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トルーナ村地下

トルーナ村はパペットの村だ。

「カベルネみたいのがいっぱいいるー」
「…集まってると迫力あるなー…」

状況によっては単なるホラーだ。ぶっちゃけ初めてカベルネ見たとき怖かったし。
村人によるとガナッシュがいるらしくて、村をぐるぐる歩き回ってると村長の家の前で見慣れた黒い服が溜め息を吐いていた。

「あ! ガナッシュ〜!」

ひらひら手を振るアランシアの声に反応してガナッシュが振り返った。
それでもう全部ふっ飛んだ。
走ってってかなりの勢いで抱きついた。ぐらりと揺らいだけど倒れはしなかった。こういうとこだけ男の子。

「リ、ナ?」
「ぅあ、あ、あああああッ」

悲鳴混じりの泣き声が上がった。あーもうキルシュかセサミいれば見栄張ってられるんだけどな。こいつとカシスに関しては見栄張るだけ無断って認識できてるから抑え効かないんだよね。まぁ元々、マドレーヌクラスの大半に情けないかっこ見せてんだけどねあたし。
あたしがわんわん泣いてる間に情報交換は済んだらしい。ガナッシュがあたしの頭をぽんぽん叩いた。

「ほら、キルシュ助けに行くぞ」
「ふ、う」
「リナ顔ぐちゃぐちゃだよー?」

はい、とセツナが濡れたハンカチを差し出した。わざわざ濡らしてきたらしい。
こういうとこはいい子なんだけどね。日頃自分の欲求に忠実すぎるからさんざん言われんのよねこの子。
顔をざっと拭って目に当てる。あーきもちいい。

「…なんかリナのイメージ変わったっぴ」
「そうね〜。もっと堂々としてる人だと思ってた」

ピスタチオとアランシアの台詞に地味に凹む。あたしもそうなりたい。

「……一通り泣いたらむかついてきたのでとっととあいつ見つけてぶん殴ろうと思います」
「よーし行ってみよー!」

ピスタチオが「ある意味八つ当たりだっぴ」と言ったのは無視することにした。






悲鳴が聞こえたという家の地下に入る。また暗いところ…嫌がらせか畜生。

「大丈夫か、リナ」

あたしの怖がりが前からばれてるガナッシュが聞いてきた。

「自称とはいえ舎弟さらわれてびびってるわけにもいかないでしょ」

八割空元気で進んでいく。と、悲鳴。

「うああああああッ!」
「キルシュの声だっぴ!」

唇を噛む。叫びたいのはこっちだ。アランシアが真っ青な顔でそれでも何も言わない横で、あたしが何言うわけにもいかないけど。

「すぐ行くからな……。根性見せろよ、キルシュ」

ガナッシュが呟く横で、セツナがエアを喚んでいた。

「ちょっと先行って。ニルヴァ見つけたら戻ってきていーよ」
「わかったの」

すい、と飛んでったエアはすぐに戻ってきた。

「この先なの! エニグマがいるの!」
「だって。行こ?」

一人で先に行きそうなセツナを押さえる。エアを先見にやるくらいの頭があるなら一人で行くのが無茶なのも分かれ、この鉄砲玉娘が。
奥にエニグマとキルシュがいた。エニグマの右目の傷を見て、震えかかる手で拳を作る。左腕にはセツナに裂かれた傷がぱっくり口を開けていた。
キルシュはぼろぼろで、それでも体を起こそうともがいていた。アランシアがあたしの隣でひゅッと喉を鳴らした。
ガナッシュが怒鳴る。

「やめろ! そいつに手を出すな!」
「キルシュは返してもらうよ!」

便乗して怒鳴ってみる。空元気。
エニグマはゆっくり振り向いて、にたりと嗤った。

「なんだ? 助けに来たのか?」
「違う」

ガナッシュの台詞に揺れかかった目に力を入れる。
相手の隙突くのは喧嘩の基本だ、あたしが揺らされてどうする!
とりあえずセツナが「わーキルシュが髪解いてるー珍しー」とか言ってるのを殴っておいた。あんたちょっと黙れ。
エニグマが肩を揺らした。

