる。

「もしもし?野分か?」

『ヒロさん!すみません俺、今朝は急いでて荷物間違って持って来ちゃいました!』

「おう、俺も今気づいた。急ぎのか?なら…えっと…今日は講義午後からだから…事情説明して持っていこうか?」

『あ、俺今もう大学に来てます!ちょっと先輩に言ったら急げって…』

――もういんのかよ――

「マジか。じゃあ門までい――」
(ガラララッ!!)
「――ヒロさん!」

「っわ!き…来たのかよ!ビビらせんな!」

届けようとした矢先に勢いよく開かれた研究室の扉と野分の声にまたも肩が跳ねる。
こいつは俺の心臓にどれたけダメージを与えるつもりなんだ…。
しかしこの寒空の中、野分の額には汗が滲んでいて、本当に急いでたんだなと紙袋を掴む。

「っ、はぁ…はぁ…すみません……ぁ、それです!すみません騒がしくて!じゃあこれヒロさんのです!また帰る時連絡します!大好きですヒロさん!じゃあ行ってきます!!」

「んなっ!?なっ…のわっ……」

(ガラララッ!バタンっ)

な…何ちゅう事を言い逃げしてくんだあの馬鹿やろう!
慌てて廊下を見れば人は見当たらず、階段を駆け降りる野分の足音だけが響いていた。
なんか…妙に疲れた…溜息混じりに扉を閉め、渡された紙袋を見てとりあえず中身が揃っていたので良かった…と机に向いた視線に写ったニットセーターにギョッと目を見開く。

「うわっ、さっき出したままかっ…」

走れば間に合うかなって思ったけど、あの走りに付いていく自信がないし、服ぐらいまぁ何とかなるかと諦め。自分のカーディガンを出そうと手渡された紙袋の底を漁れば小さなメモ用紙しかない。
そんなの入れてたか?と取り出したそれには――

“ヒロさんへ
荷物間違ってごめんなさい。
ヒロさんのカーディガンは俺のお守りにします。
変わりに俺のニットで暖まって下さい。

野分”

「…………は?」

意味わかんねー。カーディガンがお守りってなんだよ馬鹿やろう。
つか俺にこれを着ろと?
……(がさがさ)…でっか…マジででかい。

「…でもぬくい…」

矛盾してる頭と心。
ゆったりしたニットはふんわりと自分をつつむ、まるで野分だ。

「…しまった…最近すれ違いが続いたから…野分不足だったか…なんて…」

もふもふの袖に顔を埋めればうっすらと香る野分の匂い。じんわり広がる温もりに今の自分は麻痺してしまったのだ。

「ちくしょう、帰ったら覚えてろよ…アホ野分…。」

結局、そのセーターを着たまま講義を行った為に、陰で…

“鬼の上條が小羊に見える”

なんてそこかしこで囁かれてるとは露知らず。
講義中の生徒達の妙な暖かい視線に悩まされた1日だった―――



end.