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パジャマエプロン 31

私の答えにサトさんは「そうですか」とうなずき、ダメモトくんの頭に手を乗せた。
「一勝負、どうです」
その言葉にダメモトくんが嫌そうな顔をする。
「手加減してくれる?」
「気が向いたら」
サトさんが駒を並べ始める。
「ユキト手伝ってよ。サト絶対本気だもん」
困ったようにユキトさんに呼び掛けるダメモトくん。
そんなにサトさんは強いのだろうか、ユキトさんも嫌そうな顔をする。
「おまえに負けた俺にヘルプ頼むか、普通」
でもダメモトくんも負けていない。
「いつもはユキトの方が強いじゃん。僕の運とユキトの駒が合わされば」
「互角にはなるかもしれませんね」
サトさんはさらりと言って白と黒どちらがいいか聞いてくる。
なんかサトさん性格悪い。
「おい、そこのガキはもう寝た方が良いんじゃないか」
いや、やっぱりユキトさんの方が性格悪い。
オレンジの眼鏡がいやらしさを助長してて最高だ。
「そういえばそうだよね、まだこっちの時間に慣れてないだろうし」
そう言うダメモトくんの上目使いがかわいくて、なんだかなごむ。
というか何かいま思い出したような、えっと、時間、そうだ時計。
「サトさん、部屋に時計が無かったので一個欲しいです」
お風呂を出たらサトさんに頼もうと思っていたのにすっかり忘れていた。
時計がないと朝起きられないし、色々不便だ。
「ああ、時計ですか」
サトさんが上の方を見て考えるそぶりをする。
「うちの店は常に営業時間なので時間はあまり気にしてないんです」
それに、とサトさんは続ける。
「魔界は他の世界と違って時間の進み方が変わるので、魔界に住む人はみんな自分の好きな世界の時間を借りてるんです」
ああ、またサトさんがよく分からない話を始めている。
なんかここに来てから自分が馬鹿になった気がする。
この会話についていけたら偏差値上がってたりするんだろうか。
「おいチビ、頭飛んでるぞ」
ユキトさんが私のおでこをぺちりと叩く。
「痛っ」
ほんとは痛くないけど条件反射、というか心が痛いということでユキトさんをにらみつけておく。
サトさんは呆れ顔で私とユキトさんを交互に見て言った。
「うちでは主にネゴトのお腹の減り具合を基準に食事の時間を決めています。そして食事の時間がうちの基準時間になるので、慣れてください」
ちなみに先程の食事は夕食にあたるので早めに寝ないと朝食を食べ損ねると思います、そうサトさんは続けて、私はよく分からないままうなずくしかなかった。
いったいどこの世界に腹時計で生きてる人がいるというんだ。
魔界ってほんと、変すぎる。

パジャマエプロン 30

戸惑う私にサトさんは冷蔵庫から赤いジュースを取り出す。
「いくら人間界と似ていると言っても、ここは魔界なんです。当たり前が当たり前でないことなんか山ほどあります」
目をつぶってください、と言うサトさんに言われるままに目を閉じる。
「今から魔法をかけます。リクさんがりんごジュースを飲めるように」
サトさんはそう言って私の手に冷たいコップを握らせた。
目を閉じたまま飲むように言われ、おそるおそる口をつける。
「ん……甘……酸っぱい……?」
舌の上をすべるジュース。
ふんわりした酸味に甘くすっきりとした後味。
それはまるでクリアタイプのりんごジュースのようで、私は息を吐く。
「どうです」
サトさんの問いかけに私はうなずいた。
「りんごジュースです、たぶん」
私の答えにサトさんが安心したように息を吐いた。
「目を開けてください」
サトさんに促され目を開ける。
手の中のコップに赤い液体が半分ほど残っていた。
「意外ですか」
サトさんがボトルを冷蔵庫に戻しながら言う。
こぼしたらすぐ染みになってしまいそうな人工着色料の色、その毒々しい赤にもう一度口をつけると、やっぱり同じ味がした。
なんというか、凄く違和感だ。
「さ、コップはそこの洗浄機に入れてください。そろそろゲームが終盤になるころです」
サトさんに焦らされ私は慌ててジュースを飲み干す。
緑色の装置の中にコップを入れてふたを閉めるとガタガタと身震いするように動き出した。
洗濯機はハイテクなのに食器洗い機はポンコツだなんてこの家はどうなってるんだろう。
「今二人がやっているのはチェスとすごろくを合体させたものなんです」
サトさんが台所を出つつ説明を始める。
「サイコロを振って駒を進めマスの指示に従うのですが、指示に従った後で駒特有の攻撃をすることができるんです」
居間のソファの前でダメモトくんが頭を抱えている。
その横ではユキトさんが執拗に眼鏡を拭いていた。
どっちも状態は良くなさそうだ。
「いまユキトのビショップが赤いマスにいるので、黄色いマスのダメモトのナイトが危険なんです。でもいまユキトのビショップが動くとキングが手薄になるんです」
サトさんが流れるように説明してくれるけれど、異世界語にしか聞こえない。
ナイトは騎士として、ビショップってなんだ。
雑貨屋の名前にしか聞こえないぞ。
「まあ、仕方ないか」
ユキトさんが赤いマスの上にあった黒い駒を持ち上げる。
そして黄色いマスにいた白い駒の上に乗せると白い駒は消滅した。
「ユキトの意地悪」
ダメモトくんの呻き声。
なんだかよく分からないけれど、ユキトさんがひどいというのは分かった。
ダメモトくんがサイコロを振る。
そしてオレンジのマスにあった駒を動かすと、止まったマスを読み上げた。
「一番近くの相手の駒を消す」
「おい待て」
ユキトさんが焦り出す。
「神様っているのかもね」
ダメモトくんはそう言って駒を動かし、ユキトさんの黒い駒の上にそれを乗せた。
「チェック。で、攻撃」
さらに斜めに移動するダメモトくん。
「チェックメイト」
ダメモトくんの駒にユキトさんの黒い駒が消される。
ユキトさんは「俺だって名前だけなら神だし……」とぶつぶつ言いながらうなだれた。
どうやらダメモトくんが勝ったみたいだ。
「説明要りますか」
サトさんが聞いてくる。
私は首を横に振った。
「聞いてもどうせ分からないからいいです。チェス、やったことないし」

