2018年10月31日の19時、東急百貨店・東急東横店を中心に、渋谷には半径およそ400メートルの非術者のみを閉じ込める帳が降ろされた。術者、補助監督の出入りは可能だが、多くの一般人が巻き込まれ、口々に五条悟を連れてこい≠ニ叫ぶ。
20時14分、帳外では七海班・禪院班・日下部班・冥冥班が待機。上層部の指示で五条悟単独での渋谷平定を目指す流れとなった。
「狗巻棘準1級術師、狗巻葵希2級術師はそれぞれ別場所で待機してもらいます。帳が上がり次第、速やかに一般人の避難誘導をお願いします」
「しゃけしゃけ」
「……、」
こくりと頷く。雑魚との戦闘において呪言は効率よく使えるが、自分より格上の相手には効きが悪く最悪自分へ返ってくることもある。中の状況は分からないが、日下部さんの話では特級レベルの呪霊の気配がするという。それにこんな高度な結界を張ることのできる呪詛師がいるとなれば、たかが2級程度の術師である自分にメインの戦闘は荷が重いことは明らかだった。
他の術師も待機との指示に少しばかり胸を撫で下ろす。一緒に来た同級生とはすでに別れているが、皆無事でいて欲しいと願わずにはいられない。
「……こんぶ?」
ポン、と肩に手が置かれた。振り返れば心配そうな面持ちの兄の紫色の瞳と視線が合う。大丈夫だと笑みを浮かべれば、ほっと息をつき地図を取り出して1箇所指さす。
(東京メトロ、渋谷前駅)
「しゃけ」
恐らくここが兄の任された場所なのだろう。分かったと頷いて見せれば、じっとこちらを見つめる瞳。言わんとする意図が分かり、帳が開けたら行く場所を指差す。
(伊地知さんから指定されたのは……)
渋谷ストリーム
そこまでは日下部さんとパンダ先輩と一緒に移動し、その後は周囲の一般人避難を任されている。
「……、」
「おかか?」
自身の制服のポケットからノドナオールの瓶を取り出し、目の前で振る兄。苦笑しながら、制服の上着ポケット、スカートのポケット、ポーチにそれぞれのど薬が入っていることを軽く叩いて音で知らせる。
「しゃけ」
うんうんと満足したように頷き、そっと頭を撫でた。
温かい。1つしか歳は変わらないのに、性別が違うからだろうか。私よりも大きくて長い綺麗な指だ。時に私を笑わせ、こうして安心させてもくれる……大好きな兄の手。
「……っ、」
思わず空いている兄の胸に飛び込む。ぎゅっと抱きしめれば、驚いたように固まった身体。しかし、次の瞬間には優しく背中に腕を回して抱きしめてくれた。こんな大規模な戦闘は初めてで緊張する。本音を言えば不安でたまらない。そんな弱気な私を知ってか、兄は何も言わずにただ温もりをくれた。
「……、」
「しゃけ、いくら、明太子!」
胸一杯に兄の匂いを吸うと、気合いを入れて顔を上げる。にっこりと笑って兄を見れば、右手をピースの形にして出し同じように笑った。
あくまで五条先生による解決を前提とし、帳の外で待機していた呪術師達。新たな帳が降りていることが確認され、状況が変わったとして帳内へ侵入することとなった。渋谷駅新南口から日下部さん達と帳内へ進む。
「よーし、じゃあひとまず解散だな」
「葵希、くれぐれも無理するなよ。何かあれば、呼んでくれ。棘から口酸っぱく言われてるんだ」
パンダ先輩と同じように、手を振って二手に別れる。2人は階段を降りて地下へ向かうようだった。
「……っ、」
1人になった途端急に寂しさが募るが、手をぎゅっと握りしめて堪えた。出動前に兄から渡された拡声器を手に周囲を見渡す。渋谷ストリームは、複合商業施設で周囲にも高層ビルが並ぶ。低層階はカフェやレストラン、高層階はホテル、オフィスなどから構成される。夜21時過ぎとは言え、普段なら人通りも多く見られる場所だ。ビルとビルを繋ぐ連絡通路へ移動し地上を見下ろす。