「くっくっくっく……面白い。オレを殺しに来たとでも言いたいのかい?」
「それも、違ったらどうする?」

ガナッシュが一歩前に出た。エニグマがキルシュを隠すように前に出る。

「おおっと、それ以上来るんじゃない! 今は、オマエらを相手にしてる力は残ってない。どうしてもと言うなら、オレはこいつを殺してズラかるだけだ」
「ガナッシュ! キルシュがやられるっぴ!」

わたわたするピスタチオに対して、ガナッシュはひどく静かだ。雰囲気が、つめたい。
なに、考えてる。ガナッシュ。
キルシュは半分歪めた顔を上げた。

「オレのことは気にするな! 戦える!」
「気にするに決まってんでしょ!?」

怒鳴ったつもりだったけど半泣きになった。キルシュがびくっとして止まった。

「オレと融合しないか?」

ガナッシュの声はいやによく響いた。

「ガナッシュ! 裏切るっぴか!」
「あれ、なんだこの展開」

首を傾げるセツナの横であたしは剣の柄を握る手に必死で力を込めていた。
裏切る? それは何か違う。エニグマがあたしたちの敵だと、それはほんとうに確かだろうか。
それよりガナッシュ。
本気だ。少なくとも半分以上。

「なるほど……パワーも高い……属性は闇……いい宿主になりそうだ」

やどりぎかあんたは。つーか乗っ取る気満々じゃんか。

「ガナッシュ……オマエ…」

キルシュが燃える瞳でガナッシュを睨み上げる。エニグマはもとよりガナッシュはそれに一瞥もやらない。視線には過敏なこいつが気付いてないわけないのに。
エニグマはいつの間にかキルシュからだいぶ離れていた。カエルグミを持ってピスタチオとアランシアが走っても見向きもしない。完全に興味をなくしたらしい。
ガナッシュの横顔が見えた。相変わらずの涼しい顔。本気、なんだ。ほんとに。
エニグマが肩を揺らす。

「はっはっは……いいぞ……ようやく光のプレーンを落とす日が来たのか」

セツナが隣で楽しそうにエアを喚んでるのを止めない限り無理だと思う。

「だが、その前にオマエをためしたい」

さらりと言ったガナッシュが、少し空いてた距離を無造作に詰めた。

「なんだとぉッ!」

エニグマの顔が吠えた形で固まった。
ゆっくり倒れたエニグマの体は、床に触れる前に消えた。
相変わらず一瞥もくれてやらずにガナッシュが言った。

「口ほどにもない」
「…ふ〜。そ〜ゆ〜ことだったのね〜」

アランシアの溜め息と共に周りの空気が緩んだ。

「オレたちまでだまされるところだったぜ。まったく人が悪いやつだぜ」

ぐらりとよろけたキルシュを支えるのに忙しかったアランシアとピスタチオは、きっとガナッシュが目を逸らしたことに気付いてない。

ブッチーネ三世

「なんだ─────ッ!?
オマエたちは─────ッ!?
オマエらも、ドワーフみてぇにくるくる回してやろうか─────ッ!?」

わあこっちが目眩するほど頭悪そう。
レーミッツ宮殿の裏門前で、ドワーフを回しまくってるオーガがいた。顔きもちわるい。これで性格いいなら悪口自重するけどどう見ても悪そうだからいいや。
つか鼓膜破る気か。痛い。

