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パジャマエプロン 13

猫の姿じゃないと使えないテレパシーってかなり不便な気がする。
そんな私の考えを読んだのだろうか。
「ネゴトって人間の姿の時は鼻も利かないし良いとこなしなんだよね」
ダメモトくんはそう言って猫バージョンのネゴトさんを見た。
同意を求めるように「ね?」と言うとネゴトさんがふいっと背を向ける。
「ほら、飯にするぞ。ネゴトに先越される」
ユキトさんがネゴトさんを追うように部屋を出ていく。
サトさんも「そうですね」と言って立ち上がり椅子を戻し始めた。
「リクちゃん行こう」
ダメモトくんがベッドからおりて私に手を差し出す。
「ありがと」
その手に右手を重ねる。
自分とダメモトくんの肌の色の違いがはっきりして、なんだか複雑だ。
ダメモトくんみたいに色が白かったらもう少し可愛く見えるだろうか、なんてね。
ベッドをおりて床を踏むと少しふらついた。
どれくらい寝ていたんだろう。
冷たいフローリングをぐっと踏みしめ直しているとサトさんがクローゼットを開けた。
「とりあえず靴下と……、スリッパはそこにあるのをはいてください。エプロンは何色にしましょうか」
サトさんから白い靴下を受け取る。
新品なのか固さがあった。
「エプロン?」
ふらつきながら靴下をはいているとサトさんが私を振り向いた。
「リクさんのなんでも屋での制服です。赤か青か緑か……黄色なんてどうです」
サトさんが黄色の布を広げる。
形は普通のエプロンなのに色がきつすぎてちょっと趣味が悪い。
「あの、せめてレモン色とかないんですか」
サトさんって色音痴なのかなあと思いながら聞くと、サトさんは唸りながらクローゼットをかき回し始めた。
「あ、これなんてどうですか」
取り出されたのはハロウィンに使うカボチャ色。
黄色と橙の混色はさっきの黄色よりはまだマシに見える。
「それでいいです」
薄緑色のスリッパをはく私の言葉にサトさんがほっとしたようにエプロンを渡してくる。
「よかった、早速つけてください」
そう言ってサトさんはクローゼットをぱたんと閉め、学生鞄を手に取った。
「え、服はないんですか?」
まさかパジャマの上にエプロンをつけて、それで制服だなんて言わないよね?
サトさんが再びクローゼットを開けることを祈る。
「パジャマは動きやすくて快適だと思いますよ。寝る時のパジャマは別で用意します」
うわあ、サトさんってば私の祈りを粉々に打ち砕きやがりましたよ。
「いや、パジャマで働くのって見た目的にまずくないですか」
焦って言う私にサトさんは「大丈夫です」と自信たっぷりに言った。
「ここは魔界ですから」
ダメモトくんが視界の端でうなずくのが見える。
「魔界ですからって……」
ああ、なんてこったい。
女子高生リク、初めてのバイトの制服がパジャマにエプロンで決定です……。

パジャマエプロン 12

サトさんが話し終えて、私はしばらくぼうっとしていた。
魔界という言葉は理解はできても受け入れられなかったし、自分が死んだと言うことは理解すらできなかった。
魂をもとに肉体を再構成するだなんてサイエンスフィクションかえげつないホラー小説でしかなくて、なんというかもう、考えるのがめんどくさい。
「とりあえず、私は死んだんですよね?」
確認するとサトさんは肯定した。
「それで、天国かどこかにいくはずの私の魂は魔界に拉致されたんですね?」
サトさんは「少し語弊がありますが」と言いつつ肯定した。
「身代金は?」
「はい?」
私の言葉にサトさんは変な声をあげる。
少し唐突だったかもしれない。
うまく整理しきれない頭の中をなんとかまとめて言う。
「拉致したからには意図があるんですよね? 私には特殊能力なんてないし……身代金目的としか考えられないです」
目を泳がせながら言った私にサトさんは右手指先で耳の後ろをかいた。
そしてちらりと後ろに目を走らせ、ユキトさんの様子をうかがうようにする。
でもユキトさんは腕を組んで壁にもたれたまま何も言おうとしなくて、サトさんは苦笑した。
「リクさんは天国に行きたいですか」
「……天国、ですか」
天国と地獄どちらに行きたいかと聞かれれば天国と答えるだろう。
でもいま、死んでるくせに生きてる状態で天国に行きたいかと言われればよく分からない。
むしろいま天国に行くというのはこの場で死ぬということと同義かもしれないし、そう考えると天国には行きたくない気がする。
「ぞっとしないです」
とりあえずそう言うとサトさんは小さくうなずいた。
「もし良ければうちで働きませんか。この世界にいたくなければいつでも出ていって構いませんから」
うちで働く、というのはなんでも屋で働くということだろう。
バイトした経験すらないのに私に務まるのか正直言って不安だ。
でも。
「働かないと天国行きなんですよね」
答えを期待せずに呟いて、私はサトさんの顔を見た。
「働きます。よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、周りの空気が動いた気がした。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
サトさんの言葉にダメモトくんが歓声をあげる。
「リクちゃんよろしく!」
そう言ってベッドに飛び乗ってくるダメモトくんを見て、サトさんは慌てて私の膝からノートパソコンを持ち上げた。
さっきまでノートパソコンがあった場所にダメモトくんが着地する。
サトさんは安堵のため息と共に「ダメモト」と咎めた。
ダメモトくんはそれを気にしないようすでベッドに座っている。
壁にもたれていたユキトさんが腕を解いた。
「せいぜい頑張るんだな、ドラム缶」
「ドラム缶じゃないから!」
失礼発言のユキトさんを睨んでいると、ネゴトさんが音を立てずに小さくなった。
いや、小さくなったというか人間から黒猫になった。
こうあっさり変身されると、ここは魔界なんだなあと実感してしまう。
「ネゴト、歓迎してるってさ」
「え?」
ダメモトくんの言葉に目を見開くと、ダメモトくんは白い髪を揺らして言った。
「ネゴトは猫の姿にならないとテレパシー使えないんだよね。まあどっちにしても無口には変わりないけどさ」