「…………」
低級の呪霊や改造人間がいたる場所にいた。逃げ惑う人々の叫び声、悲鳴が苦しくなるほどに夜の街に響いていた。血と腐臭が入り混じった臭いが鼻を突く。
「……、」
拡声器を握る手とは反対の手でネックウォーマーを一気に下げた。両頬と舌に刻まれた蛇の目と牙の呪印。兄と同じこの印は、狗巻家そして呪言師としての証だ。
「動くな=v
キーン……とハウリングが鳴る。拡声器で聞こえる範囲の呪霊、改造人間、一般人がまるで一時停止のようにその場で止まった。一瞬にして静まり返る空間に葵希の声が響く。
「渋谷ストリーム地下へ移動。呪術高専≠ニ言われるまで物陰に隠れること=v
呪言の効果を非術者……一般人のみに指定し、拡声器を通して指示を出す。後は残った呪霊達を祓うだけだ。これを場所を変えて繰り返し続けていく。帳が上がって安全が確保されたら、高専関係者が予め決められていた合言葉を言うことで、避難させるという予定だ。
「………、」
喉の調子はまだ余裕がある。拡声器を通しているため、呪言の対象を指定するのにムラが出やすい。調整はいつも以上に必要だ。だが少ない呪力で行える上に効果範囲も広がる。今回のような任務には最適だと言える。色々な状況を想定した訓練を兄としておいて良かった。
ちなみに拡声器使用を最初に思いついたのは兄の友人である乙骨先輩だという。普段は海外任務が多いらしく会ったことはないが、兄の友人だからいい人なのだろう。いつか会ってみたいな。
「……」
(そろそろ、いいかな)
一般人が捌けて、呪霊のみが残った。拡声器のスイッチを再び押す。空気を大きく吸い込んだ。
「潰れろ=v
「!」
突如大きな呪力が弾けた。視線を向ければ、ビルの破壊、炎が飛び交う様子が見て取れる。気配だけでも特級レベルの呪霊同士が戦っているだろうことは明白だ。こちらの避難も早めた方が良いだろう。
(あの方角は……)
「……っ、」
葵希が任された最初の場所と近い。だが、この時間ならすでに移動して今は別の場所で避難誘導しているはずだが……。
「こんぶ……」
不安が消えない。早まる鼓動が煩いくらいに音をたてた。キリキリと胃が痛む。
葵希は兄の自分から見ても呪言師としての実力はあるし、高専に来てからは更に強くなったと思う。背が低く体格に恵まれなかったため、体術は苦手なようだが運動神経自体は抜群だ。それでもまだ実践経験は少なく、技術不足を無理でカバーする所がある。
(…………)
本音を言うなら、妹には呪術師になって欲しくなかった。
葵希は俺とは違い、産まれたとき呪印はなく呪力はあるが一般人として生きていけるはずだった。小さい頃は「おにーちゃん」とキラキラ眩しいくらいの笑顔でいつも名前を呼んでくれた。童謡やアニメの曲を歌うのが好きで、悲しいことがあれば声に出してわんわん泣くような普通の女の子。お兄ちゃんの分まで葵希がお話してあげるね、と朝から晩まで楽しそうに話していた。今日の給食のスープ美味しかったねとか、つくしの芽が出たのを見つけたよとかそんな他愛もない話。けどそんな葵希の話を聞くのが好きだった。
葵希が全く話さなくなったのは、5歳の頃。突然高熱で倒れ、三日三晩苦しんだ。やっと熱が下がってきたと思ったら両頬に蛇の目が現れ、舌には牙の呪印が出た。急に大人びた表情をするようになり、聞き分けがよくなる葵希。それまで愛されていた両親や一族に冷遇されるようになっても寂しそうに微笑むだけで、ただ黙ってそれを受け入れた。そして、呪言師としての道を進むことを決めた。
