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パジャマエプロン 42

てきぱきと指示を出すアルトに返事をすると私は台所を出た。
居間を突っ切って廊下へ。
少しらせんっぽくなっている階段を降りると喫茶店風のなんでも屋に到着した。
中にお客さんはいなくて、バーカウンターでサトさんが一人グラスをみがいている。
「お昼ごはん出来ました」
階段脇から呼び掛けるとサトさんは顔をこちらに向けて、目をわずかに見開いた。
「ありがとうございます。アルトからの伝言ですか」
肯定するとサトさんはおもむろに胸ポケットからペンを取り出した。
細身の四色ボールペンの黒色を押し出すと、あろうことかそれを顔に近付ける。
「サトさん、顔にインクが付いちゃいますよ」
慌てる私にサトさんは微笑んで、ペン先に向かって口を開いた。
「サトです。いつアルトに連絡を? ああテレパシーですか。ユキトにもですね、分かりました」
まるで電話をするみたいに一人言を言ってペンを胸ポケットに戻すサトさん。
まともな人だと思ってたのに、やっぱり魔界の人だったんだ……。
味方が減った気分がしてなんか悲しい。
「リクさん、顔が失敗作になってます」
うん、なんかいろんな意味で悲しい。
中学生に失敗作と言われる女子高生ってけっこう間抜けだと思うんだ。
まあ確かにサトさんの方が美顔度は高そうだし、ここのボスだし、あのユキトさんよりも強そうだけど、でもやっぱり、うーん……年下に言われるのはこたえるなあ。
「えっと、それじゃあ私、他の人たちを呼びに行ってきます」
頷くサトさんを背に複雑な気分を振り払うように階段を駆け上がる。
階段から一番近いのは確か……ネゴトさんの部屋だ。
扉をノックすると頭の中に「すぐ行く」が響いた。
この場面でテレパシーを使う意味はあるんだろうか。
声を出すのってそんなに面倒なことなのかなあ。
ともかく「わかりました」と扉越しに呼び掛けて次の部屋へ行くことにする。
この部屋は昨日入ったからわかる。
ダメモトくんの部屋で間違いない。
扉を指の背で叩くと中から「どうぞー」と明るい声がした。
取っ手を押すと空色が広がっていてさわやかな気分になる。
「お昼ですよ」
そう声をかけると、ダメモトくんは金属の塊から手を離した。
「ありがとう、手を洗ってから行くね」
灰色の目を細めて無邪気に笑うダメモトくん。
なんていうか天使に見える。
白い髪を金髪に染めたらまさに絵にかいた餅、じゃなくて絵にかいたようなエンジェルだ。
ダヴィンチもびっくりに違いない。
「リクちゃんどうしたの?」
またお空に飛んでってるの、と続けるダメモトくんに首を横に振って「後でね」と扉を閉める。
ここの住人はなんでみんな揃いも揃って私の妄想癖に突っ込みを入れるんだろう。
それが魔界クオリティなんだろうか。

パジャマエプロン 41

アルトの歓声が黄色く響く。
やっぱりこの人、男というよりは女のような気が。
「素敵よねえ、吸血族の血を引きながらも吸血時の痛みを緩和できない未完成さ! なめらかに動く身体!」
言いながらも手早く作業をしていくところが凄い。
「あの無口でクールな流し目なんかもう、見られたら一発でノックダウンね」
無口でクールはわからなくもないけどネゴトさんが流し目をしたところは一度も見たことがないような。
アルトにはあるんだろうか。
「ああ、あたしもネゴトに吸われたいわあ……その時はずっと人型で……細められた目の奥でちらりと見える欲望の光!」
酢飯に具材が投入され、着々とちらし寿司の姿へと近付いていく。
「いやん、そこはだめよ、人前でしょ。部屋の中でなら激しくしてもいいけどお」
アルトのはれんちな妄想がはじけるのと同時にピンクのふわふわがかけられてちらし寿司が完成する。
ああ、なんかこのちらし寿司美味しそうだけど食べたくないかも。
というかアルトが体をくねらせていて気持ち悪い。
「あの、アルトはネゴトさんのこと好きなんですか」
洗い物を食洗機に差し込みつつ聞くと、アルトは一気に妄想の世界から帰ってきた。
「そんなわけないでしょ。愛情と欲望を一緒にするなんてお子様のすることよ」
急に冷たくなった声に居心地が悪くなって私は無言で作業を続ける。
アルトは「リクにはまだ分からないかしらねえ」と言って栗のケーキを切り分けていた。
アルトいわく切り分けておかないと丸ごと食べる勇者がいるらしい。
サトさんはたぶん違うだろうし、ダメモトくんもそこまで食い意地が張ってるわけではなさそう。
ネゴトさんは……静かに見えて結構食べてた気もするけど、でもユキトさんもかなりの勢いで肉に食らいついていた気がする。
あれ、そういえばユキトさんってさっきかぼちゃパイを請求に来たような。
アルトに聞いてみると本当は来る途中に美味しいケーキ屋さんで買っていたそうで、もう冷蔵庫に入っているとのこと。
「一つならつまんじゃっていいわよ」の言葉に甘えて冷蔵庫を開けてみると、一口サイズのパイ菓子が大皿に山盛りになっていた。
一つだけ取って口に入れてみると、さくさくとしたパイ生地の間にやわらかいかぼちゃが挟まっていて、中心あたりにはカボチャのカスタードクリームが詰まっていた。
パイ生地のさくさくとかぼちゃのやわらかさが対比的な上にバター多めで塩味のきいたパイ生地がかぼちゃの甘みを引き立てていてなんとも言えない。
もう一個食べてもいいかな、とアルトの様子をうかがうと、言葉を発する間もなく「だめよ」と言われた。
「さあ出来たわ。リク、みんなを呼んで来て。サトが一階にいるからそっちを先にね」