パジャマエプロン 29

居間に入ると、ソファーの前でダメモトくんとユキトさんがすごろくをやっていた。
ユキトさんがちらりとこちらを見てすぐにゲームに視線を戻す。
ダメモトくんは熱中していて気付いていないようだった。
ソファーにもたれたサトさんが何かダメモトくんに耳打ちする。
それにユキトさんがぶつくさ言って、あ、なんかもめてる。
とりあえず彼らのことは放っておき、私は台所に行った。
冷蔵庫を開けるとラベルの貼ってない特大ペットボトルが十数本鎮座している。
ごはんの後も驚いたけど、今見てもやっぱり慣れない。
ボトルの中身の色や透明度は全部違うから、きっと全部違う種類なんだろう。
さっきはちゃんとオレンジジュースを当てれたけど、今回りんごジュースを間違えずに引けるかは自信がない。
りんごジュースってクリアタイプはお茶そっくりだし、濁ってるタイプは桃ジュースと色が被るしでまるで忍者だ。
冷蔵庫をがさごそしてりんごジュース風のものだけを取り出してみると、なんと五本もそれらしいのがあった。
クリアタイプ二本と濁りタイプ三本。
試飲するだけで喉の乾きは十分癒されそうだ。
ガラスのコップに願いを込めて、まずはクリアタイプに挑戦。
いざ、クリアタイプ一本目。
「……苦い」
お茶のような、でもそれにしては苦味が強いような何かが喉を通り抜ける。
とりあえず外れなのは確かだ。
いざクリアタイプ二本目。
「……っ!」
喉を突き刺す酸味。
もうこれは酸っぱいというより痛い。
なんだこれレモン100%かきっとそうだうわ咳が出る。
涙目で濁りタイプ一本目。
「甘い……がこれは桃だな」
でも酸味の口直しにはなったよありがとうピーチ。
次、濁り二本目。
……三本目。
「……どれだよりんご……」
二本目は明らかにパイナップルが混ざっていたし、三本目はまろやかというかどろどろしていた。
これはりんごジュース品切という結論で良いんだろうか。
こんなにボトルがあるのにまさかの裏切りってやつか。
ああ、なんか腹が立ってきたぞ。
私はりんごジュースが飲みたいんだ。
「リクさん何か困ったことでも……ってなんですこのボトルの数」
サトさんが台所の入り口で困ったような顔をする。
なんというか、ナイスタイミングだ。
「りんごジュース」
「は?」
「なんでここにはりんごジュースないんですか? それっぽいのは全部外れだし、でもりんごって王道じゃないですか。オレンジになんか負けないじゃないですか」
言い募る私にサトさんが台所に入ってくる。
そしてボトルを手に取ると冷蔵庫に戻しながら言った。
「リクさんの言うりんごは、この世界にはないかもしれません」
「え……?」