大切な妹が決めたことは応援したい。けど、呪術師は常に危険と隣合わせで、死の影が付きまとう。何よりも大事な妹だから傷ついて欲しくないし、亡くしたくない。自分も呪術師なのに、矛盾しているかもしれない。でも葵希には、別の生き方があるんじゃないかと考えてしまう。何度か葵希に話そうとした。でも出来なかった。
呪霊で怯えて、
怪我をして泣いて、
訓練でへこたれて、
それでも、呪術師になることを諦めようとはしなかったから。
(なら、)
俺は葵希が傷つかないように、ちゃんと帰ってこれるように信じて手伝うだけだ。
「……しゃけ、」
もう一度、炎が上がる方向を見つめる。
ぎゅっと手を握りしめて、踵を返した。拡声器を手にまだ避難が済んでいない場所へ向かって走る。
(葵希……)
「……ッ、かは……っ」
こみ上げてきた気持ち悪いものを、咳き込むと同時に吐き出す。気づけば鮮血の血溜まりが足元にできた。瓦礫が当たったのか額からも出血があった。流れる血で視界が邪魔にならないよう強引に血を拭う。ふらつく身体を支えるように、斜めに傾いた電柱に手を付いた。
(……っあれは)
未だに震える身体。感じたこともない巨大な呪力の固まり通しでの争い。咄嗟にその場から逃げ出した。一般人や、他の呪術師を気にする余裕も時間もまるで無く迫りくる炎から必死で逃げた。ただ逃げるしか出来なかった。その過程で拡声器も落としてしまった。
(……ごめんなさい…)
最後の大技が直下した場所にはきっともう何も残っていないだろう。何キロか離れたこの場所ですら焦げた臭いと夜だというのにあちこちで燃える炎の熱で暑く感じる程だ。
生きていて欲しかった。
避難誘導した非術者にも帰りを待つ人がいて、大切に想う人がいたはずだ。大変な目にあったけど、帰ってこれて良かったねって、言ってもらえたら……そう思って今日を過ごしてきたのに。
力不足を痛感して俯く。溢れ出そうになる涙を唇を噛み締めて堪える。今は泣いている場合じゃない。私のできること、するべきことをしなくては。
(少しでも多くの人を避難させなくちゃ……)
制服のポケットからノドナオールを取り出し、一気に飲む。喉の痛みが幾分楽になり、ふっと息をついた。
「……、」
まだこちらの方には生きている人もいるかもしれない。そう思い、瓦礫の少ない方へ足を踏み出した。
「……?」
通りの角を曲がると、視線の先に人影が見えた。誰かを背におぶって歩いているように見える。急いで駆け寄ろうとするもすぐに感じる違和感。背の高いペールブルーの髪の青年からは強い呪力と呪霊の気配を感じた。背負われてるのは白い白衣を着た男の人。眠っているのかピクリとも動かない。茶色い髪の……。
「……っ、」
(海月さん……!)
考えるよりも先に身体が動く。一気に距離を詰めるとネックウォーマーを下げ、対象を呪霊に絞り呪言を放つ。
「ぶっ飛べ=v
「!」
呪霊のみがビルの方へ吹っ飛ぶ。爆音とともに見えなくなる身体。吹っ飛ぶ直前に見えた顔は真っ白なつぎはぎ模様。それを確認したと同時に激しく吐血する。
「……っげほ……」
のど薬で回復したばかりにも関わらず、激痛とともに喉の奥からの出血が止まらない。冷汗がこめかみを伝い流れ落ちる。崩れ落ちそうになる身体を必死に耐え、急いで海月さんの方へ向かう。
「……、」
倒れる海月さんの顔色は蒼白でぴくりとも動かない。一瞬最悪な状況を想像してしまう。震える手で呼吸、脈を確認する。ドクン、ドクンと規則正しく拍動する心臓。穏やかに呼吸する胸にホッと安堵した。
(気絶……もしくは寝てるだけ……?)
