story.5:『見えないもの』
第1の槐こと、一条真幸の部分的な記憶喪失を再確認してから一時間後------------。
真幸の身内らが帰宅してから一時間後、水嶋と舘巻の目の前には二条武長の両親と、今年小学校に入学した甥の飛鳥がいた。
飛鳥は『お兄ちゃんに会いに行く』としか聞いてないのだろう。
ここがどんな場所で武長がどういった理由で警察病院に居るのかを知らされていないらしい。
飛鳥は、武長に会えることを楽しみにランドセルまで持って来てニコニコと笑いながら、待ち望んでいた。
舘巻:(この子の前では真幸くんの時みたいに、ここでの暮らしを説明するのは困難か…)
舘巻は、黙ったまま武長を待つ水嶋や両親の様子を察して口出しをしないようにしていた------------その時だった。
コンコンッ
軽いノックの後、ドアが開けられてこちらに声を掛けた。
?:「失礼致します」
白衣を身に纏った一人の女性が全員分の湯飲みをお盆に乗せて持ってきた。
女性はにこりと笑い掛けると、武長の家族から順番に湯飲みを置いていく。
舘巻:(女にしては身長高い…)
舘巻が妙に女性に関心を持つと、視線に気付いた女性が「あっ」と声を出してから言った。
?:「初めまして。
昨日から精神科に配属されました、小柳春菜と言います」
水嶋:「そうか。よろしく」
舘巻:「よろしくね」
小柳春菜という女性は簡単に挨拶を済ませると、飛鳥にこう話し掛けた。
小柳:「まだ熱いから、気を付けてね。」
飛鳥:「うん!ありがとう、お姉ちゃん!」
飛鳥のそのお礼の言葉を聞いてから、小柳はお盆を持ってこちらに軽く会釈をしてから、面会室を後にした。
小柳が出ていった後、飛鳥は武長の両親に話し掛けた。
飛鳥:「今のお姉ちゃん、背高くてきれいな人だったね"お婆ちゃん"!」
母親:「そうね!」
水嶋:「え…?」
飛鳥の言葉を聞いて、水嶋は間の抜けた声を出しながら驚く。
すると、武長の父親が話した。
父親:「去年、飛鳥に本当のことを話しました。
飛鳥のお母さんは、武長の双子のお姉ちゃんであること。
武長が槐事件に巻き込まれて………その影響から、犯人のことや自分も関係していたショッピングセンターの一件と、"美森"のことが記憶喪失になっていて、療養のために……事件の黒幕から武長を守るために、ここにいるんだよ…って。」
父親の話を察するに、武長が第2の槐だということは話していないらしい。
確かに、武長の槐事件には"リオ"こと、酒田雅春という絶対的な協力者がいた。
酒田雅春は、武長と瓜二つに顔を整形手術していたらしい。
ショッピングセンターの事件や、他の事件も酒田が"二条武長"として殺人を行っていたという可能性は完全には否定出来ず、酒田が水嶋たちの目の前でラストターゲットで、飛鳥の実父である平山龍太郎を殺害した上、自殺をしてしまった事実がある以上、酒田を第2の槐として、武長を被害者として今のところ受け止めるしかない。
舘巻:(…だが万が一、武長くんが記憶を完全に取り戻して、すべての罪を認めたら……)
聞けば、武長は飛鳥の将来を守りたいがために"槐"になったと聞いていた。
もし武長が殺害を認めたら、武長が守りたかったという飛鳥の将来はどうなってしまうのだろう。
舘巻:(それにしたって、ゾッとする話だな…)
どうしたら復讐で、可愛がっている甥を守ることが出来ると思い込んだのか。
槐事件が発生する以前、真幸も武長も過去に何処かで集結させられているということが、彼らの話から水嶋は察したようだ。
黒幕の考えが、掴めない------------ある一点を除いたら。
その時、再びドアがノックされて大きく開かれて、沢田法子と二条武長が姿を現す。
飛鳥:「!お兄ちゃんっ!」
武長:「あす…か……」
飛鳥は嬉しくて、武長に飛んで行き、武長にぎゅっと抱き付いた。
武長は目を丸くさせながら呆気に取られていたが、だんだん涙目になって、その場でしゃがみ込むと飛鳥を強く抱き締めた。
久しぶりに会えた甥------------いや、武長の中では"弟"である飛鳥。
幼児であるが故に、面会自体出来なかった飛鳥とようやく会えて、武長も嬉しそうだ。
水嶋と法子、武長の両親もホッとしながら見守っていた後、武長を個室に誘導して、せっかくだからとシングルのソファーに武長を座らせ、飛鳥は武長の膝に乗せて、三者面談を始めることにした。
水嶋が、武長に向かって話を切り出した。
水嶋:「武長くん、驚かせてしまってゴメンね。
"彼"が姿を眩ましたから、ひょっとしたら武長くんの記憶に変化が起こるんじゃって思って、武長くんには内緒でここにご両親と飛鳥くんを連れて来る許可を貰って来たんだ。」
