夏希と空人

「夏希ちゃん」

「つ、継峰先輩?」


放課後、部活を終えて鍵を職員室へ返した帰り道。鞄を持って廊下を駆け足で急いでいると、不意に後ろからかかる声。

驚いて振り返ると、黒のシャツを着た私服の継峰先輩が立っていた。


「あ、あれ…?待ち合わせ校門前じゃ……」

「待ってたんだけど、迎えに来たほうが早いと思って」

「そうなんですね。お待たせしてすみません……」

「大丈夫。俺が早く夏希ちゃんに会いたかっただけたから」

「っ…え、あ……」


思わず赤面する顔。
心臓がバクバクと鼓動を早める。


「夏希ちゃん?」

「な、何でもないです…っ」
 

真っ直ぐこちらを見る海人の視線。
夕焼け色にも似た金の瞳。

何度も見たはずなのに、毎度初めて見たときのようにドキドキしてしまう。じっと見つめていると、吸い込まれそうだ。

先輩の視線を直視出来ず、彷徨わせた先に廊下の窓。


「そ、そういえば…今日から古里先輩達も復帰したみたいですね」

「あー……そうだったね」

「何故か沢田先輩と宙づりになってましたけど……山本先輩も水野先輩と楽しそうに野球してました。校内が、いつもより賑やかで、1年生の間でも噂になってましたよ」

「そっか」


思い出してふふ、と笑みが溢れた。


「……先輩は、六道さんと会えましたか?」

「ん?」

「あれ?今日六道さんに会いに黒曜へ行くからお休みしたんじゃ……」

「……そうだったね」

「もしかして……会えませんでしたか?」


どこか遠くを見る先輩に聞かない方がよかったかと後悔して不安になる。

しかし、次の瞬間には海人は笑ってこちらを向いた。


「それより、さ」

「?」

「夏希ちゃんの話が聞きたいな」

「私の話……ですか?」


突然の話題に首をかしげる。


「うん。夏希ちゃんは、体調どう?平気?」

「あ……はい。でも、ぶっつりとあの時の記憶がなくて覚えていないので……正直実感がないです」

「そっか」

「私、先輩に迷惑かけてませんか…?」


手を胸の前でギュッと握った。
あの時のことを思い出すと不安でいっぱいになる。

学校の帰り道不意に真っ暗になり、気がつくと知らない病院のベッドの中だった。怪我は何もしていなかったが、念のため検査をしようということだった。

その日行った大まかな出来事は雲雀さんが教えてくれたが、詳しいことは分からないままだった。

継峰先輩とも怪我の治療のため会えず、昨日電話で話をして今日の放課後会うことになっていた。

電話の時に無事を確認しているとはいえ、姿を見れるまでは不安だった。


「そんなことないよ。むしろ、巻き込んでごめんね」

「そんな…!継峰先輩こそ、体調は大丈夫ですか?無理…してませんか?」

「大丈夫だよ」

「……それなら、良かった…です」


ホッと息を吐き、胸を撫で下ろす。
思っていたよりも緊張していたようだった。
 

「そろそろ、帰ろうか」

「え、…ぁ……」

「夏希ちゃん?」


すっと、左手を差し出す海人。
戸惑っている夏希を見て首を傾げる。


「えっと、あの……」

「?」


手を繋ぐと言うことだろうか?
手と海人の顔を何度も見る。


「どうしたの?」

「……え、と…」

「? 帰ろう」


グイ、


「!」

海人の手が夏希の手を掴んだ。
優しく引っ張る手に続いて、夏希の足が前に出る。

いつも見ていた先輩の後ろ姿。
短い黒髪が歩きに合わせて揺れている。

(…あれ…?)