「セツナ。やりたそうな顔するな」
「はーい」

不穏な目つきでドワーフを見るセツナに釘を差す。

「とりあえずぶっとばしていいのね? 後で変更きかないからね? いいんだね? よし八つ当たり確定」
「八つ当たりなの!?」

レモンの突っ込みは無視。だって臨海学校来てこっち、やたらやなこと続くんだもんさ。ここらでちょっと発散しないとどうなるか。

「精霊召喚はレモン優先! 骨折られたくなきゃ棍棒の届く範囲近付かないこと!」
「リナはー?」
「前線出るわよ! なるたけ避けるけど当てないでね!」

振り下ろされた棍棒を避ける。足が出てきたからすり抜けて懐入ろうとした、ら、

「─────っ!」
「リナ!? どうしたの!?」

 あっという間に下がってきたあたしにブルーベリーが声をかけた。

「………くさい」
「え?」
「臭っ! くっさあり得ないなにあいつくっさー!」

それこそ生まれてから一度も風呂に入ってないんじゃないかってレベルだ。
セツナが不用意に近付いてふらっとした。

「好奇心旺盛もたいがいにしろ! 拾ってきてレモン!」
「拾っ…わ、わかった」

ぶっ倒れたセツナはペシュに任せて、あたしとレモンとブルーベリーはオーガに向き合った。

「レモン、テスラ喚んだよね」
「ええ。とりあえず魔法使ってみるけど…」
「その後ブルーベリーよろしく。ちょっと撹乱行ってくるわ……あー近寄りたくねぇ」

近接に持ち込むのはやめにして囮に徹した。近寄れないんじゃあたし意味ねぇし。
結局そいつは目を覚ましたリナがダブルコール(いつの間に覚えたんだ!)で四倍にしたプノエーで空の星になった。






なんていうか。
実際あたしはできないことの方が多いんだよな、と思う瞬間だった。

「大丈夫? 疲れたんじゃない?」
「リナちゃんがいてくれてすごく助かってますの! 元気を出しますの!」
「……半分くらい現実逃避みたいだけどね」
「どしたのー行かないのー?」

森の洞窟(2)

「アウラーっ!」

無駄に楽しそうな声が響いた。
あたしの頭上を抜けたかまいたちが偽者の左腕を裂いた。

「アネゴ! ピスタチオ! 離れろ!」

咄嗟にピスタチオを抱えて飛び離れると、偽者の目の前で炎の華が咲いた。

「…あんたノーコンなんだから気ィつけなさいよ、キルシュ!」
「オレは百発百中の男だぜ、アネゴ!」

振り返らなくてもキルシュがにぃっと笑ったのが分かった。デッドボールとフォアボールで三点とられたことあるくせに。
あたしの側にしゃがみこんだアランシアが、偽者を見て眉を潜めた。

「二人とも、大丈夫? …ていうか、あたしってあんななの〜?」
「あら? あらぁ〜?」

混乱してるらしいピスタチオはスティックに任せて、あたしはアランシアに抱きついた。

「よかったアランシア…! あいつに乗っ取られちゃったのかと思った!」
「無事でよかった〜。探してたんだよ? …セツナは遊んでたけど」

アランシアがちらっと見た方で、セツナが誰よりも偽者に近い場所で偽者を観察していた。

「おーそっくりー。見た目だけ。アランシアもっと笑い方かわいいよ。珍しい顔見れたからいいけど。ねぇあたしになったらどんな感じ?」

エアが必死で服を引っ張ってるけど、それくらいで動くならあたしは苦労しない。
セツナに裂かれた腕を押さえて、偽者はぼそりと呟いた。

「仕方ない」

首筋がちりっとした。

「戻れセツナ!」
「力ずくで奪ってやるッ!」

緑をかけた薄青が、吠えた。
直後に叩きつけられた腕を軽く避けて、戻って来たセツナが楽しそうに言った。

「あっねー見てあれあれ! おもしろーい!」
「いやおもしろくはないから!」

セツナが指したのは、暗がりから現れたぼろきれの塊みたいのがふたつ。ゆらゆら揺れるそれは少し浮いていて、隙間からぎらつく瞳とにぃと嗤う口が覗いていた。

「…トースト、キルシュについて。キルシュ」
「オス!」
「あの飛んでんの優先。…あたしはでかい方行く! セツナ!」
「あいさー!」

そいつらの相手はキルシュに任せて(ごめんアレ系は本気無理)、あたしはセツナとエニグマの方に向かう。ほんとはあいつの相手もしたくねぇけどな、出口あいつの後ろなんだもんな!
エニグマは虚の口を上向きに歪めた。

