遠いところを見つめるバレットは両腕をすっと下ろして、まるで何かを待っているようだった。
バレットの黒い革靴の下、噴き上がる水にはトマトジュースをぶちまけたような空が反射し、まるで映画の中のようだった。
黒と赤、刃物と銃器と断末魔の叫び、そんな猟奇的な映画。
静かに立ち続けるバレットの視線がふっと下に落ちる。
「何かご用ですか」
開かれた口からもれる穏やかな声に、ダメモトくんが映像を広角に切り替えた。
するとそこには、十数人、いや二十人は越える男たちがいた。
噴水を囲む彼らはそれぞれ斧や鉈をかついでいて、身軽そうな人でも大きな銃を持っている。
うん、とても物騒だ。
「こちらにいらっしゃるということは第五階級のみなさまには反乱のお誘いはなかったということでしょうか」
それとも、とバレットが腕を組む。
「早々に地位を受け渡し、身の危険も省みず死神に再希望したか」
「当たり前だろ」
誰かが鼻で笑って言う。
「こんないい肩書き他にない。それに、ここでお前を倒せば大金が転がり込むときた。やらないはずないだろ」
その言葉に周囲の男たちが「そこまで言うなよ」とたしなめるようにざわつく。
たしかに、これから倒す相手に向かって宣言するのって日曜朝の悪者くらいだ。
しかも「お前は俺が倒す!」とかいう悪者に限って簡単にやられるんだよね。
「お前は俺たちが……いや、俺が倒す!」
うわー、言っちゃったよ!
誰だよそんなこと言ったの、それ死亡フラグだから!
「物騒ですね。それほどこの命が欲しいんですか」
穏やかなバレットの声がなぜか煽りに聞こえる。
男たちがわんわん何か言ってるけど私は聖徳太子じゃないからよくわからない。
けれどバレットはちゃんと聞き取ったようだった。
「それはいけません。自分の認めた者以外をキーパーの側に置きたくはありませんので」
バレットが右手を胸にあてて忠誠を示すようにする。
「それに、彼女から生き延びるよう命令されていますので」
まるで漫画の中の英国執事のように臭い台詞を平然と吐く。
「あなた方に倒されるわけにはいきません」
言葉が終わるや否やバレットは跳び上がり、男たちの後ろに降り立った。
それからはバレットの姿がよく見えない。
噴水の周りを囲んだ彼らの後ろを黒い影が一周して、気付いたら男たちが青色に染まっていた。
不透明水彩の絵の具を何度も混ぜ合わせたような、沈んだ濁りを持つコバルトブルー。
叫び声もなく、ざわめきはいつの間にか鈍い人の倒れる音に変わっていた。
赤を映す噴水に青が混ざる。
砂に染み込む青、動かない男たち。
噴水と風の音の中、バレットは黒いハンカチを取り出すと右手の出刃包丁を丁寧に拭き上げた。
胸元から取り出される木製の箱、そこに繊細な手付きで包丁をおさめると箱を再び上着に戻しバレットは歩き出す。
「おっといけない」
けれど何かを思い出したように足を止め、噴水を振り返ると右手を高く上げた。
「強制退去」
鳴らされる指、それと共に倒れていた男たちがそこからいなくなる。
まるではじめから存在しなかったかのように、けれど青色を残して。