「せ、先輩」

「ん?」


声をかければ振り向く海人。
不躾だと思いながら、頭から足先まで順にじっと見ていく。


「夏希ちゃん?」

「っ…あの、」

「……どうしたの?」

「もし、違ってたらすみません」

「……」

「……もしかして…空人、さんですか?」




「……」

「……」


続く沈黙。
ハァ、と小さく息を吐いた海人は、次の瞬間には雰囲気が変わった。

眉間にシワが寄り、腕を組んで廊下の壁に寄りかかる。

一見不機嫌そうにも見えるが、機嫌が悪いわけではないことは未来で何度も会話したから知っている。


「……いつ気づいた?」

「……えと、始めは全く…。でも、継峰先輩右利きで、確か空人さんは左利きでしたよね?」

「あー」

「それと、こう……上手く言えないんですが、雰囲気がなんとなく」

「見た目は一緒だと思うがな」

「えっと、握った手の感触とか…歩いた時の歩幅…話すときの距離感が、いつもと違うな、って……」

「………」

「そ、それと……ない、ので」

「?」

「まだ先輩と……手を繋いだこと、ないんです」


恥ずかしげに小声で話す夏希に、空人は驚きの表情を浮かべる。


「お前ら、付き合ってるんじゃないのか?」

「っ、た、たぶん……?」

「多分?」

「付き合おう、と言われたわけではないので……」


歯切れの悪い夏希の返答。
思わずため息をつく。

それを聞いた夏希が、慌てたように首を降る。
 

「で、でも…、いいんです」

「なにが?」

「先輩に……好きな人に好きだって言ってもらえただけで……奇跡みたいなことですから。一緒にいれるだけで嬉しいんです」

「……お熱いことで。そんなことじゃ、先が思いやられるな」

「っな、」


真っ赤になった夏希の頭にポン、と優しく手を乗せる。


「空人さん?」

「いや、……なんでもない」


手をどけると、窓の外へ視線を向ける空人。


「お迎えが来たようだぞ」

「え…?」


同じように窓の外を見て、あ!と思わず声を上げる。


「継峰先輩!」


窓から見える校門前には、見覚えのある黒髪の後ろ姿が見える。


「早く行け、」

「あ……はい!」


駆け出す夏希。
だが、すぐに足を止めて振り返る。


「空人さん、」

「なんだ」

「また、会えますか?」


“また、会えますよね?”

不意に記憶が呼び覚まされた。

数日前に突如頭の中に入ってきた未来の記憶。最後に夏希と交わした言葉と同じ台詞。


「“さあ、な”」

「! 楽しみにしてます」


同じ台詞で返せば、嬉しそうに口角が上がる夏希。ペコリとお辞儀をすると駆け足で階段を降りていった。



「……」

未来の記憶が入ってきた後、ふと興味が湧いた。

他人に対して常に平等に接する彼奴が、特定の感情には否定的なことは知っていた。それは変わることなどないと思っていたのに。

(まさか、好きな奴ができるとは)

継承式に参加するために、たまたま日本に来ることになったのでついでに海人が欲した女を見てみようと思った。

どんな人間なのかは未来の記憶で知ってはいたが、実際見てみてもどこにでもいそうな少女だった。

(俺には一生理解できない感情だな、)

そう思いつつも、心が穏やかなのは未来の記憶でアレスの想いを知ったからだろうか。


「…………お、」


窓の外を見ていれば、校門へ走る夏希の後ろ姿が見えた。

門の前に立つ海人と合流し、何やら話をしている。

そしてこちらを見上げる金の瞳。
視線が合えば、呑気に手を振っている。


「……ハッ、」


自然と溢れる笑い声。

手を振り返す代わりに携帯を取り出し、メールを打つ。


「…!……」


メールが届いた片割れは、文を読んで何やらこちらに向かって叫んでいるが無視して、踵を返した。

(……さて、帰るとするか)

イタリア行きの航空チケットを購入するために、再び携帯を取り出した。




***

継承式編後の一コマ。
ヴァリアーが来てたから空人くんも来てるよね!と期待して。見た目が同じでも、夏希ちゃんには何となくで二人の差に気づいて欲しい…!空人くんが海人くんに何をメールで送ったのかは、ご想像にお任せします(きっとからかっている……)
駄文失礼しました。

D,スペード

継承式の最中に拉致されたクロームを追いかけた所までは覚えている。

その後不意に背後から現れた敵の攻撃を避けきれず、意識を失った。

次に目を覚ますと、そこは見たことのない部屋の中。痛む頭を押さえて身体を起こす。

ジャラ、


「っ、」


身体を起こすと同時に感じる違和感と金属音。視線を向ければベッドに固定された鎖が見え、それは己の片足と繋がっている。

幸いそれ以外拘束されてはいないが、鎖の長さからして動けるのはせいぜい部屋の中を歩くくらいだろう。


「………はぁ…」


無意識に溢れたため息。
無駄だと思いつつ鎖を引っ張るも、ガシャンと大きな金属音をたてるばかりで外れそうもない。クイーンサイズはあろうかという大きなベッドもビクリともしない。

