「夏希ちゃん」
「つ、継峰先輩?」
放課後、部活を終えて鍵を職員室へ返した帰り道。鞄を持って廊下を駆け足で急いでいると、不意に後ろからかかる声。
驚いて振り返ると、黒のシャツを着た私服の継峰先輩が立っていた。
「あ、あれ…?待ち合わせ校門前じゃ……」
「待ってたんだけど、迎えに来たほうが早いと思って」
「そうなんですね。お待たせしてすみません……」
「大丈夫。俺が早く夏希ちゃんに会いたかっただけたから」
「っ…え、あ……」
思わず赤面する顔。
心臓がバクバクと鼓動を早める。
「夏希ちゃん?」
「な、何でもないです…っ」
真っ直ぐこちらを見る海人の視線。
夕焼け色にも似た金の瞳。
何度も見たはずなのに、毎度初めて見たときのようにドキドキしてしまう。じっと見つめていると、吸い込まれそうだ。
先輩の視線を直視出来ず、彷徨わせた先に廊下の窓。
「そ、そういえば…今日から古里先輩達も復帰したみたいですね」
「あー……そうだったね」
「何故か沢田先輩と宙づりになってましたけど……山本先輩も水野先輩と楽しそうに野球してました。校内が、いつもより賑やかで、1年生の間でも噂になってましたよ」
「そっか」
思い出してふふ、と笑みが溢れた。
「……先輩は、六道さんと会えましたか?」
「ん?」
「あれ?今日六道さんに会いに黒曜へ行くからお休みしたんじゃ……」
「……そうだったね」
「もしかして……会えませんでしたか?」
どこか遠くを見る先輩に聞かない方がよかったかと後悔して不安になる。
しかし、次の瞬間には海人は笑ってこちらを向いた。
「それより、さ」
「?」
「夏希ちゃんの話が聞きたいな」
「私の話……ですか?」
突然の話題に首をかしげる。
「うん。夏希ちゃんは、体調どう?平気?」
「あ……はい。でも、ぶっつりとあの時の記憶がなくて覚えていないので……正直実感がないです」
「そっか」
「私、先輩に迷惑かけてませんか…?」
手を胸の前でギュッと握った。
あの時のことを思い出すと不安でいっぱいになる。
学校の帰り道不意に真っ暗になり、気がつくと知らない病院のベッドの中だった。怪我は何もしていなかったが、念のため検査をしようということだった。
その日行った大まかな出来事は雲雀さんが教えてくれたが、詳しいことは分からないままだった。
継峰先輩とも怪我の治療のため会えず、昨日電話で話をして今日の放課後会うことになっていた。
電話の時に無事を確認しているとはいえ、姿を見れるまでは不安だった。
「そんなことないよ。むしろ、巻き込んでごめんね」
「そんな…!継峰先輩こそ、体調は大丈夫ですか?無理…してませんか?」
「大丈夫だよ」
「……それなら、良かった…です」
ホッと息を吐き、胸を撫で下ろす。
思っていたよりも緊張していたようだった。
「そろそろ、帰ろうか」
「え、…ぁ……」
「夏希ちゃん?」
すっと、左手を差し出す海人。
戸惑っている夏希を見て首を傾げる。
「えっと、あの……」
「?」
手を繋ぐと言うことだろうか?
手と海人の顔を何度も見る。
「どうしたの?」
「……え、と…」
「? 帰ろう」
グイ、
「!」
海人の手が夏希の手を掴んだ。
優しく引っ張る手に続いて、夏希の足が前に出る。
いつも見ていた先輩の後ろ姿。
短い黒髪が歩きに合わせて揺れている。
(…あれ…?)