パジャマエプロン 40

あれ、私ってばいつの間に墓穴を掘っていたんだろう。
自分の事可愛いだなんてそんな自意識過剰じゃないし、まあ幼いのは……うーん、この幼児体型さえなければ!
「この鬼畜変態ロリコン眼鏡」
言い返せずにぼそりと呟くと、ユキトさんは平然として言った。
「そんなことより、フライパン焦げてるぞ」
「え?」
慌ててコンロに近寄ればスパイシーに煙を上げる野菜と肉。
「もっと早く言ってくださいよ、まぬけ眼鏡が」
火を止めてフライ返しで様子を見る。
後ろで間抜けはおまえだとか聞こえた気がしたけど気にしない。
一応食べる事はできそうだと安心しているとユキトさんから大皿を渡された。
「早く移せ、その調子でやってたら昼飯に間に合わない」
気付けばユキトさんは腕まくりをしていて、青色のエプロンまで着用済みだ。
「米は炊いてあるのか? って聞いてもおまえにはわからないか」
ユキトさんがあちこちいじり出す。
そうこうしているうちにオーブンが焼き上がりを知らせ、お鍋の中も良い具合に出来上がった。
「おい、ここに広げた米扇いどけ」
気付けば木製の大きな桶に白米が入っていて、手をかざせばじんわり温い。
渡された赤いうちわでばたばた扇いでいるとアルトが戻ってきた。
「あら、こんなに作業進めてくれたの? さすがリクね」
「いや、これはほとんどユキトさんが」
「まったく、どこかの猿芝居野郎とは大違いねえ」
まだユキトさんの事を怒っているのか、アルトの声にはとげがある。
「今日はちらし寿司にしてくれ」
アルトの言葉は気にならないのだろうか、ユキトさんは普通にそう言って、後は頼んだと台所を出て行った。
いったいなんだったんだろう。
かぼちゃパイの様子を見にきたにしては色々手伝ってくれたし、かといってお寿司作るのかと言えばそうでもないし。
うなりつつ手を動かしているとアルトがお米をつまみ食いした。
「まだ味付け前ね」
どうやらつまみ食いではなく味見だったらしい。
戸棚をガサゴソ言わせながらアルトが言う。
「そういえばネゴトに血を吸われたんだって?」
うなずく私にアルトは興味深そうに聞いてくる。
「どこ吸われたの? 痛かった?」
なんでこんなに食いつきがいいんだろうと疑問に思いつつ昨日の事を思いだす。
「この指先ですけど、噛まれて血が出て舐められたって感じですよ」
心なしかアルトの目がきらきらしている。
「その時のネゴトって猫? 人型?」
「えっと……噛まれたのは猫で舐められたのは人でした」