パジャマエプロン 11

そう言ってフローリングを傷つける音と共に椅子を引きずり、私のベッドに近づいてくる。
そして私の膝の上に開いたままのノートパソコンを置いた。
かけ布団越しに熱と重みが伝わる。
「今表示されているウェブページはリクさんの地域のニュースをまとめたものです。読んでもらえますか」
サトさんはそう言って黒いネクタイの先を邪魔そうにズボンの中に入れた。
なんだか、ちょっとダサい。
そのままサトさんを見ていると笑ってしまいそうで、私は言われた通り画面の文字に目を走らせた。
一番上に「ほっとにゅーす」というタイトルがあり、数行あけて「通り魔か? 女子高生腹部刺される」という見出しがある。
その下には見覚えのある公園の写真があり、更に地味な制服姿の女子の写真もついていた。
「なに、これ」
写真の人物は紛れもなく私で、おそらく学生証と同じものだ。
写真の下の「長野陸さん(16)」という文字が決定打。
焦るように記事に目を通して、私は呆然と、いや愕然とした。
念のためもう一度読み直す。
受け入れられなくて、もう一度。
三度目の読み直しをしようとしていた私をサトさんが止めた。
「理解できましたか」
私は首を横に振る。
理解できるわけがない。
だってそこには、私が公園で刺されて死んだと書かれていたのだから。
死因は失血死、発見されたのは午後八時で、その時には既に私は冷たくなっていたと書かれている。
「ここで話を整理しましょう。ダメモトは混乱しているので」
そう言ってサトさんは一度大きく息を吸い、ふうと吐いた。
「出来る限りわかりやすく話します、とりあえず聞いていただけますか」
中学生の声で紡がれる敬語は丁寧すぎる感じがして居心地が悪くて、私は背中にかゆみを覚えながらうなずいた。
私の顔を見てサトさんが「まず」と話し出す。

まず、ここは魔界です。
リクさんのいた人間界とは別の世界で、天国でも地獄でもありません。
次に、公園でリクさんがブランコにのっていたときのことです。
公園にはリクさん以外に二人の人間がいました。
一人は最近その辺りに出没する通り魔、もう一人はダメモトです。
通り魔は一人でいたリクさんに何かを感じたのでしょう、ブランコをおりたリクさんに背後から近づき、腕を回してリクさんの腹部に刃物を突き立てました。
通り魔は倒れたリクさんに何度も刃物を振り上げ、やがて去りました。
ダメモトはそれをトイレで隠れて見ていたのですが、リクさんの体から魂が抜けていくことに気付きました。
ダメモトはリクさんが魔界の生き物を知覚出来ると勘違いしていたので放っておけなかったのでしょう。
リクさんの魂を捕まえ、すぐここに運んできました。
そしてユキトがリクさんの魂をもとに体を再構成しました。
今のリクさんの体はユキトが再構成したものなんですよ。