「せ、先輩」
「ん?」
声をかければ振り向く海人。
不躾だと思いながら、頭から足先まで順にじっと見ていく。
「夏希ちゃん?」
「っ…あの、」
「……どうしたの?」
「もし、違ってたらすみません」
「……」
「……もしかして…空人、さんですか?」
「……」
「……」
続く沈黙。
ハァ、と小さく息を吐いた海人は、次の瞬間には雰囲気が変わった。
眉間にシワが寄り、腕を組んで廊下の壁に寄りかかる。
一見不機嫌そうにも見えるが、機嫌が悪いわけではないことは未来で何度も会話したから知っている。
「……いつ気づいた?」
「……えと、始めは全く…。でも、継峰先輩右利きで、確か空人さんは左利きでしたよね?」
「あー」
「それと、こう……上手く言えないんですが、雰囲気がなんとなく」
「見た目は一緒だと思うがな」
「えっと、握った手の感触とか…歩いた時の歩幅…話すときの距離感が、いつもと違うな、って……」
「………」
「そ、それと……ない、ので」
「?」
「まだ先輩と……手を繋いだこと、ないんです」
恥ずかしげに小声で話す夏希に、空人は驚きの表情を浮かべる。
「お前ら、付き合ってるんじゃないのか?」
「っ、た、たぶん……?」
「多分?」
「付き合おう、と言われたわけではないので……」
歯切れの悪い夏希の返答。
思わずため息をつく。
それを聞いた夏希が、慌てたように首を降る。
「で、でも…、いいんです」
「なにが?」
「先輩に……好きな人に好きだって言ってもらえただけで……奇跡みたいなことですから。一緒にいれるだけで嬉しいんです」
「……お熱いことで。そんなことじゃ、先が思いやられるな」
「っな、」
真っ赤になった夏希の頭にポン、と優しく手を乗せる。
「空人さん?」
「いや、……なんでもない」
手をどけると、窓の外へ視線を向ける空人。
「お迎えが来たようだぞ」
「え…?」
同じように窓の外を見て、あ!と思わず声を上げる。
「継峰先輩!」
窓から見える校門前には、見覚えのある黒髪の後ろ姿が見える。
「早く行け、」
「あ……はい!」
駆け出す夏希。
だが、すぐに足を止めて振り返る。
「空人さん、」
「なんだ」
「また、会えますか?」
“また、会えますよね?”
不意に記憶が呼び覚まされた。
数日前に突如頭の中に入ってきた未来の記憶。最後に夏希と交わした言葉と同じ台詞。
「“さあ、な”」
「! 楽しみにしてます」
同じ台詞で返せば、嬉しそうに口角が上がる夏希。ペコリとお辞儀をすると駆け足で階段を降りていった。
「……」
未来の記憶が入ってきた後、ふと興味が湧いた。
他人に対して常に平等に接する彼奴が、特定の感情には否定的なことは知っていた。それは変わることなどないと思っていたのに。
(まさか、好きな奴ができるとは)
継承式に参加するために、たまたま日本に来ることになったのでついでに海人が欲した女を見てみようと思った。
どんな人間なのかは未来の記憶で知ってはいたが、実際見てみてもどこにでもいそうな少女だった。
(俺には一生理解できない感情だな、)
そう思いつつも、心が穏やかなのは未来の記憶でアレスの想いを知ったからだろうか。
「…………お、」
窓の外を見ていれば、校門へ走る夏希の後ろ姿が見えた。
門の前に立つ海人と合流し、何やら話をしている。
そしてこちらを見上げる金の瞳。
視線が合えば、呑気に手を振っている。
「……ハッ、」
自然と溢れる笑い声。
手を振り返す代わりに携帯を取り出し、メールを打つ。
「…!……」
メールが届いた片割れは、文を読んで何やらこちらに向かって叫んでいるが無視して、踵を返した。
(……さて、帰るとするか)
イタリア行きの航空チケットを購入するために、再び携帯を取り出した。
***
継承式編後の一コマ。
ヴァリアーが来てたから空人くんも来てるよね!と期待して。見た目が同じでも、夏希ちゃんには何となくで二人の差に気づいて欲しい…!空人くんが海人くんに何をメールで送ったのかは、ご想像にお任せします(きっとからかっている……)
駄文失礼しました。