「おーい、綱吉ー!」

並盛公園前を横切ると、公園の中の方から自分を呼ぶ声がする。

キョロキョロと見渡せば、東屋の方から聴こえてくる声と見知った顔が2つ。

「海人!それと……夏希ちゃん!」

「さ、沢田先輩、こんにちは」

「?? こんにちは」

椅子に腰掛け、いつもの明るい笑顔を見せる海人とは対象的に何故か真っ赤な顔をしている夏希。

うわずる声も、動揺したように視線を反らすのもいつもと様子が違う。

疑問符が浮かびながらも、誘われるままに腰をかけた。テーブルの上にはトランプの山。

「トランプ?」

「そ、綱吉もやる?」

「……お邪魔じゃない?」

日曜日の昼間。
お菓子を買いに出てきた俺とは違い、付き合ってる2人がすることなんて決まってる。デートしてるのにわざわざ首を突っ込むのは野暮と言うものだろう。いくら恋愛経験がないとはいえ、それくらいは分かる。

「なんで?」

「いや、だってさ……」

首を傾げる海人から夏希ちゃんへ視線を向ける。目が合うと先ほどまでとは違い、キラキラとした瞳がこちらを見ていた。

「是非!沢田先輩も一緒にやりませんか?」

「え、あ……じゃあちょっとだけ…」

「やったー!」

喜ぶ夏希の様子に再び疑問符が浮かぶも、俺の返答を聞いた海人はサッとトランプの山に手を伸ばしていた。

バラバラのトランプを集め、1つの束にすると、テーブルを使い角を合わせていく。

「簡単にババ抜きでいい?」

「うん、いいよ」
 
話しながらも手元は器用に動き続ける。1つの束を半分に分けて器用にそれを再び1つに合わせた。

パラパラ……

トランプが軽い音を立てて混ざっていく。まるでテレビに出てくるディーラーのように流れるような動きに思わず見入ってしまう。

「よし、じゃあルールはさっきと同じで」

「?」

「あ、勝った人はお願いを1つ言えるんですよ」

「え、そうなの!?」

手元へ配られるカードを眺めていたが、とんでもない事実にギョッとする。思わず目を見開けば、向かいに座る夏希ちゃんが慌てて訂正する。

「勿論、常識の範囲内ですよ?」

「そ、そうだよね……いや、でもさ海人って」

「何もかけるものがないと面白くないだろ?」

カードを素早く配り終えた海人が、言葉を遮るように話す。その言葉に大きく頷く夏希ちゃん。

「さっきは2人だったけど、今回は3人だから…1番に抜けた人が最後の人にお願いできる……でいい?」

「はい!」

「わ、分かった」

揃った数字を前に出しながら頷く。
3人と少人数のため、順調に枚数は減っていった。



「じゃあ…じゃんけんポン!」

「ポン!」

「ポン!……あ、」

「やった! 私の勝ちです!」

「じゃあ、夏希ちゃんから時計回りだね」

夏希ちゃんが、海人の手札に手を伸ばす。初めだからか悩むことなく、1番端を引いて、手元のカードと見比べた。

「あ、あった!」

笑顔で2のカードを2枚、中央に出す。幸先がいい。

「じゃあ、次俺だね」

「あ、うん。どーぞ」

海人が俺のカードから1枚選ぶ。反応を見るように、ゆっくりと選ぶ海人の視線から目を反らす。なるべく表現を変えないようにキュッと顔を引き締める。

「………」

手元の物とは違うカードだったようで、そのまま残される。

「次は俺が引くね」

「はい、どうぞ」

夏希ちゃんのカードの山から、真ん中を狙って引く。手元に持ってきてひっくり返した瞬間思わず唸る。

「っ!」

黒一色で描かれたにやりと不気味な笑みを浮かべる人物が堂々と印刷されている。

(よりにもよって、ジョーカー!)

心の中で叫ぶ。
恨めしく目の前を見れば、夏希はサッと視線を反らした。手持ちのトランプで口元を覆ってはいるが、目は絶対笑っている。

(いや、まだまだ始まったばっかりだ!)

手元のトランプを1つにして何度かきって混ぜる。まだまだ始まったばっかりだ。



「や、やったー!上がりです!!」

「えー!」

まだまだだ……と思っていたのだが、順調に枚数が減り夏希ちゃんが1番で上がった。満面の笑みを浮かべて喜ぶ姿は可愛い。

ニコニコの笑みで、こちらを見る。

残るは俺と海人。
ジョーカーは未だに俺の手持ちのまま動かない。ジョーカーを持つ俺の方が1枚多い。

「沢田先輩、頑張って下さい!」

「え、あ…うん!」

何故か彼氏を応援せず、期待を込めた瞳でこちらを注視する夏希ちゃん。でも、夏希ちゃんには悪いがこの勝負の結果は見えている。

(海人に勝てる気がしないよ……)

以前山本や獄寺くん達ともトランプをしたことがあるが、この手のカードゲームや心理戦は海人の得意分野らしく、特に仲良くなってからは負けたのを見たことがない。

証拠に、ジョーカーは未だに俺の手持ちのままだ。

ボンゴレの超直感とやらは、ゲームにおいて発揮されるものでは、ないらしい。

海人は、残り1枚になった。
俺の手持ちは残り2枚。意地悪く笑うジョーカーと、ハートのA。

「……どっちにしようかなー」

「っ…!」

反応を見るように、海人の金の瞳がこちらを注視する。相手が海人だと分かっていても、海人の視線を真正面からジッと受けるとドキドキする。攻めてもの抵抗に顔を横に向ける。

「………あ、」

「え、!」

ヒョイと、軽く引いたのはまさかのジョーカー。今度は俺の手持ちが1枚になる。

「じゃあ、次は綱吉だ」

「う、うん!」

まさかの自体に目を見開きながらも、チャンスを逃さないように海人のカードを注視する。

(残りは2枚……どっちかが正解で、片方は外れ……ああ、もうわからない!)

