「陽人ー、今日はサンキューな!助かった」
上げられた右手に合わせて自身の手を上げて、パシンと気持ちのいい音を立たてハイタッチを交わす。
野球部のユニフォームを来た男子生徒が、陽人と呼んだもう1人の男子生徒に向かい笑みを浮かべる。
「あそこで逆転ホームランするなんて、流石だぜ!」
「感謝の気持ちは、ジュース1本で頼むよ」
「ハハッ、りょーかい!その代わり来月もまた頼むわ」
「いいよ」
額を流れる汗を拭き、飲んでいたスポーツドリンクをゴクリと飲み干す。
夏の暑さは、8月を半ばを過ぎた今日も続いており、今日の最高気温は36℃予想。野球の試合中の体感気温としてはもっと上をいくだろう。雨も暫く降っていないため、グラウンドの地面は土埃が舞っていた。母さんも元気のない庭の草花を眺めては、ため息をついていた記憶は新しい。
いつになったら秋の足音が近づいてくるのか……気配を微塵とも感じない強い日差しにため息をつきながら空になった水筒の蓋を閉める。
「あ、でも来月はバスケ部に応援頼まれてたからどうかな……後で日にち確認してみるわ」
「……ほんと、陽人って運動神経いいから羨ましいよ」
「代わりに勉強はイマイチだけどな」
「そうだっけ?」
「知らないことを知っていくこと自体は嫌いじゃないんだ。どうして空が青いのか、海は広いのか。言語が多様化していったのか……知れば知るほど世界が違って見える。ワクワクするよ。でも、テストみたいに興味のないことを無理矢理覚えるのが好きじゃないっていうか……」
「ふーん……」
「特に文章問題とかさ、読んでるはずなのに内容が頭の中に入ってこないんだ……分かる?」
「あー……確かに俺も読書感想文とか嫌いだけど、ゲームの攻略本ならどんなに厚くても最後まで読めるし、内容も覚えようと思った訳じゃなくても忘れないかもな」
「そうそう、そういう感じ。どっちかっていうと、勉強は弟の方が得意だから」
「朔人か、」
「そうそう。朔人は文武両道で、どっちも卒無くこなすから凄い」
水筒や使ったタオルを鞄に入れながら、頷く。タオルで拭いたくらいでは汗のベタベタ感は消えない。こりゃー帰ったら、シャワーだな。
「あ……そういやさ、こんなこと聞いていいか分からないんだけど」
「ん?」
少し言いづらそうに視線を泳がせる友人に、バックのファスナーを動かす手を止めて向き合う。
「朔人、大丈夫か?最近あいつクラスで浮いてる……っつーか、あんまいい噂聞かないからさ。俺は、小学校からお前達のこと知ってるから朔人がいいヤツだって分かってるけどさ。半分以上は別の小学校からだから……誤解、してるんじゃないかって」
「………」
「心配なんだよ。入学して暫くは普通だったのに、急に態度変わってさ。しかも、1年なのに風紀委員長になって……応接室占拠したって噂になってるし」
「あー……」
「本人と話をしようにも、なんか……聞きにくいしさ、陽人なら知ってるんじゃないか?」
本当に心配してくれているんだろう。不安そうに瞳を揺らす友人の肩に手を置き、苦笑する。
「風紀委員長の件は気にしなくていいよ。雲雀恭弥って知らない?多分親に聞いたらわかると思うけど、昔並盛中で伝説になってた人でさ、縁あって俺ら小さい頃から仲良いんだけど、特に朔人は憧れてるんだよね。だから、中学入ったら風紀委員長になるのは昔から言ってたことだよ」
「へー、雲雀恭弥……帰ったら聞いてみるわ」
「うん。素行の問題はさ……うん、まぁ……長い目で見てやって欲しい。ありがとな、気にしてくれて」
「いや、俺はいいんだけどさ。朔人がいいヤツなのに、誤解されるの勿体ないからな」
恥ずかしそうに照れて頭をかく友人にもう1度笑みを浮かべ、リュックを手に取る。肩に持ち手をかけると片手を上げた。
「んじゃ、俺もう行くわ」
「あれ?この後コーチの奢りで皆でアイス食べに行くけど……行かないの?」
楽しみにしてたじゃん、と首を傾げる友人に手を振りながら応える。
「今日、ちょっと用事入ってさ」
「用事?」
「うん。大事な用事」
ニカッと太陽のような笑みを浮かべる。右目の金眼が光に反射してキラキラと宝石のように輝いた。呆気にとられる友人に背を向け、迷いなく歩き出した。
「みーつけた」