「せいぜい楽しませてくれよ。ミジョテー!」

見覚えのある黒い炎が飛んできた。ガナッシュと同属性、か。

「見た目どーりなのはいいけどなんかむかつく!」

ガナッシュの家が悪く言われるのってこいつらのせいだったりしない? 剣を振った圧で炎を散らす。その隙にエアを伴ったセツナが走り込んだ。

「いっくよー、アウラー!」

普段の倍のかまいたちが飛ぶ。身体を捩ってもあちこちを裂かれたエニグマが、床を叩いて吠えた。
ぽぅんっ、お馴染みの音と共に黒い精霊が現れた。

「…ニルヴァ」
「…オレ様は強いものに従うギャ。オマエはオレ様より強いギャ…?」
「───その話は、アレに勝った後でね!」

セツナがエアを喚び直してる横を走り抜ける。怯むな、竦むなあたしの体!

「力が欲しくないか! 負けたくないのだろう!」

エニグマが吠えた。あたしも吠え返す。

「負けたくないのは手前ェだろう! あんたにあたしも、あの子らだってやるもんか!」

振り下ろした剣はエニグマの右目を抉って、力負けして止まった。腕に伝わった感触に全身の力が抜ける。こんなときに、やだ体、動かな、

「ぼこぼこにしちゃえー!」
「避けてくれよアネゴ!」
「よくも、勝手にひとの顔使ったわね〜!」
「いっいくっぴー!」

かくんと膝の力が抜けたあたしの頭上を、セツナ達の魔法が通り抜けて行った。
上がった土煙が収まらないうちにみんな走ってきた。

「大丈夫か!? どっかケガしてるのか!?」
「カエルグミだよ、食べられる?」

座り込むあたしの肩をキルシュが揺らした。怪我人だと思うなら揺らすな馬鹿。
あたしのこれにだいぶ慣れたらしいピスタチオがきょろきょろ辺りを見回した。

「やっつけたっぴか? オイラたち勝ったっぴか?」
「まだっぽいよ?」

セツナの台詞に真っ先に反応したのはキルシュだった。あたしたちを背に一番前に出て、土煙の向こうを睨む。
がらん、と音がした。さっきエニグマに刺して持っていかれたままのあたしの剣、だ。

「ちくしょーッ! カラダが重い! 光のプレーンなどでは力が出ぬわーッ!
こうなったら一人ずつ!」

ぬっと出た腕が、一番前のキルシュを掴んだ。

「うおッ!」
「キルシュッ!?」

アランシアが悲鳴を上げた。

「融合してやる! コイツと融合さえすれば…! オマエらなんぞに負けん!」
「勝手にキルシュ、連れてくなっ!」

一瞬の差でエニグマを捉え損ねたかまいたちは、土煙を払ってあたしの剣の位置を教えただけだった。
茫然とするあたしを代弁してピスタチオがおろおろと言った。

「たいへんなことになったっぴ! キルシュが連れていかれたっぴ!」

ピスタチオをひっぱたいて黙らせたのはアランシアだった。

「キルシュなら大丈夫よ! あんなヤツに負けるもんですか! パニックになっちゃダメ!
この洞窟を抜けると村があるの、そこへ行きましょう!」

言いながら、アランシアは泣きそうだった。キルシュがいなくなって一番怖いのはこの子だろうに。
しまったな、あたし泣けねぇじゃん。
口に笑みさえ昇らせて、あたしはピスタチオの頭にぽんと手を置いた。