呪力を封じる鎖と呪符らしきものが腕と足に巻かれているが、致命的な怪我は見たところなさそうだ。呪符も解呪に時間は掛かりそうだが、特殊なものではなく一般的なもの。しかし……。
「…………」
細身とはいえ180cm近くある海月さん。しかも意識のない状態では154cmしかない私が抱えて歩くには無理がある。応援を呼ぼうにも先程の呪霊がいつくるか分からない状況だ。申し訳ないがここは無理にでも起きてもらい、避難するしかない。
「……面白いね、それ」
「っ!」
突如背後からかかる声。
振り向くより早く、右脇腹への強い衝撃。耐えきれずそのまま宙を浮く身体。受け身を取る暇もなく、数メートル吹っ飛ばされた。
「……っ、ぁ」
素早く起き上がろうとするも、受け身を取りそこねた全身が痛む。何より、脇腹の痛みが強い。息をするだけで、強い痛みが走る。
(肋……いっちゃったかな)
痛みをこらえて立ち上がり、前を見据える。そこに立つのはやはり先程海月さんを抱えていた呪霊。薄水色の髪につぎはぎの肌。黒い服。以前七海さんと虎杖くんが戦ったと言われている真人という特級呪霊と酷似した姿。
(特級……)
ゴクリと唾を飲む。2級術師になったばかりの私が適う相手ではないことは分かりきっている。1級術師である七海さんですら、倒せなかった相手だ。相手に触れるだけで魂に干渉でき、沢山の改造人間を造っていたのもこの呪霊だ。しかもどれだけ肉体を破壊されようと、呪力があれば、魂に直接干渉されない限り即座に再生できる事実上の不死身だという。
「その服呪術高専の制服だ。もしかして虎杖悠仁って知ってる?」
「……、」
「あれ、もしかしてお話嫌いなタイプ?勿体無いなーもっと人生は楽しまなきゃ。だって、いつ最期になるか分からないから、」
「……」
「さ!」
言い終わるよりも早く、呪霊の身体が変化する。腕が大きく長くなり、丸太のように太くなった。それを軽々と振り回す真人。後方へ飛びギリギリでそれを避ける。しかし次々と繰り出される攻撃。距離を取ろうにも避けるだけで精一杯で、次の手を考える余裕がない。少しでも動くのをやめれば待っているのは死だ。焦るばかりで、動きが鈍る。
触られれば攻撃を受けてしまう。距離を取ろうとしていることを見通してかのように丸太のような手が突如鋭いアイスピック状のものへと変わった。長さも倍になり、勢いよく突き出される。気づいた時には既に回避するだけの時間がなかった。
「っ止まれ=v
「あはは、何これ動かない」
「……っ、」
痛む喉で声を上げる。咄嗟の判断だったが、一秒遅く、肩へ突き刺さって止まる。鋭い痛みで一瞬目の前がチカチカと点滅する。楽しそうに笑う真人。冷汗が背中を伝って落ちた。もう片方の手で思いっきり肩を押して、それを外すと素早く距離を取った。
ポタリ、
ポタリと肩から血が伝って落ちる。続いて口角からも鮮血が流れる。強引に拭うと、口の中に溜まっている血を吐き出した。幸い、肩の傷は浅く神経までは傷ついていない。のど薬もまだある。
しかし、実力差があり過ぎる。呪言の効きも悪く、反動も大きい。
(……っ、こわい)
この先の展開が悪い方ばかり浮かんでしまう。恐怖で身体が動かない。ここには誰もいない。強い先生も、助けてくれる仲間も、大好きな兄もいない。こんな弱虫な私1人でどうやって……っこれ以上どう頑張れと言うのか。
逃げたい、
逃げ出したいという思いが膨れ上がる。
「……、」
(……だれか…………っ)
「……葵希……ちゃん……?」
「!」
「あ、起きた?やっほー家入海月」