(綱吉達、大丈夫かな……)

残してきた仲間が気がかりだった。ボンゴレの罪と罰。初代コザートの血を手に入れた彼らとの力の差は歴然。あの恭弥ですら地面を這いつくばるしかなかったのだ。


「くそっ……」


何が、どうなっているのか。

仲が良さそうに笑っていた炎馬と綱吉を思い出す。一旦、何がどうなって……。

ガチャリ、


「っ!」


不意に部屋のドアが開く音がした。
視線をそちらへ向けると、飛び込んでくる1つの人影。


「きゃっ、」

「!」


後ろから誰かに突き飛ばされるようにして部屋の中に入ってきたのは、並盛中の制服を着た夏希だった。


「っ夏希ちゃん」


床に倒れる彼女を抱き起こす。その間に扉はガチャリと音を立ててしまった。ご丁寧に鍵まで閉めて。


「夏希ちゃん、大丈夫?」

「せ、んぱい……っ」


震える彼女の背をそっと支える。見たところ拘束された様子はなく、外傷もないことにホッと息を吐いた。


「先輩、こ、怖かったです…っ」

「…大丈夫だよ」

「うわーん…っ」


泣きじゃくり、海人にしがみつく夏希。落ち着かせるように背中をさすりながら、何故か胸がざわりと音を立てた。

(…?…)


「何があったか話せる?」

「……っ、分かりません。気づいたらここに…」

「そっか、」

「私、すっごく怖かったです……」


泣きながら海人の胸にしがみつく夏希。そのまま海人を見上げると、上目遣いのまま手を伸ばす。


「継峰先輩、わたし、怖い…っ」

「ごめんね。俺も何が何だかよく分かってなくて……でも、俺が何とかする。夏希ちゃんには手を出させない。だから、」

「……先輩っ!」


その言葉に不安そうな表情から一変して嬉しそうに、笑う夏希。


「嬉しい……継峰先輩が守ってくれるなら、安心ですね!」

「……」

「先輩、もっとぎゅーってしてもらえますか?先輩に抱きしめてもらうと、私すっごく安心するんです」

「……」

「先輩?」


こちらを見上げてくる彼女は、夏希のはずで。

ふわりと柔らかい黒髪も、
大きな黒い瞳も、
優しい声も、

間違いなく夏希だと断言できる。

(な、んだ……?)

なのに違和感が止まらない。

彼女が身体にふれると、嫌悪感すら感じる。


「きみ、は……っ」


冷汗がツーっと背中を伝う。
無意識にしがみつく彼女を離す。


「継峰先輩?」


不安そうにこちらを見つめる姿に心が揺れる。でも、何かが可笑しい。

理屈じゃない直感のような感覚が、彼女を拒否する。


「…っ、」

「どうしたんですか、せんぱい?」

「きみは……っだれだ」


どくん、どくんと心臓が大きく鼓動する。目の前の夏希が首をかしげた。


「やだなー、夏希ですよ」

「違う、夏希ちゃんは……守って欲しいとは言わないし、自分が怖くてもまず相手の心配をする」

「………」

「それに、夏希ちゃんはそんな風に笑わない」

「………」

「きみは、誰だ?」




「ヌフフ……」

「っ!」

「思っていたより、早くバレてしまいましたねぇ」


顔も声色も夏希のままなのに、一瞬で雰囲気が変わる。口角を上げると、優雅に微笑む。


「まあ、だがしかし計画は順調に進んでいるといっていい」

「お前は……っ」

「ヌフフ…。この姿のままでは、分かりづらいでしょうか。しかし、貴方とは、私自身の肉体を手に入れてからお会いしたい」

「っ、」


ぞわりと、背筋を悪寒が走る。
思わず後ろに後ずさる。

下がった身体を、夏希の姿をした‘誰か’が掴む。

そのまま頬に手を添え、耳元へ口を寄せた。


「時間はたっぷりとあります。思い出して下さい。貴方と私を繋ぐものを」


吐息が言葉とともに耳から入る。顔をしかめれば、遊ぶように耳介をペロリと舐められた。


「っ…や、めろ」


反射的に夏希の手を振り払えば、楽しそうに声を上げて笑う。


「ヌフフ…言い忘れていましたが、この身体自体は夏希という少女で間違いありませんよ。いらない中身は消え去っているかもしれませんがねぇ」

「…っ憑依か、」

「正解です。さあ、楽しみましょう。身体だけとはいえ、貴方は彼女を拒否できますか?」

「っ、」

「ヌフフ。大丈夫、優しく抱いてあげますよ……器があの時と逆の性別というのも面白い」

「あの時…?」

「……忘れてしまいましたか?私は忘れたことなど、一度もないのに」



ねぇ、ガイア?