並盛商店街の奥にあるゲーム屋の前でたむろする数人の中学生。ブレザーをだらしなく羽織り、ワイシャツを着ること無く赤や黒の派手なTシャツを着ている。髪が黒いものは1人もいない。
夏の昼下がりの暑い道には、人通りは少なく不良の姿が余計に目立つ。
「あぁ?」
「誰だ、テメェ」
陽人の声に怪訝な顔で振り返る不良。1番手前にいた下っ端だろうか、茶髪の生徒が立ち上がってガンを飛ばす。
「いち、にー、さん……うん、6人みんないる」
睨みつける不良など目に入らないのか、人数を数えた陽人は満足そうに頷いた。
「やっぱ、掃除は一度にするに限るよな。何度もしてたら面倒だしさ」
「何言ってんだコイツ」
うんうん、と頷く陽人。噛み合わなさに怪訝な表情を浮かべる不良達。
「ぶっ殺すぞ、テメェ!」
前に躍り出てきていた茶髪の生徒。勢いのままに何もせず立っているだけの陽人に向かって、拳を振り上げる。
「オラッ!!」
強く握りしめられた拳を顔面目掛けて、振り下ろす。腕の力がこめられた拳は風を切って陽人の頬に……当たるはずだった。パシンという音と共に拳が止まった場所は、手の平だった。
「なっ!」
「おいおい、こんなヘロヘロパンチじゃ障子すら破れないんじゃない?」
「っふざけんな!」
「おーっと」
額に血管を浮かべ真っ赤な顔をした不良が、止められた拳で今度は陽人の胸ぐらをつかむ。そのまま反対の手で殴りつけた。
すかさず陽人がその手を掴むとそのまま足払いをして、地面へ転がす。勢いよく地面に叩きつけられ、苦痛の声が上がるが、それには構わずそのまま倒れた不良の局部を蹴り上げる。
「ッグハ!!」
痛みにもだえ苦しむ様子を物ともせず、不良の身体をわざと踏みつけて乗り越える。呆気にとられる他の不良達の前に立つとにっこりと笑った。
「なあ、この顔≠ニ猫≠ノ覚えは?」
「ハァ?てめえ急に現れて訳わからねーこと言ってんじゃねーよ!!」
「こんなことしてタダですむと思うなっ!」
「ふーん。まあ、いいか」
全員思い出すまで、手伝ってあげる
それが、戦闘開始の合図だった。
「ッおらぁあ!!」
残る5人が一斉に陽人に襲い掛かる。多くは拳で向かってくるが、2人ほど金属バットを持った不良もいた。
圧倒的不利な状況にも関わらず、終始余裕な表情を浮かべる陽人。襲い掛かる2つの拳を避けつつ、振り下ろされたバットに回し蹴りを入れて軌道をずらす。固いアスファルトの地面に打ち付けられたバットが、カーンと高い音を響かせた。
驚く不良達を気にすることもなく、今度は別の拳を避けつつ、姿勢を低くして蹴りをかわす。空を切った足が地面に付く前に掴むと、そのまま遠心力に任せて回してパッと手を離す。バランスを崩した不良の頬を思いっきり殴り飛ばした。人を殴る不快な感触と共に不良の身体が地面に吹っ飛ぶ。アスファルトに擦れてできた裂傷と、殴られた痛みに絶叫する。地面には抜けた歯がコロリと転がっていた。
「あああぁ!!」
「はぁ……こういうの、俺好きじゃないんだよね」
仲間の叫び声に、恐ろしいものを見るような視線を向ける残りの不良達。ため息をつく陽人。
「だってさ、弱い物いじめみたいじゃん」
「ってめぇ!!!」
残る4人の内、勢いよく飛び出したバットを持った1人。振り上げたバットをバク転してサラリと避ける。再びバットを振り上げて走ってくる男。今度はバッドの軌道を完璧に読み取りすれすれで避けると、がら空きの胴体に回し蹴りを入れる。
唾液を吐いてうずくまる不利の頭部に、肘打ちを入れるとそのまま成すすべもなく崩れ落ちた。
「あと3人」
真っ直ぐで長い指をピシッと3本立てて笑う陽人。
残りの不良は倒れた仲間と陽人を交互に見ながら、初めて焦りの表情を浮かべた。
「正直さ、こんなことしてるなら早く家に帰ってシャワー浴びたいわけ。今日恭弥にーちゃんが来る日だから遅れたら噛み殺されるし。そもそも、俺は喧嘩とか好きじゃないんだ。身体動かすならスポーツしてたい」
「な、なに言って、」
「でも、今回は別。言っても分からないやつにはお仕置きが必要だよな?」
陽人の右目がギラリと光る。昼間だと言うのに、金の輝きが離れた不良達にも分かった。左は黒色なのに、右目は金瞳。日本人には異質なその輝きを見た瞬間、不良の1人が声を上げる。