パジャマエプロン 28

ほこほことあたたかい体。
ライトグリーンのパジャマは新品らしいぱりっとした強さがあって、背筋が伸びる気がする。
洗面所を出て廊下を歩きながら、私の足取りは軽かった。
お風呂上がりに洗濯機が「ミス、これを目に当てるとよろしいかと」とドラムの中で冷えタオルを用意しておいてくれたのが嬉しい。
洗濯機のくせにどうやって冷えタオルを用意したのか分からないけど、とりあえず感謝だ。
ちなみに二つある洗濯機で喋るのは一つだけというのも分かって、ちょっと安心。
これでお風呂の度に二つともにツンツンされたらやっていけない気がする。
苦笑しながら部屋のドアを開けると、白い紙がひらりと床に落ちた。
どうやらドアの隙間に挟まっていたらしい。
拾い上げてみるとそこには「鼻垂れガキへ。エプロン入れといた。飲み物は居間で。ゆたんぽはネゴト。カッコいいユキト様より」と書かれていた。
私のことを鼻垂れガキと書いておきながら自分のことをカッコいいと書くなんて、ユキトさんのセルフイメージは狂いすぎている。
一度それらしき専門のお医者さんに診てもらった方が良いよ、ほんと。
それにしても、ゆたんぽはネゴトってどういう意味だろう。後ろ手でドアを閉めて濡れたタオルを椅子の背にかける。
部屋着用のパジャマはクローゼットの上の段に……ってエプロン入ってるし。
それにしても三枚も要らないよ。
これは毎日洗えってことなんだろうか。
ともかくエプロンを寄せて隙間に部屋着を詰める。
さっきまで着けてたエプロンは明日使ったら洗おう。
その時はできれば喋らない方にお願いしたいなあ、なんて。
――コンコン
そんなことを考えていたらノックの音がした。
「はーい」
歯ブラシセットを机に置いてドアに向かう。
この部屋、広いのは良いけれど端からドアまで大股五歩なのはつらい。
ドアを開けると白シャツに黒ネクタイのサトさんがいた。
「脱衣所に靴下忘れてます」
サトさんの指先から垂れ下がる白靴下。
それは紛れもなく私がはいていた、ちょっと臭いかもしれない物で。
「ご、ごめんなさい」
引ったくるように取り返すと、サトさんは驚いたように目を見開いた。
「あ……いえ、ジュースでも飲みますか。ダメモトたちもいます」
「行きます行きます」
大事なことだから二回言いました、けして慌てたりあせったり取り乱しているわけではありません。
「それでは、あ」
サトさんが何かに気付いたように部屋の奥を凝視する。
「どうしたんですか」
振り返ってみても特に変わった様子はない。
でもサトさんはじっと部屋の奥を見ていて、口角をふっと上げた。
「いえ、居間で待ってます」
サトさんはそう言って背を向けると、ほぼ目の前にある居間への扉を開けた。
私も靴下をクローゼットに放り、明日洗濯するからと心の中で約束してサトさんの後に続く。
なんだかとても、りんごジュースが飲みたい気分だ。

パジャマエプロン 27

「まあともかく、慣れるまでは静かにしとけよ、ちび」
ユキトさんが立ち上がる。
そしてふらふらと脱衣所から服のかたまりを回収すると洗面所から出ていった。
なんだか言われっぱなしで気分が悪い。
「ミス、どうされました。顔が悪いかと」
ああ、なんだこの洗濯機。
丁寧口調なのに口が悪い。
「洗濯機さん、私お風呂入ります」
悲しい気分で言うと、洗濯機は少し憐れむような声を出した。
「風呂は心の洗濯にもなるかと」
「ありがとう」
感情を込めずに答えてユキトさんが使っていなかった方の脱衣所に入る。
ドアには鍵をかけることができて、プライバシーは大丈夫そうだ。
ばたばたと服を脱ぎ、わくわくしながら浴室のドアを開ける。
「わあ……乙女ちっく大人風味……」
思わずため息がもれる。
やわらかいピンクのタイルにワインレッドの浴槽。
白熱灯の明かりを返す白いシャンプー類のパールの輝き。
大企業の美人秘書さんの一人暮らし高級マンションって感じだ。
なんでも屋って男だらけのくせになんでこんなにおしゃれなんだ。
こういう物に囲まれてるからみんな美形なのかなあ。
浴槽側のコックをひねってお風呂にお湯をためる。
香りつきの白濁したお湯が出てくるあたり無駄にリッチだ。
最初から入浴剤混合のお湯が出てくるなんて、前にニュースで話題になったどこぞのエセ温泉みたいだ。
くそう、儲かりすぎだよなんでも屋。
私もそんな職業に就きたい……ってそのなんでも屋のバイトになったんだっけか。
バイト代いくら貰えるんだろう。
お給料出たら漫画の新刊買って新作ゲーム買って、アニメのDVDボックス買ってあのアーティストの同時発売のシングルとアルバム買って、ライブも行きた……、あ。
「ここ、魔界じゃん……」
適温のシャワーが私の肩を刺激する。
ここがどんなに快適でも、人間界のイベントには行けない。
ネットが繋がるならゲームのデータくらいはお取り寄せ出来るかもしれないけど、物理的な移動はたぶん無理だろう。
「そもそも、私、死んだんだもん、ね」
ああ、なんでだろう。
無性に悲しくて視界がぼやけて仕方がない。
おまけに鼻がつんとして痛い。
なんだこれ、風邪か?
目から出てるのは鼻水か?
「ああ、もう」
シャンプーがフローラルで良い香り。
今なら泡と一緒に洗い流せる気がして、私は超高速で地肌マッサージをした。
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