ゾグッ、
腹の底から湧き上がる気持ち悪さ。

分からないのに、
知らないはずなのに、

目の前の‘誰か’の言葉に、心臓が鼓動を早め鷲掴みにされたように苦しくなる。


「俺は…っ、ガイアじゃない……っ!」

「ヌフフ……今は忘れているだけ。いずれ思い出しますよ。同じ魂を持つ貴方なのだから」

「なに言って……っ」


‘誰か’は夏希の姿のまま再び近づくと、海人の胸に手をあてた。そのまま、服の上を滑るように下ろしていく。

腹の下まで手を滑らせると、服の上からソレをそっと撫でる。獲物を狙う獣のように自身の唇を舐めた。


「っつ……ぁっやめ、ろっ」

「ヌフフ……やっと、やっと想いが成就する」



狂った劇の幕が上がった。






楽しそうに笑い声を響かせて、目の前で行われる行為はなんだろうか。


「ひ、…っ」

「大丈夫ですよ、私に全て委ねて下さい」


ベッドに縛りつけられ身動がとれない俺の上に、跨がる夏希。

服をはだけさせ、素肌に舌で触れていく。
決して暴力的ではなく、宝物を愛でるような行為。

嫌だと首を振る度に、何故か笑みを深くする。


「貴方達は恋人同士だというのに、まだシタことがないようですね。ヌフフ…すぐに良くなりますよ。私はずっと、ずっと……貴方とこうして、」

「っ」


ポタ、ポタ、


「おや、おかしいですね」

「っ、」


不意に止まる行為。

震えている夏希の手。
首をかしげて自身の手を見つめる。

その間もポロポロと瞳から流れる大粒の涙。

言葉と身体が一致しない。

(……っ、)


「……な、つき…?」


不意に口から出た名前

目の前で震えて動かない手を、不思議そうに見るのは、憑依した知らない‘誰か’のまま。

憑依されると本人の意識はない。

なのに、
なぜか……

きみが泣いてる気がした。


「……大丈夫だよ、」


指を伸ばし、溢れる涙をそっとはらう。彼女へ届くように、彼女へ語りかけるように言葉を紡ぐ。


「夏希ちゃん、」


ごめんね、
巻き込んで、ごめん。

きっときみのことだから、俺に悪いと思って泣いているんだろう。

こんな状況になった責任は俺にあるのに。

‘せんぱい、’

聴こえるはずのない夏希の声が聴こえた気がした。


「一緒に帰ろう」


未来から帰ってきたように、皆で。



「……おや、」


涙と震える手が止まり、驚いたように目を大きく開いて海人を見る。


「こんなことは初めてですが、まあ……いいでしょう。絆が深いということはそれだけ利用価値があるということですから」

「お前は……っ」

「そう、時間はたっぷりある」


一瞬の沈黙の後、海人の上から下りベッドサイドに立つ‘誰か’


「遊んでないで、そろそろいきましょうか。私にはまだやるべきことが残っている。軟弱なボンゴレ10代目ファミリーを解体するという、ね」

「まて…っ!」

「ヌフフ……その後で沢山話しましょう。私のこともゆっくり思い出して下さい」

「何言って…、」

「……今度こそ、間違えない」



不敵な笑みを浮かべ、霧のように夏希の姿は消え去った。




***

継承式編。
Dと海人くん、夏希ちゃんを出演させてみました。
以前悠太さんのサイトにアップされていたガイアさんとDの関係を拝見して、色々と妄想…!Dさんはどこかで壊れちゃったんでしょうね…。始まりはこうではなかったはずなのに。この場合誰が助けてくれるんだろう…。

駄文失礼しました。


色々遊んでしまった

こんぺいとう**2メーカー様とはりねず版男子メーカー様で、夏希ちゃんと海人くんイメージ画像を作ってみた……のですが、エムブロだと画像がアップできず…急いで作成。

nanos.jp


使い方よく分からないけど、見れると思います。
キャラメーカー楽しかったー!

