日本のたたずまい 6'09
どうして私、片づけられないの? 6'09
蟹工船 一九二八・三・一五 6'09
太宰治 6'09
ロースクールの挑戦 6'09
「写真で歩く日本のたたずまい 記録・全国の文化財」 写真・文 高野進
H18/11/10 彩流社
文化財を撮ったモノクロのスナップ写真集。
307の福岡柳川の煉瓦塀(2004)と29の名古屋の納屋橋(2003)、329の福岡荒尾の万田坑跡(2005)が好き。
今もこんな町並みがあるのか、とびっくりするような古風な木造建築があって面白い。
「どうして私、片づけられないの? 毎日が気持ちいい!「ADHDハッピーマニュアル」」 櫻井公子
2004/03/12 大和出版
ADHDタイプの人間はワーキングメモリーが働きづらいらしい。
だから新しい刺激によりこれまでやっていた事を忘れ、気付けば時間が経過している。
もしくは目的を見付けたらそれしか見えずに突き進みまるで毎日が狩猟生活。
冷静に自分や周囲を見たり長期的展望をもつのって頭では理解できても実際にやるのは難しい。
「蟹工船 一九二八・三・一五」 小林多喜二
1951/01/07 岩波書店
「蟹工船」
蟹の缶詰を作るため、無一文の元百姓や坑夫や土工や職工らはカムサッカ行きの船に乗る。
不潔な環境、増える脚気、監督の体罰、診断書の不発行……誰が死んでも代わりはいて、漁夫らはさながら機械のように蟹を船にあげ加工していく。
やがてこのままでは殺されるだけだと彼らは立ち上がり、サボタージュを行うも、助けてくれるはずの帝国軍艦は資本の犬であり鎮圧されてしまう。
しかし彼らは立ち上がる、「もう一度!」と。
「一九二八・三・一五」
共産運動をしている人たちがまとめて一気に刑務所に入れられ、憲法や法律や適正手続き無視の取り調べと拷問を受ける話。
彼らが小樽警察から札幌裁判所に護送される時、取り調べ担当者がそれまでと違った供述をされないよう彼らに御馳走するところに苦笑いがこみ上がる。
人のいなくなった小樽警察の牢屋の壁にはどこもかしこも申し合わせたように「三月十五日を忘れるな!」「日本共産党万歳!」と落書きされていた、と終わる。
「太宰 治 (ちくま日本文学全集)」太宰治
1991/03/20 筑摩書房
「ロマネスク」
仙術の本を自分をイケメンにするために使ったせいで残念なことになった仙術太郎、恋心から喧嘩が強くなりたいと思い訓練を重ねた結果色々失った喧嘩次郎兵衛、そして自分の嘘にまみれた人生を疎い嘘をやめようとするも失敗する嘘の三郎。
三人は朝の居酒屋で会い、ふっと直観する。
自分達は芸術家である、と。
「満願」
酔って怪我して駆け込んだ先の医者も酔いどれで、視点人物は愛という単一神を語り医者は原始二元論で善玉悪玉の話を語る。
肺を患う夫の薬を取りに来る妻、彼女に「もうすこしのご辛棒ですよ。」と玄関で大声で叱咤する医者。
青草原とたっぷりの水をたたえた小川、くるくるっと回される白いパラソル、そんな清潔さがシュールだと思った。
「女生徒」
ある女生徒の目覚めから眠りにつくまでの思考と行動。
朝の鬱屈したもどかしさや母親に対する愛しさと理解されないさみしさ、全てを愛したいという衝動に爽やかな自暴自棄。
私、自分、私たち、そして最後にあたし、と移っていく一人称が楽しく、切なく終わる。
「千代女」
十二の時に叔父に投書された綴り方が雑誌で一等を取った和子。
それがもとで学校や家庭での人間関係がうまくいかなくなり、自分では文学の道に進みたくないのに周りに押され、数年後ふとヤル気になった十九才は既に評価されなくなっていた。
母から、失敗しても粘った結果師匠に誉められたという俳句家の千代女の話を聞かされた和子が自らを低能と言いやりきれなさを抱くところに共感した。
「桜桃」
「子供より親が大事、と思いたい。」「子供よりも、その親のほうが弱いのだ。」
大事をタイセツと取るかオオゴトと取るのかと考えた。
短いながら人間失格と似た道化の生き方が出てきて切なくなった。
以上の五点以外に「魚服記」「陰火」「黄金風景」「津軽 抄」「十二月八日」「貧の意地」「破産」「吉野山」「カチカチ山」「親友交歓」「トカトントン」「ヴィヨンの妻」を収録。
「ロースクールの挑戦 弁護士になって日本を変えたい」 大宮フロンティア・ロースクールI期生 有志
2005/06/27 幻冬舎ルネッサンス
社会人や法学未修者を優先して受け入れる弁護士達が作ったロースクール、そこのI期生達のミニエッセイ集。
生活のため仕事をしながら夜間授業通いをする人たちが、仕事を辞めないと受からないかもと焦ったり、司法試験に落ちた場合にキャリアを失う上に借金を抱える現実を危惧したり、と生々しい。
それでもみんな強い意思があって、読んでいて元気になれて、自分の身の振り方を考えさせられた。
まだ道を定めるには早い、まだ私にはやるべき事があって、その後でも遅くはないかもしれない、と思った。