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パジャマエプロン 93

空と草と鳥の鳴き声、平和すぎる風景。
知らない世界に来てしまったと納得するのに時間はかからなかった。
これからどうしようか、綿雲を頭上に二人はこぼしあい、そこに足音がした。
白いシャツを黒のネクタイで締めた黒髪の少年、そして眼鏡で表情を誤魔化す茶髪の男。
彼らは自らをなんでも屋と名乗り二人に手を貸すという提案をした。
「わたし、昔見ていた色の世界に帰りたい」
彼女はそう言って彼らの手を取った。
彼らは彼女の願いを叶えた。
ある日いきなり世界の色が反転したと嘆く彼女のため、世界中の色が反転した別世界への扉を開いた。
「さようなら。たぶんもう、会うことはないから」
彼女はそう言って潤んだ瞳を真っ直ぐに向けた。
「あなたをこの先につれていくことは、わたしにはできない」
色の反転した世界に暮らす孤独と違和感の中にあなたを放り込むわけにはいかないから、そう言った。
「幸せになって、ずっと幸せでいて」
扉に吸い込まれるように彼女の半分が見えなくなる。
「忘れないで。いつだって、すきだから」
三分の一の彼女はそれだけ残して、消えてしまった。

そこまで話すとダメモトくんは包み終えた餃子を満足そうに眺めた。
「ねえ、それでどうなったの」
腕の疲労を揉みほぐしながら聞く。
「どうもしないよ。あの子は別の世界に行って、僕はなんでも屋に仲間入りした。それだけ」
「でも、ダメモトくんはその子のこと好きだったんじゃないの」
最後のお米を洗い終えて巨大炊飯器にセットする。
アルトは相変わらず物凄い勢いで料理を進めていた。
カレーは完成したらしく、とろりと粘度を増している。
「気付いたのが別れた後だったからさ。それに僕はこっちを選んだから。……ね、サト?」
ダメモトくんが台所の入り口に顔を向ける。
「ばれてましたか」
前に聞いたのと同じセリフでサトさんが入ってくる。
サトさんにはのぞきグセがある気がしてならない。
壁に耳あり障子にメアリー、ドアの隙間にサト参上、的な。
「心配しなくても大丈夫だよ。あの子とアリス様を被らせたりなんてしないから」
「そうですか。昨日から様子が変だったので気になっていたんです」
「それはサトの方でしょ。動き方が極端じゃん、今回」
そうですか、とさらりと流すサトさん。
そして「何か隠してるでしょ」と詰め寄るダメモトくんをかわし「カレーですか、おいしそうです」とコーヒーを片手に出ていった。

パジャマエプロン 92

もっともその研究所にいる子どもは大抵似たことを思っていたけれど、みんなそれを口に出すことはなかった。
言ったってどうしようもない、そんな空気が蔓延する中でもその子は言うことをやめなかった。
他の子がその子から離れるのと比例してダメモトくんはその子と親しくなって、やがて二人はいつも一緒にいるようになった。
噂が出回り始めたのはそのころだった。
きたるべき「何か」に特化した能力を開花させる装置が完成したこと、現在「何か」に役立つ能力を持たない子はその装置を使うよう言われること、その能力を得た子は高い評価を受けるということ。
その三つはあくまでも噂だったが、ただ一つ確かなことがあった。
それは一日に一人か数人ずつ研究所から姿を消しているということで、いなくなる子のほとんどは芸術関連の能力を持っているということだった。
「ねえ、地下実験室に時空移転装置があるってほんとなの」
噂を聞くやいなやその子は呟いて、いぶかしむ周囲に異常な勢いで詰め寄った。
そんなことを知ってどうするのか、何をしようとしているのか、そんな問いには一切答えず彼女は思い詰めた顔をしていた。
それから何事もなく日々は過ぎみんなが噂に飽きた頃、彼女はダメモトくんの部屋を訪れた。
それは明け方のことで、覚めきらない頭のままひきずられた先は地下の立ち入り禁止区域だった。
非常灯が銀色の扉と金属パネルを浮かび上がらせる中、彼女は言った。
「選んで。ひとりで死ぬか、わたしと死ぬか」
待って、と言うダメモトくんの要求は時間がないからと拒絶された。
「選んで。使い捨てされるか、使い捨てするか」
彼女は十待つからと無声音に近い声でカウントダウンを始め、数が減るごとに心臓の音は速く大きくなっていった。
「イチ、ゼロ。時間切れ」
何も言えなかったダメモトくんの手を彼女が強く握る。
汗ばんだ手はどこかひやりとして、まるで目の前の扉のようだった。
「わたしはあなたがすき。だからつれてく」
薄く開いた扉、その隙間へと彼女は身をおどらせた。
繋がれた右手は離れることなく、二人は時空の狭間に落ち込んだ。
上下左右の回転、めまぐるしく変化する色彩、引き付けられたかと思えば引き剥がされる感覚。
それでも手だけは意識を集中させて、真っ黒の穴に吸い寄せられた後には真っ青な世界が広がっていた。
仰向けに倒れているのか、背中に重力と平たい感触を感じる。