「…一番心配してるのに言われちゃそうするしかないね。アランシア、案内頼める?」
「ええ、こっちよ」

アランシアの後について歩くうち、セツナがあたしの顔を覗きこんで言った。

「泣かないの?」
「一番泣きたいのアランシアだもの。あたしが泣いちゃ駄目でしょ」

言いながら、あたしは手の甲で目を覆った。
アランシアは危ういバランスをとりながら、キルシュの無事を信じている。それはあたしが一番ほしいもので、未だに手の中にないものだ。
唇を噛む。

「…ちくしょう」

アランシアの心を、キルシュに向けた心を、あんなのに取られてたまるか。

森の洞窟(1)

「…ねぇピスタチオ」
「なんだっぴ…?」
「…あたし暗いとこ駄目だって話したっけ」
「…聞いてないっぴ…!」

ピスタチオが泣きそうな声で言った。泣きたいのはこっちだ。
誰がつけたのかわからないたいまつと宝箱で、最低限の人の出入りがあるのはわかる。天然の洞穴をそのまま使った通路らしい。含んだ鉱石の色は紫、嫌な色だ。
微妙に頼りない明かりと繋いだ手を頼りに進んでいくと、見覚えのありシルエットが立っていた。

「アランシアだっぴ!」

ふふふ、と薄い笑い声が聞こえた。

「こっちだよ……おいで……」

そのまま影は明かりの届かない方へ消えた。

「…アランシア?」
「どこかヘンだっぴ…」

ピスタチオが鼻をひくつかせた。

「…向こうから、ニオイはするっぴ」
「どっちにしろ一本道だろうけど…」

日の当たらない洞窟内、それだけじゃない不気味な寒さにあたしは腕を擦った。しまったな、上着魔バスの荷物の中だ。Tシャツにベストだけじゃ流石に寒い。
ふ、とひとつ息を吐いた。

「…ピスタチオ?」
「なんだっぴ?」
「来るよ、構えな」

ぴぃいー! 悲鳴を上げながら、いい加減慣れたのかピスタチオはあたしの背後に立った。

「…まー結果的にピスタチオの修行にはなるわな」
「もーちょっとアンゼンな修行がよかったっぴ!」
「いや修行になんないからそれ」

振り下ろした剣は一瞬の抵抗の後で青い羽つきの爬虫類っぽいのを真っ二つにした。これ皮膚の色そのまま血の色、かな……くそ、きもちわるい。でもそろそろ吐く気力もない。






ちょっと迷った行き止まりにトーストがいた。

「トーストー!」
「わわわっ」

思わず抱きついた。あああああったかいわあああああん。

「あたし暗いとこ駄目なのー! ついてきてくれっとすっごい嬉しい!」
「え、と、」

トーストはあたしの勢いに負けたらしくて、ミーロリ銀貨二枚で手を打ってくれた。ほんとこいついいやつだよね。大好き。

「明かり確保ー!」
「やったっぴー!」
「…それが目的?」
「や、あたしがさみしいから」

なんて言いながら進んでいく、と、またあのシルエット。

「うまいこと、エニグマの手から逃れてるようだね……」
「…あんた、誰」

握った手の中で、剣の柄がぎちりと鳴った。
見た目そっくりだけど、違う。オリーブに太鼓判もらったあたしの勘が、「こいつは危険だ」って言ってる。何かの変化かアランシアの体勝手に使われてるか、後者だったらあたしにはどうしようもない。どーにかしてひっぺがしてキルシュに念入りにぼこぼこにしてもらおうとは思うけど。
アランシア(?)はあたしの台詞は聞こえないふりで言った。