大人のキス

※タイトル通り閲覧注意!








「ふ、ぁ……っ」

あつい、

身体が熱でうなされているかのように熱る。顔が赤面しているが自分でも分かった。


「……んっ…ぁ…」


何度かキスを交わした後。

そのまま唇をゆっく割り入れられ、口腔内に舌がふれた。

身体がビクンと小さく跳ねた。
思わずギュッと目の前の男性のシャツの裾を握る。


すると、
右手が頬に触れ、左手で腰を引き寄せられた。


まるで、大丈夫だというように。
もしくは、もう逃げられないというように。


「ん…っ…ぁ…っ」


舌自体が生き物かのように、歯列をなぞる。

普段は歯ブラシしか到達しない場所に、ふれる舌。舌が触れる度にぞくぞくと身体をナニカが駆け巡る。込み上げてくる吐息がこらえられずに、口の隙間から漏れる。


「……ぁ…っん…」


自分の声じゃないみたい。
甜めかわしい声が、聴こえて途端に羞恥心が駆け巡る。


「っ!……ふ、ぁ…っん」


口腔内の天井に触れられた瞬間、ナニカが身体を走った。初めての感覚に、ぎゅっと閉じていた目を開けてしまう。

思わず息を飲んだ。

開かれた視界の先には、灯籠のように揺らめく金の瞳がこちらを見ていた。

(っ……)

視線が合った瞬間、加速する心臓がさらにドキリと大きく跳ねる。

目をそらせない。

吸い込まれそうな瞳の煌めき。お互いの鼻が擦れるほど近い距離。熱された視線。



数秒、
否、永遠に思えるほどの時間。

交差する黒と金の瞳。時間が止まったかのように感じたが、口内の熱に再び現実に戻される。


「ん…っぁ……っ」


戯れるように、追いかけるように舌と舌が絡み合う。

どちらのものとも言えない唾液が混ざり合い、受け止め切れなかった唾液が、口角から溢れる。

息のしかたすら、分からない。

舌が口腔内から出たと思えば、直ぐに口づけと共に再び口腔内へ侵入してくる。

水音を響かせて再び絡む舌。
お互いの息づかいと、夏希の堪えきれない喘ぎ声しか聴こえない。

鼓膜に響くその音すらも、興奮を
高める材料にしかならない。


「あぁ…っ…ん……」


今までしてきた優しいキスとは違う、大人のキス。

込み上げてくるのは幸福感と、戸惑い。羞恥心と、気持ちよさ。

色々な感情が短時間で駆け巡り、ぐちゃぐちゃになりそうだった。


「……なつき、」


1度唇が離れ、名残惜しそうに2人の間を唾液の糸がツーっと繋がって直ぐに切れた。


「か、…っいと、さ」


真っ赤な顔で肩で息を整えながら、名前を呼ぶ。

生理的に溢れた涙をそっと優しく指で払う姿に、愛しさが込み上げてくる。

ああ、なんて幸せなんだろう。

海人さんと、
出逢えたこと
好きになれたこと
好きでいられること
……好きになってもらえたこと

その全てが嬉しくて、愛しくて。
幸せなんだと、心から感じる。


「わ、たし…っ」
「?」
「海人さんが、すき」
「うん、」
「すき」
「うん」
「すき、すぎて、どう……しよう」


真っ赤な顔で、そう問えば少し困った顔で海人さんは笑った。


「とりあえず、」
「?」
「もう1回、キスしようか」
「っ!」




あまい、
あまい、
夜が始まる。




***


つ、ついにやってしまった!
実際の濡れ場まで書いたわけではないけれども、大人な二人が読みたくて、やってしまいました。悠太さん、すみません。
基本、海人くんリードが多いんだろうけど、たまにお酒とか入って夏希ちゃんから頑張ったり、いつも上手にリードするから、過去に経験があるんじゃ…とモヤモヤした夏希ちゃんに、ビアンキさん辺りが媚薬を海人に盛って、実はあまり余裕ない姿とか見せてくれたら萌える…!性欲があるって、人間味があっていいなーと思います。駄文失礼しました。