「うー……これだっ!!」

当てずっぽうに引いた1枚。
恐る恐るカードを裏返す。

「あ……」

手元に残るのは、ハートのAとスペードのA。

「上がった……?」

「やったー!」

呆然としながらカードを前に出すと、勝負の結果に満面の笑みを浮かべる夏希ちゃん。

嬉しそうな、楽しそうな表情で笑う。

(それにしても、海人が負けるなんて珍しい……)

ふと、左手側座る海人が視界に映った。

手を頬について、喜ぶ夏希ちゃんを静かに見つめている。優しく、包み込むような穏やかな表情。友達と過ごすときとは違う、海人のこんな表情を見たことがあっただろうか。

こっちを見ていたのに気づいたのか、一瞬海人と視線が合う。

ニヤリと笑い、人差し指をシーッと口元へ持ってくる。

(あ、そっか……)

ハハッと自然と口元に笑みが浮かぶ。心配しなくても、上手くやっているらしい。お邪魔虫になる前に退散したほうが良さそうだ。




「あれ?沢田先輩帰っちゃったんですか?」

沢田先輩より前の勝負で先輩に負けたため、ジュースを買いに自販機へ行き戻ってくると東屋には先輩の姿しかない。

買ってきた3本のジュースを受け取り、テーブルに置いた先輩が手招きする。

「家でちび達がお菓子待ってるんだってさ」

「そうなんですか……それなら早く帰らなきゃですね」

手招きされるままに、先輩の隣に腰をかける。こぶし1つ分空いた距離。それでも触れそうになる肩にドキリとする。

「そ、そういえば!」

「ん?」

「さっきのお願い、何にしようか考えないとですね」

ジュースの1つを手に取りながら、不自然に視線を反らした。

本当は何をして欲しいのか決まってるのに、勇気だけが足りない。

家からトランプを持ち出して、屋外でこんなことを始めたのも、全部この瞬間のためなのに。

「ねぇ、」

「は、はい」

声をかけられ顔を向けると、思っていたよりも近い距離にドキリとする。バクバクと音を立てた鼓動が煩い。

「夏希ちゃんは、俺に何をして欲しいの?」

「……っ、え、えと……」

「ん?」

「わ、わたし……っ」

意を決して、先輩の耳元に口を近づける。秘密のことを打ち明けるように、手で隠しながらそーっと囁く。

「ーーーっーーーて、欲しい、です」

顔に集中して熱が集まる。
きっと茹でダコみたいに真っ赤になってるだろう。

それでも、やっと手にしたチャンス。

ジッと金色の瞳を見つめて応えを待つ。吸い込まれそうになるほど、綺麗な瞳も同じようにこちらを見ていた。

「……いいよ、」

「っ、……あっ……!」

瞬間、感じる浮遊感。

次の瞬間には、背はさっきまで座っていたベンチにつけており、先輩を見上げる体勢。

肩の辺りについた両手が、この体勢のまま逃さない。

金の瞳の中に、自分が見える程近い距離。

「っ…せ、せんぱい…?」

「どう?」

「っ…え、あ……どう…とは…?」

「ちまたじゃ、床ドンって言うんでしょ?」

口が小さく笑みを浮かべる。
話す息をすら感じる距離。

「…っ」

呼吸することすら忘れてしまうくらい、目の前の先輩しか見えない。

高鳴る鼓動が、早く、早くと急かす。

「せ、せんぱい……っ」

「ん?」

「あ、あの……おね、がい……っ」

「ああ、……なんだっけ?」

意地悪く笑う目の前の愛しい人。
誘うように、続きを促す瞳の煌めき。

(……っやっぱり、先輩はずるい…)

「き、……」

「き?」

「…っき、キスがしたい、です」



「よくできました」




(ずるい……っ)

どうして、先輩はこんなにカッコいいのだろう。

先輩の声が、
姿が、
態度が……

全てがまるで麻薬のように、一緒に過ごす時間が長くなればなるほど、もっとと願ってしまう。
離れれば離れる程に寂しさと愛しさが増していく。

きっともう、

「……っ……」

「…夏希ちゃん?」

「せんぱい……っ、すき」

愛しさがあふれる。
二度目のキスを強請るように、再び瞼を閉じた。

きっともう、
継峰先輩から、離れられない。

……想像したくは、ないけれど。
もし、この先先輩に嫌われたり、先輩に他に好きな人ができたとしても、

この人以上に好きになれる人なんて、この先現れることはないだろう。

確信にも似た想いを抱きながら、再び唇に触れた温もり。

感じる幸せと愛しさに、そっと笑みが溢れた。






***

悠太さんの小説を拝見して、海人くんならトランプなどの心理戦も得意では……?と思い、気づけば携帯をポチポチしてました。ツナと夏希ちゃんはトランプ(特にババ抜き)が苦手そう…。すぐ顔に出て、あわあわしていそう。勿論、ツナを含めた勝負で負けたのはわざと。
ちなみに……ツナが来るまでも何度か勝負を挑み、負け続けた夏希ちゃん。1回の勝利で忘れてますが、海人くんができるお願い事が貯まっています。こわい、こわい(笑)

駄目文失礼しました。