「光の中ならエニグマからも逃れられるだろうけど、こんな闇の中まで友達を追ってくるなんて…うぬぼれてるのかな?」

アランシア(?)の背後に明かりが見える。多分あれが出口。ちょうど通路が狭くなってるところにアランシアは立っている。計画通り、というわけ。

「エニグマ? 海岸で襲ってきたヤツらっぴ?」

ピスタチオが話すのに紛れてエアを呼んだ。

「セツナ、この辺にいるはずだから。連れてきて」
「わかったの」

ふい、とエアがいなくなる。ほんとにいるかどうかも、すぐに来てもらえるかどうかも賭けだ。セツナの属性は風だから、どうにかなるといいんだけど。

「エニグマは闇から生まれた生き物で、すさまじい魔力を持っている。敵に回すとコワイ存在だが…味方にすれば、無敵の強さを手に入れることになる…」

ピスタチオが「強さ」のところに反応した。

「強くなれるっぴ!? どうすればいいっぴ!?」

前のめりになりかかるピスタチオの肩に手を置いた。アランシアの声なのにまるで違う。きもちわるい。
本格的にアランシアじゃないっぽいそいつは大袈裟に両腕を広げた。

「簡単さ。体を貸してやればいいのさ。
融合するのさ」
「ゆうごう…?」
「駄目、ピスタチオ行くんじゃない」

ピスタチオの肩を引いた。偽アランシアは誘うように笑っている。背筋がぞくぞくする。アランシアの顔で、なんて顔しやがる。

「ああ、そうだ。もう少し側に来なよ…教えてやるよ…」
「行っちゃ駄目、行かないでピスタチオ」

口調崩れてんぞパチもんが。あたしは奥歯を噛みしめる。腹の底から寒気が来た。

「ざけんなよ…すさまじい魔力だ? 無敵の強さだ? んなもんに体貸したら乗っ取られちまうのがオチだろうが!」

叫びながら心の中は真っ暗だった。じゃあアランシアは? アランシアにそっくりのこいつは?
喰われたのか、こいつに。
アランシアの顔でエニグマが嗤った。

本編開始前:シードル

side:cidre


はい、と青いラッピングの小さな包みを渡されたのは朝のことだった。

「…なにこれ」
「誕生日おめでとう、で昨日買ってきた」

指先でつまんだ包みをゆらゆら揺らして、リナがにっと笑った。

「そこは普通手作りじゃないの?」
「あー駄目、あたし料理できないもん」

押し付けられた包みを見る。見覚えのあるロゴは、キャンディあたりが噂していた評判のケーキ店のものらしかった。

「…なんでこの店でクッキーかな」
「知ってんの?」
「噂だけ」
「女の子たちでケーキ作るってさ。マドレーヌ先生が指揮執ってるらしいけど」

あのほわほわというかぼけぼけというか、頼りない先生を思い出してちょっと背筋が寒くなった。

「…胃薬用意した方がいいかな」
「うわ失礼」
「だってうちのクラスの女子って…料理得意な子、いる?」
「セツナいるから大丈夫」

リナはそう言って笑った。けど、…セツナが?

「どっちかって言うと、余計不安なんだけど…」
「いや得意よあの子。こないだ試作食わされたけどふつーにおいしかった」

から大丈夫、からから笑うリナを横目で睨む。

「…倒れたら責任取ってよね」
「やだってば、つか大丈夫だってば。セツナ食べるものには厳しいもん」
「ていうかさ、なんでこのタイミング?」

どうせ放課後集まるんでしょ、包みを指差して言うと、リナは「だって暇なさそうだもん」と返してきた。

「馬鹿騒ぎするのに命懸けてる連中だからねマドレーヌクラス。先生筆頭で。去年だってパーティ優先で次の日プレゼントなやついたし」

じゃあ職員室行ってくるねー、ひらひらと手を振ってアトリエを出て行くリナを見送って、僕はひとつ溜め息を吐いた。

「……今年どうやって逃げ出そうか考えてたのに」

逃げられないじゃないか、呟いた台詞は、いつか描いたクラス全員の絵が聞いただけだった。



Happy birthday CIDRE!
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結菜羅衣さんのプロフィール
性 別 女性
年 齢 32
誕生日 7月30日
職 業 大学生