武長:「なるほど!ありがとうございます。
…今日は良い日だなぁ------------けど、」
武長はふと気が付いたように、こう言ってきた。
武長:「"彼"…って最近、病院を辞職した人……なんですよね。
すみません……俺、その人のことはあまり記憶に無くて……」
武長は難しそうな顔をしながら、鳥の仮面の男こと、本名・城之内凛太のことについて話す。
武長:「あの人とは何度かここでも会話をしたけど、良い先生だったって以外は何も…。
ただ、真幸くんが怯えているんです。…一体、何が……」
武長がそう尋ねると、水嶋は深刻そうな表情をしながら言った。
水嶋:「分からない…。
ただ、真幸くんが"彼"を恐ろしいと思っていたことは事実だ。
先ずは、"彼"を見付けないと」
武長:「はい。……あ、あと、もう一つ…」
水嶋:「ん?」
武長の質問に水嶋が返事をすると、武長は困ったように言った。
武長:「…父さんは、何処ですか?トイレか、何か?」
父親:「…!」
母親:「武長?お父さんなら、お母さんの隣にいるじゃない。ほら、ここ。」
武長の突拍子もない質問に、周囲はまたしても困惑する。
武長は母親の隣に座っている父親を見る------------が、その表情は険しくなり、元々掛けていた眼鏡をしっかりと掛け直している始末だ。
武長:「父さん、悪いけど…居たら返事をしてくれないか?」
武長はそんな不自然なことを問い掛けるが、父親は言う通りに声を掛けた。
父親:「武長。父さんはここにいるよ!」
父親はそう声を掛けた。
父親が声を掛けてから数秒も経たないうちに、武長は深いため息を付きながら、ソファーの背もたれに寄り掛かりながら言った。
武長:「…ゴメン。飛鳥と母さんははっきり見えるし、声も分かるけど、父さんの姿が見えなくて。
声も……まるで、遠く離れたところから声を掛けられているみたいだ。」
母親:「ど、どうして…!?」
真幸と比べて、冷静で真面目な性格の武長は自身を落ち着かせながら、でも首を横に振ってきた。
武長:「それは、分からない。
ただ、本当に父さんがこの部屋にいるっていうことは信じるよ。
……水嶋さん、いや沢田先生。
これ…まさか催眠術の一種か何かなんでしょうか?」
武長は困り果てた様子で水嶋と沢田に話し掛けると、法子が小さく頷いて言った。
法子:「武長くんの推測が正しいかも。
"彼"……消息を断つ前に武長くんたちに強いマインドコントロールを掛けた可能性が高いわ。
おかしいもの……つい、2か月前に面会しに来た時はお父様の姿は見えてたはずだし…」
舘巻:「…水嶋じゃないが、"彼"はひょっとしたら何か悪巧みを考えているのかもなァ」
水嶋:「悪巧みって、舘巻さん……まさか------------!」
武長:「え?え?えぇっ!?」
水嶋がある可能性を言おうとした時、武長は驚愕した顔をしながら水嶋と沢田が見ていた舘巻の方を見る。
そして、恐る恐ると言った様子で武長はこう問い掛けた。
武長:「そ、そこにも…た、舘巻さんって人がいるん…ですか?」
水嶋:「た、舘巻さんの姿も見えないのか武長くん!」
飛鳥:「お、お兄ちゃん…」
武長の口から出る驚愕の発言で、飛鳥も心配しながら武長を見る。
武長は飛鳥を見ながら、頭を撫でて言った。
武長:「ゴメンな、飛鳥にまで心配掛けて。
…けど、お兄ちゃんにもよく分からないんだ。どうして……急に……っ…」
武長は顔に手を充てながら、考え込む。
すると、急に飛鳥がこう口にした。
飛鳥:「ねぇ、お兄ちゃん。
"美森"って人のことは、分かる?分からない?」
武長:「美森……っ…いってー………くぅっ…んー…ッ」
法子:「武長くん!頭、痛い?大丈夫?」
武長は両手で頭を抑えながら、頭痛に堪えている様子だ。
父親と舘巻が見えないということや、死んだ双子の姉・美森のことを聞かれて、偏頭痛が治まらず、武長は一旦、病室へ戻った。
すると、飛鳥は不安げな表情をしながらポツリとこう口にした。
飛鳥:「ぼく……どうして、お母さんのことをお兄ちゃんに聞いたりしたんだろう…?
お婆ちゃんとも刺激しないように言わないって、約束したのに」
母親:「飛鳥ちゃん…っ」
母親に一つの不安が過る。
それは、父親も同じこと------------だが。
父親:「水嶋さん、舘巻さん。
お願いします。一日も早く、息子の無実を証明してください!
そして、どうか美森のことや酒田くんのことを思い出せるように……」
父親も、母親も、そして飛鳥も、武長の罪を信じていないのだ。
水嶋たちは改めてその旨を聞き入れた後、二条の両親と飛鳥の家路を見送ったのであった。
------------To be Continued...