パジャマエプロン 91

割り入れた卵がさわやかな音を立て、くるくると動く箸に合わせて軽やかさを増していく。
「比べたら失礼だよ」
ようやく言ったダメモトくんにアルトは「誰に? あの子に? それともエクレアに?」と背中で聞いた。
ダメモトくんが考えている間に私に指示が飛ぶ。
言われた通りお米を洗っているとダメモトくんの答えが出たようだった。
「僕は自分が許せないんだと思う。こんなに、まだこんなに好きだけど、でもエクレアちゃんのことだって好きなんだ」
指示された量は多すぎて、七分割にして洗うお米。
しゃこしゃこと音を立てていたせいかダメモトくんの声はよく聞こえなかった。
ただ、二股っぽいセリフが聞こえた気がしないでもない。
「ダメモトくん、エクレアちゃん以外に好きな子いるの? あの子っていう子と関係ある?」
手を止めて聞くと、ダメモトくんは餃子の皮をつまむ手を止めた。
それにしてもいつの間に餃子の準備をしていたんだろう。
おまけに既に三つ完成しているし。
「あの子っていうのはね、僕の初恋の相手なんだ」
ダメモトくんの作業が再会する。
私も手を動かしながら、話を促すことにした。
ダメモトくんが照れたようすで口を開く。
「サトに会う前、僕は研究所にいたんだ。そこにあの子が入ってきてね、僕たちは友達になったんだ」
そうして、ダメモトくんの思い出話が始まった。

ダメモトくんがいた研究所は後天的に特殊能力を得た子どもの集まる施設だったらしい。
そこにはたくさんの子どもとそれを管理する大人がいて、子どもたちはそれぞれ能力に合わせた生活をしていた。
ダメモトくんの能力は力持ちで、きたるべき何かに備えて日々訓練していたらしい。
そこへ現れたのが「あの子」で、彼女は両親から特殊能力を評価されて入所したのだという。
初めはダメモトくんにもその友達にもあの子の能力は分からなかったけれど、ふとした拍子にそれは明らかになった。
「わたし、あなたの真っ黒な髪がすき」
ダメモトくんの白い髪を指してあの子は楽しそうに言い、夜空を指しては「明るい黄色がきれいね」と自信を持って言う。
彼女は自分達と違う色を見ている、そう知った子達は彼女に色の話をすることはなくなった。
絵を描く時間、彼女はいつも一人になった。
もっとも、変わり者しか集まらない研究所ゆえにそんな彼女を誰も変人扱いはしなかった。
けれど彼女の心では日々苛立ちが募っていて、吐き出した先がダメモトくんだった。
「わたしは変人で異常で、そのくせ役立たずなの、だから捨てられたの」
どうせみんなわたしのことを陰で笑っているんでしょ、そうわめく彼女にダメモトくんは初めて、共感を感じたのだという。

パジャマエプロン 90

気恥ずかしい気分で「ちょっとユキトさんにむかついてて」と言うとなぜかみんなが納得したような表情をする。
「あんたいじられてるものねえ」
「あれだけ言われたらへこむもんね、普通は」
「帰ってくるまでに反撃方法を考えましょう。手伝います」
うわ、ネゴトさんもうなずいてるし。
いいのかユキトさん、あなたの周り敵ばっかですよ。