兄妹

「お兄ちゃん!」

ほとんど反射的だったと思う。
兄呼ぶその声に思わず俯いていた顔を上げた。





夕日が辺りを赤く染め上げる時間帯。河川敷を歩く人達は、皆どこかホッとしたり晴れ晴れとした顔をしている。それもそうだ。これからきっとみんな誰かの待つ家に帰るのだろうから。

「もう、お兄ちゃん!待ってよー」
「はは、ほら」
「もう、急に、走るんだから……っ」
「ごめんって」

ふと見上げた視線の先。

向こうから歩いて来た一組の男女。先を歩く青年が、後ろから走って来る少女を振り返って待つ。追いついた少女に笑顔を向け、少女が持つ荷物をひょいと取り上げた。

「あはは、ナツは可愛いなぁ」
「もう、お兄ちゃん…人前で止めてよ」
「えー、いいだろー。兄の特権だよ」
「もう、」

くしゃくしゃと乱暴に、それでも優しく頭を撫でる。少女は嫌な顔をしながらも、口元は笑っていた。

そんな、どこにでもいる兄妹。
なのに目が離せなかったのは何故だろうか。

‘お兄ちゃん’

「っ……」

‘えんまお兄ちゃん!’

「……−−……」

今はもう二度と聞けない妹の声が、脳内に響く。

もう何年も呼んでいない妹の名前が声にならない音で、口から出て消えた。

呼んでももう応える声はない。
あの日泣き叫ぶ妹を助けられず、伸ばした手は届かず。次第に動かなくなる妹をただ見ているしか出来ずに、両親と共に失ったのだから。

‘お兄ちゃん、’

忘れるな、
忘れることなど許されない。




(…帰ろう、)

知らず知らずギュッと握りしめた拳。胸の内側に隠すのは覚悟の証。同じ覚悟を持つ仲間の元へ。

「……っ、」

ゆっくりその場から立ち上がると、昼間不良に絡まれ殴られた傷がズキリと傷んでよろける。必要な事とはいえ、無抵抗に殴られ過ぎただろうか。またアーデルに怒られそうだ。

(あーあ……)

痛む身体にムチを打ち、何とか再び立ち上がる。視線が自然と高くなり、夕日がよく見える。

沈む間際だと言うのに、正面から見る夕日はとても眩しい。思わず目を細める。

「あ、」

夕日から視線を反らした先に、あの兄妹がいた。何故かこちらを向いた妹と一瞬視線が合う。

黒い瞳と赤い瞳が交差する。

「っ、」

別に何も悪いことをしているわけではないのに、直ぐに視線を反らした。何故か心臓がドキリと音を立てる。

「……帰ろう」

今度こそ鞄を持ち、その場から歩き出した。とぼとぼと歩いていると不意に後ろからかかる声。

「あ、あの…!」
「………」
「す、すみません。あの、」
「……?」
「あの、傷……大丈夫ですか?」

(なんで……)

関係ないはずだ。一瞬目が合っただけ。それなのに。

走って河川敷から来たのだろうか。肩で大きく息を切る少女。そう歳は変わらないように見える。心配そうにこちらを見て、口を開く。

「さっき上から…痛そうにしていたのが見えて……余計なお世話かもしれないんですが、気になって…」
「………」
「その、良ければこれ使って下さい」

渡されたのは、薄いピンクのハンカチと絆創膏。

「本当は流水で洗うのが1番だと思うんですけど、水道が近くになくて…家に帰ったら、きちんと洗って下さいね」
「……別に、そこまでするような傷じゃないよ」
「ダメですよ!化膿したら大変です」
「……」

それでも受け取らない俺に、彼女の方から近づくと傷口にハンカチを当てた。止血してから、絆創膏を貼るまでの動きに無駄がない。

「っ、」
「待って下さい……はい、終わりです」

呆気に取られている間に、手当を終えた彼女はホッと微笑む。

「………」
「あ、その……すみません。急に余計なこと……」
「………」
「いつも部活で、やっていたので……つい。本当にすみませんでした」
「……あ、」

無言の俺に気を悪くしたのか、何故か彼女が謝る。次に何かを口にする前に一礼した彼女はその場から走り出していた。

「………」

無意識に呼び止めようと伸ばした腕。

しかし視界の先に彼女を待つ兄の姿をとらえて、そっと腕を下ろした。

(呼び止めて、何を言おうというんだ)