パジャマエプロン 10

「リクさん、彼はネゴトと言ってリクさんより一つ年上で……、大丈夫ですか」
サトさんが何事もなかったように言うのがいらついて私は低い声で言った。
「大丈夫なわけないでしょう。黒猫といいこの人といいどうなってるんですか」
黒猫が人間になっただなんて見間違いに違いない。
そうじゃないならこれは夢。
ああ、でも夢ならいい。
起きたら私は自分の部屋にいて、飼い犬のシロが熱烈なキッスをお見舞いしてくれる。
「リクさん、現実に戻ってきてください」
サトさんの声に顔を上げると、ダメモトくんが笑顔で言った。
「今ね、ネゴトに聞いたんだ。リクちゃんって一人言女王なんだね」
一人言女王ってなんやねん。
それ一歩間違うと電波系っていうか間違えなくても電波系じゃないか。
それにしても「聞いた」だなんて変だ。
話し声は聞こえなかったのにどうして話ができたんだろう。
疑問に思って聞くと、ダメモトくんは私の足の方に寄りベッドに腰かけて言った。
「テレパシーだよ。別名は以心伝心」
そしてダメモトくんは何かを思い出すようにしてサトさんを見た。
「公園で、リクちゃんはブランコに乗ってた。数学がバカヤローで、それからこう言ったんだ」
ダメモトくんが灰色の目を閉じる。
「どっか行け。怖い。忘れなきゃ。忘れよう。帰る」
数学のバカヤローには覚えがあった。
後の言葉にはあまり覚えがないけれど、たぶん数学が頭を回っていて忘れようと努力していたんだろう。
それにしてもこんな一人言を言ってただなんて恥ずかしすぎる。
「そのとき僕はリクちゃんの乗ってたブランコのすぐそばのトイレの脇にいたんだ」
ダメモトくんが言葉を続ける。
「僕は大きな怪物の相手をしていて、とりあえずなんとかなったんだけど、その時リクちゃんの一人言を聞いたんだ」
大きな怪物?
首をかしげる私を置き去りにしてダメモトくんは続ける。
「リクちゃんにはただの一人言だったかもしれない、でも僕にとってその一人言は、怪物を見て怯える声に聞こえたんだ」
ダメモトくんが私を見て目を細める。
「それで、僕はリクちゃんを気絶させてここに運んできた。勘違いなのにね。ほんと、ごめん」
ダメモトくんの言葉をゆっくりと咀嚼して、私にはなんとなく分かったことがあった。
「私、誘拐されたんだ」
確認するように聞いてみる。
答えたのはダメモトくんではなくサトさんだった。
「これを見ていただけますか」

パジャマエプロン 9

声と共に肩を押される。
軽く押されたはずなのに大荷物が乗せられたかのような重みを感じて、私は仰向けに倒れた。
ダメモトくんの悲しそうな顔が私の真上にある。
「ねえ、本当に僕のこと覚えてないの? ブランコに乗ってるとき、怖いって言ってたよね?」
ダメモトくんの必死な声に私は答えることができなかった。
ただ目を逸らすのに精一杯で、ダメモトくんは「どうしよう」と困ったように呟いた。
ベッドに仰向けになったまま途方にくれているとユキトさんが「あ」と声を上げた。
「ダメモト、証人が来たぞ」
証人?
誰だろうと目を動かしてドアを見るも、そこには誰もいない。
ユキトさんの顔をうかがうとユキトさんは足元を見ていた。
ダメモトくんがベッドから離れる。
するとそれを見計らったかのように一匹の黒猫がベッドに跳び乗ってきた。
良く見ようとして上体を起こすと黒猫と目が合う。
金色の目はきらきらしていて、野良猫よりも光が強い気がした。
「かわいい」
黒猫の頭を右手で撫でてみる。
人に馴れているのか黒猫は逃げずにいた。
なめらかな毛並みに沿うように首の辺りに指をずらしていく。
その瞬間黒猫が私の人差し指を噛んだ。
衝撃の後からじんとした痺れるような痛みが走る。
指を引こうとしても強く噛まれているせいでかなわない。
「痛い、痛いってば」
左手で黒猫の頭を押してもいっこうに離してくれない。
もう嫌だ。
なんか怒りがわいてきた。
「やめなさいってば」
左手で勢い良く黒猫の頭を叩くと、黒猫は驚いたように私の指を離した。
急いで指を引いて見ると指のはらに赤い点が一つついていた。
そこからじわりと血がにじんでくる。
「最悪」
黒猫を睨み付けると黒猫はベッドから跳び下りて、そして次の瞬間にはそこに男の子がいた。
「悪い」
黒髪に黒いタンクトップに黒いズボンといった全身黒づくめの男の子はそう言って私の右手を取った。
そしておもむろに口を寄せ、ぱくりとくわえてきた。
指がなめられている感覚が気持ち悪い。
でもそれ以上に他人に指をなめられるという行為自体受け入れられなくて、私の肩に思わず力が入った。
「や、やめて、なにすんの」
無造作に立てられた黒髪の主に言うと、彼はちゅっと音を立てて私の指を解放した。
そして私が勢い良く手を引いて握り締めるのを無表情に見て、私の指をくわえるために屈めていた上半身を起こす。
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