ごはんのあと、アルトは大量の袋を台所に運び込むと鼻歌まじりに作業を始めた。
けっこう大きな鼻歌で、それをBGMに私も作業をする。
といってもテーブルクロスを代えて軽く掃除をするくらいだけれど、ともかくそれを終えて台所をのぞくとアルトがダメモトくんと話をしているところだった。
しかも二人の手には昨日私が作ったおにぎりがある。
「あら、リクもまざりなさいよ。良い出来じゃない、このおにぎり」
私に気付いたアルトが手招きをして、私も一つだけ残ったおにぎりに手を伸ばすことにする。
ダメモトくんいわく、菜っぱはいまいちだけどツナマヨは美味しいらしい。
アルトは全体的に高評価をくれて、特に、と付け足した。
「さっきネゴトが来てうまく選んでったわよ、パイおにぎり。今度はジャムを入れてくれって言ってたわ」
その言葉に肉と米を吹き出しそうになる。
おにぎりにジャムって、正気じゃない。
「あたしも一つ食べたけど砂糖で握るって良い案だと思うわ。ただ米とパイ生地の折り合いが悪いのよねえ」
いやいや、あれを普通に評価されても困るんですけど。
なんて答えようか悩んでいるうちに鍋が沸いたみたいで、アルトは赤や緑の球体をごろごろと放り込んでいった。
「あのお客さん、アリス様だっけ。生野菜だけじゃなく生モノ全般が嫌いなんですって」
調理をしつつ、時折私たちに指示を出しながらアルトが言う。
「だからフルーツもだめで、沸騰させた牛乳やジュースは良いみたいだけど、困っちゃうわねえ」
スパイスの香りが鍋から漂う。
「でも僕、カレー好きだから歓迎」
そう言ってダメモトくんが鍋の中に骨付き肉を放り込む。
「あら、寿司好きはどうしたのよ」
均等に切り分けられた大根っぽいものを鍋に入れるアルト。
「好きなものは多い方が楽しいでしょ」
「リクそこのイモ入れて、ありがと。……で、恋多きダメモトはまだエクレアにお熱なのかしら」
等分割された黄色いイモを鍋に入れるとなんとなくカレーっぽくなって、でもカレーにしては色が薄い気がする。
「そりゃあね、好きだよ」
おっとダメモトくん、大胆告白です!
こんな台所じゃなくて夕焼けの海辺で本人に言ってあげたらどんなに効果があるか!
「あの子よりも?」
フライパンに油を引くアルトにダメモトくんは口ごもる。

パジャマエプロン 89

機嫌が悪いのだろうか。
会ったばかりの時はおどおどしていて、でも強い嫌悪感を示したりして、かと思えば昨日の夜ごはんではずっと無言だったし、なんかつかめない。
「おはようリク、今日もかわいいわねえ。連れて帰っちゃいたいわ」
いつの間に後ろにいたのかアルトの声と共に香水まみれのむっちり感が襲ってくる。
考え込んでいた私も悪かったんだろう、抱きつかれた拍子に右手のフォークがお皿に落下し音と共に跳ね上げたソースがダメモトくんの顔にクリーンヒットした。
「あら、リクったらおっちょこちょいなんだから」
のんきなアルトはよそに私の頭の中では文字にならない悲鳴がかけめぐる。
「ご、ごめんね」
テーブルの上の濡れタオルを取ろうとするも腕の長さが足りない。
「平気だよ。ハンカチあるから」
慌てる私とは対照的にダメモトくんは水色のハンカチで顔をまんべんなく拭い、無邪気な笑顔でアルトを見上げた。
「ユキトがいないからってリクちゃんにちょっかい出したり連れ帰ったりしちゃ駄目だよ。後がこわいんだから」
それにアルトが挑戦的に視線を返す。
「肝に銘じておくわ」
友好的なんだか敵対的なんだかわからない微笑み合戦。
それにしてもアルトの香水ってなんでこんなに頭に響く匂いなんだろう。
バラとかユリのフローラルな香りにチョコレートのような甘さ、それに何か魔女的な薬草を混ぜ込んだようなにおい。
アルトといると心拍数が上がるのはきっとこの香水のせいだ。
それかもしくは。
「どうしたのリク、そんなにあたしの胸が羨ましい?」
私の視線に気付いたのかアルトが谷間を見せつけてくる。
「心臓がどきどきするくらい羨ましいです」
私の答えにアルトが「リクのも大きくしてあげましょうか」と顔を近づけてくる。
化粧バッチリのまつ毛三倍ロングな目力、勝てる気がしない。
「だめだよ、ユキトは貧乳好きだから怒られるよ」
たじたじになっているとダメモトくんがアルトのホットパンツを引っ張って私から引き離す。
助けてくれたのは嬉しいけれどユキトさんが貧乳好きなのとどういう関係があるんだろう。
あれか、もしや体の再構成とやらの時にあの人わざと貧乳に作ったのか?
考えてみれば人間界にいた時はもう少し膨らみがあったような気がしなくもない。
生き返る代償にただでさえ少ない胸を取られたっていうのか。
なんという横暴、ユキトさんの鬼畜野郎!
「リクちゃん、妄想するのはいいけど顔がこわいよ」
ダメモトくんの声に現実に帰ってくると、なぜかみんなの視線が私に向いていた。
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