関係ない、
もう会うこともないのだから。


‘お兄ちゃん、’


目を閉じれば聞こえる妹の声。

(大丈夫、きっと仇はとるから)

手当てされた腕の絆創膏をそっと押さえ、兄妹とは反対方向へ歩き出した。






翌朝

「おはよー」
「おはよう」

朝の挨拶が行き交う校舎の片隅。
教室へと向かう廊下を1人とぼとぼと歩いていれば、見つけるより先に耳が音を拾う。

「先輩!」

(あ、)

昨日の子だ。
ふわりと揺れる黒髪。人懐っこそうな瞳。幸せそうに口元を上げて笑みを浮かべて誰かと話している。

(ここの生徒だったのか、)

気づけば立ち止まる足。
彼女の横顔を遠く見つめる。

本当に楽しそうに笑っている。昨日みた表情とは違う、心からの笑み。妹も……生きていれば、今もあんな風に笑っていたのだろうか。

(……っ、)

不意に後ろから声がかかった。自分の名前を呼ばれ、振り返る。

「エンマくん、おはよう」
「……おはよう。ツナくん」
「今日は犬に会わなかった?」
「うん。平気」
「そっか、良かったー」

沢田綱吉。
ヘラヘラと笑うその顔が憎い。何も知らず、仲間に囲まれて青春を謳歌している。その平和の裏でお前の親がしてきたことを、今すぐ教えてやりたい。

(でも、)

憎む一方で、もっと近づきたい思いが邪魔をする。ずっと聞いていたボンゴレ10代目がこんな男だとは知らなかった。出会い方が違えば、立場が違えば……そう、友達になれたんじゃないかって。

「……っ、…今更」
「うん?何か言った、エンマくん」
「………ううん、なんでもないよ」

首を傾げる綱吉に、小さく笑って応える。綱吉もそれ以上追求せず、自然とそろって教室へと歩き出した。

「そう言えば、数学の宿題やった?」
「………やってない」
「えぇ!あの先生、メッチャ怒ると怖いんだよ!俺の見せてあげてもいいんだけど、きっと間違いだらけだから……あ、海人!」
「!」

顔を青くした綱吉が、廊下の先にいる生徒に声をかけた。

振り返る男子生徒。
短く切った黒髪が、ふわりと揺れた。

「お、綱吉。おはよ」
「おはよう!…っと、夏希ちゃんと一緒だったんだね。おはよう、夏希ちゃん」
「おはようございます、沢田先輩」

(継峰海人、)

大地の炎を持つ、ボンゴレ側の守護者。彼も家族と弟を殺された過去を持つ。

そんな彼の隣に立つのは、先ほど見かけた少女。一緒に話していたのが継峰海人だとは。

「どうしたんだ?」
「ちょっと海人に聞きたいことがあったんだけど、またでいいや」
「?」
「邪魔しちゃ悪いから、先行くね」
「せ、せんぱい…っ」
「? おう、またなー」

真っ赤に頬を染める夏希とは対象的に、気にしていない様子の海人。

2人の脇を通り過ぎると、隣を歩く綱吉に疑問を問う。

「ねえ、さっきの2人って…」
「え、ああ……海人はもう知ってるよね。隣にいたのは1個下の子で夏希ちゃんって言ってね、海人と付き合ってるんだよ」
「へー……そうなんだ」
「羨ましいよねー、あーあ。早く俺も京子ちゃんと…!」




(ふーん、そうなんだ)

後ろを振り返り、そっと2人を見る。

何を話しているのかは分からないが、笑っている表情ならは幸せな感情しか読み取れない。

(…………)

同じだと、思ったのに。
君は俺とは違うんだね。

落胆とも怒りとも違うこの感情はなんだろうか。

もやもやした胸の内を誤魔化すように、そっと頭を振った。





***

久しぶりに継承式編のVOMICを見て。凄くイメージ通りの声優さんばかりで、ニヤニヤしてしまう…。
継承式編アニメで見たかったー!
継承式編は炎馬だけじゃなくDとの絡みも気になります…!(とくに海人くんとD)
駄文失礼しました。
前の記事へ 次の記事へ