「っ、気持ちわりー目してんじゃねーよ!!バケモン!」
「…………」
「思い出したぞっ……テメェ、1年の継峰だな?お前の弟には、仲間が散々世話になったんだ!このまま引き下がると思うなよっ!」
「ハハッ」
「っなにが可笑しい!?」
「ああ、ごめんごめん。俺、怒りが込み上げてくると逆に笑っちゃうんだ」
「ふざけてんじゃ、」
言い終わるより先に不良の身体が吹っ飛んだ。自販機のゴミ箱に突っ込み、頭からジュースの空き缶をかぶる。その体はピクリとも動かない。
「…………っ、」
「あと、2人」
「ひ、卑怯だぞ、話してる途中だったじゃねーか!」
残された不良は、うわずった声で陽人を指さして非難する。陽人は乾いた笑みを受かべながら、気絶した不良が持っていたバットを手にとった。
「スポーツじゃないんだから、スポーツマンシップに則って正々堂々するとでも思った?冗談だろ、これはただの復讐。よーいドンで始める競技じゃないんだわ」
「っ、グハァ!」
バットを振り回すと、一撃で不良を落とす。残された不良は、恐怖の表情を浮かべて後ずさる。
「アンタで最後だな」
「っ、ひ、」
動けずにその場で固まる不良に冷たい視線を送る。無抵抗の相手にも関わらず、思いっきりバットを腹部へ振り回した。
「っ、ぐぁあ!!」
「ねぇ、聞こえてる?」
おーい、と口元に手を当てて話すも返答がなく、小首を傾げる。倒れた不良の前髪を掴むと、強引に引っ張った。
「っあ……、…っやめ…」
「これに懲りたら、野良猫で遊ぶの止めるんだな」
「っや、止める!だから、もう勘弁し、」
「俺は優しくないからさ、次は……ない。誰も見てないと思ってても、見てる%zは沢山いるんだぜ?」
「わ、分かりました……っ!」
恐怖でブルブルと震える不良の頭から手を離す。勢いよく地面にぶつかり、再び悲鳴を上げる。
「あ、それと」
「っ、は、はい!」
「これ、父さん譲りの大切な目で、俺と朔人の宝物なんだ。結構俺は気に入ってる」
「っ、はい」
「性懲りもなくまた弟に余計なこと言ったら……お前等、こうだから」
右手親指を首に当て、スッと横にスライドしてにっこりと笑う陽人。涙を浮かべながら必死に頷く不良。
「よし、じゃあ解散ー!」
明るい声で終わりを告げた陽人。
恐怖から開放された不良は、あっさり意識を手放した。
「遅かったね。3分遅刻だよ」
「え、まだ7分前じゃん!」
「10分前行動は基本だ」
「えー」
走って家に帰ると、黒い車が玄関の前に止まっていた。家の中に入ると案の定、渋い顔をしたスーツ姿の男性がダイニングチェアに腰をかけてコーヒーを飲んでいた。
「あれ、朔人は?」
「二階の戸締まり。朔人、なんだか今日は機嫌良かったけど知ってるかい?」
「えー、なんだろ……。なぁ、恭弥にーちゃんシャワー浴びてきていい?汗で気持ち悪くて」
「……それはスポーツでの汗?」
陽人の動きをじっと見ていた雲雀が、呆れたような表情を浮かべて問う。
「当たり前じゃん、恭弥にーちゃんや朔人じゃないんだから、俺は戦闘には興味ないの」
「陽人……いい度胸だね、久しぶりに稽古つけてあげる」
「ちょっ、止めろってー!」
仕込みトンファーを避けながら、浴室へ駆け込む。ため息とともに雲雀の気配が消えた。
「5分であがりなよ」
「無茶言うなー……」
汗でベタつく服を脱ぎながら、呟く。
今日の夕飯、どこ連れて行ってくれるんだろう?
期待に胸を膨らませ、自然と頬が緩んだ。
***
継峰家、双子兄のお話。前作の裏側。
双子弟と違って喧嘩よりスポーツ派。でも、喧嘩も得意。普段はのほほんとしていてツナ達と遊んでる時の海人くんに似ている。クラスでもムードメーカー。ただしキレたら怖い。
朔人くんが喧嘩漬けになったきっかけの1つに、不良の並盛生徒から言われたお前の目、バケモノみたいで気持ち悪い≠ェあって。朔人くん自身も負けずとボコボコにしてますが、弟大好きお兄ちゃんも、ちゃんと復讐してます。猫ちゃんを虐めてたりしてたので、その復讐も兼ねています。(陽人くんには父譲りで生き物と会話が出来て、猫から事情を聞いた)
……なんて、妄想話でした。楽しかった。
乱文失礼しました。