パジャマエプロン 39

「まったく、俺のかぼちゃパイを差し置いてダメモトの栗ケーキかよ……あとで覚えてろ」
ユキトさんはそう呟くと私の頭に手を乗せた。
「ケーキのことは私のせいじゃないですよ」
念のために言うと「それくらいわかってる」と返ってきた。
「それより、アルトになんかされなかったか」
私を見下ろす目がなんだかいつもと違う。
「なんかって……出会ってすぐに抱き締められた上にさっきはキスされそうになるし散々なんですが」
溜め息混じりに言うとユキトさんの目元がやわらかくなり、頭をくしゃりとなでられた。
「ありゃ筋金入りの変態だからな。これからは警戒しとけよ」
「はい」
ユキトさんも変態のくせに、と思ったけど今は言わないでおこう。
それに、頭をなでられるのって気持ちがいい。
「そういえば説明しておかなきゃならないことがあってな」
ユキトさんの手が私の頭から離れる。
名残惜しくなってその手を目で追ったのに気付かずユキトさんは続けた。
「おまえは魔界生まれじゃないから、気をつけてないとこの世界を認知できなくなるんだ」
……出た、ファンタジー。
きっとまた意味不明なことを言われるに違いない。
「対処法は一つしかない。こまめに魔界生物の体液を体に入れること、それだけだ」
「体液?」
魔界生物の体液だなんて超ベリーバッドにグロテスクだ。
絶対緑とか気持ち悪い色をしていてねばねばでびよーんで臭いに違いない。
しかも体に入れるなんてちょっとごめんだ。
手術とか点滴とか怪しげな薬とか爆発とか!
「おい、勝手に妄想して泣きそうな顔するな馬鹿」
ユキトさんの目が冷たい。
「だって……緑の触手とか」
「あほか」
ぽこん、と頭に平手チョップがヒットした。
ユキトさんって実は芸人体質なのかもしれない。
「おまえな、野菜だって魔界生物なんだよ。だから生野菜食ってりゃ済むってさっきアルトとも話してただろ」
そんなこと言ってたっけ?
いや、記憶に無い。
「ともかく、おまえのその馬鹿なんだかエロいんだかわからん発想力なんとかしろ。変な本読み過ぎだろ」
馬鹿はともかくエロいってなんだ。
これまでの会話にアダルトな単語なんか一つも出てないのに。
「ユキトさんの方がエロいんじゃないですか? ロリコンの上に私みたいないたいけなか弱い少女をこうして痛め付けるなんてそっちの方が犯罪ですよ」
「おまえのどこがいたいけだって? いたいけの意味言ってみろ」
「弱くて可愛くて幼くていじらしい感じ!」
自信を持って答えるとユキトさんはいつも通り憎たらしく鼻で笑った。
「ほう、おまえは自分が可愛いと思ってるわけか。しかも幼いという自覚もあるわけだな」

パジャマエプロン 38

「ま、待ってください、確かにボーイズラブがあるようにガールズがラブしちゃう場合があるのは分かります、でもそういうのはあくまで漫画とか小説とか二次元の話であって私的には現実とは別物というかファンタジーなんですよ、だから」
慌てて言う私の唇をアルトが指でなぞる。
「初めてじゃないんでしょう?」
顔が近い。
肉感的なアルトの唇はグロスでてかてかだ。
「いや初めてとかそういう問題じゃなくてですね」
ああもう誰か来て、この際あの馬鹿メガネのユキトさんでもいいから!
ぐっと目をつぶって祈った瞬間だった。
「おいアルト、俺のかぼちゃパイ焼けたか」
ナイスタイミングで緊張感も何もない声がした。
「っておい、それは俺のおもちゃだって言っただろ。遊んでる暇あったら働け、万年発情期」
目を開けると予想通りユキトさんがいて、私はなぜか首根っこを掴まれユキトさんのそばに引き寄せられた。
アルトがつまらなさそうに腕を組む。
「だってその子、まだこっちにきて日が浅いんでしょ? こまめに体液入れとかなきゃ面倒起こすじゃない」
「そんなもの生野菜でも食わせときゃいいんだよ。それに昨日ネゴトが吸血したからおまえは用無しだ」
「何よあたしの親切にケチつける気?」
「役得狙いのくせに何言ってんだ、この女装趣味が」
アルトが鼻息荒く言い返し、ユキトさんが鼻で笑う。
話している内容はよく分からなかったけれど、一つだけ引っ掛かったことがあった。
「あの、アルトが女装趣味っていうのは」
どういうことですか、と続ける前にユキトさんがそっけなく言う。
「こいつ男なんだよ。女装趣味が高じて豊乳処置してるけどな、ちゃんと下も」
「あんたそれ以上言ったら殴るわよ」
アルトがユキトさんをにらむ。
ユキトさんは「何を今更」とそれを一蹴した。
ともかくアルトは胸のある男の人で、女装趣味があるということは分かった。
あれ、ということは別にガールズラブとか関係なかったわけか。
なんだ、じゃあ別にファンタジーが現実になったわけじゃなく、ただアルトがキス魔だっただけの話か。
あらら、なんか拍子抜けだ。
「おい貧乳、そのあほづらなんとかしろ」
ユキトさんの冷たい視線が刺さる。
慌てて口元を引き結ぶとアルトが吹き出すように笑った。
失礼な人だ。
「そんなことより、アルト、サトの部屋まだ行ってないだろ」
ユキトさんがオーブンをちらりと見やる。
アルトは「あら、忘れてたわ」と台所を出て行った。
オーブンの中では栗のケーキが膨らんできている。
もう少ししたら甘い匂いが漂い出すだろう。
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