微かな声に後ろを振り返れば、意識が戻ったのか海月さんが驚いたような表情でこちらを見ていた。茶色い瞳と視線が合い、胸がぎゅっと苦しくなって泣きそうになる。
(ああ……そうだった……)
「な、にして…………」
「何って見れば分かるでしょ?殺し合いだよ。ああ、安心して君は殺さないから。そんなことしたら俺が夏油に殺されちゃうからね」
「なっ……」
「……、」
アハハと笑いながら話す真人。
葵希は未だ出血の止まらない肩から手を離し、おもむろにポーチからノドナオールを一瓶取り出して一気に飲む。スッと喉の奥へ液体が通る。すでに焼け石に水だが、何もしないよりはマシなはずだ。
「んー、そうだな……。だんまりなお人形ちゃんにも飽きたし、そろそろ終わらせようか」
「……、」
手をポンと叩き、名案だと言わんばかりに頷く真人。左右色の違うオッドアイがこちらを見た。
ふぅと息を深く吸い込み、そして長く吐く。口腔内に残った血の臭いと鉄臭さを感じて眉を潜めた。こんな時だがうがいをしたいと呑気に思う。
(………大丈夫)
殺されそうなのに、緊張が解れたなんて可笑しいだろうか。けれど、先程まで感じていた恐怖が今はまるでなく、心は凪いだ海のように穏やかだ。
私は今1人じゃない。
そして、私が最優先でしなくちゃいけないことが分かった。
「……だめ、だ」
海月に背を向け真人と向き合う葵希。後ろから、焦ったような声が響く。
「っ葵希ちゃん、今すぐここから退避するんだ!真人は君が敵うような相手じゃない!俺のことは放っといて、早く……っ!」
「じゃあ行くよ」
「……、」
「やめろッ!」
海月さんの叫び声が再開のゴングだった。
葵希は思いっきり息を吸って呪いを口にする。
「ぶっ飛べッ!=v
「はい、おしまい」
「……っ……ぁ」
何分も続いた戦闘。
決着がついたのは、一瞬だった。
自身の腹部に深々と突き刺された太いパイプのようなもの。頭がそれを理解する前に激痛が襲う。声も出ないような痛みにか細い悲鳴を上げる。そんな葵希の様子をあざ笑うかのようにグリグリと抜き差しして動かした後、思いっきり引き抜いた。
「かは……ッ」
刺された腹部に当てた手は真っ赤に染まり、指の隙間からはドクドクと鮮血が流れ出す。その場に立つことすら出来ず、崩れるように膝を付く。
(…………どうみゃく、切れた)
勢いの止まらない血は、すぐに大きな血溜まりを作りだした。あ、これはもう駄目だと誰に言われるでもなく悟る。どんなに気持ちを強く持とうが実力差は大きく、私はこの呪霊に勝てない。分かってた。それでも、戦わなきゃいけなかった。確かめたいことがあったから。
(……さっきの戦闘で……確証は得た…………)
「さーて、無駄に時間くっちゃったな。獄門疆の持ち運びは可能になった頃だし……夏油に怒られる前に帰ろっと!」
「葵希ちゃんッ!」
海月さんの叫び声が遠くに聞こえる。
結局……海月さんは海人先輩≠セったのかは分からず仕舞いだ。でも、それでも良かったのかもしれない。海人先輩でも、そうじゃなくても……海月さんと一緒に過ごした時間はとても心地よかったから。答えがどうであれ、家入海月さんは、わたし≠ノとって大切な人に変わりない。だから、
「痛く、ない=v
「苦しくない=v
「怖くない=v
「うごけ…ッ…………最期まで!!=v
呪言の対象を自分へ変えると、大きく叫んだ。身体に力が入る。まだ立ち上がれる。このまま終われない。時間が経てば待っているのは失血死だ。体格に恵まれないこの身体では残された時間は少ない。どのみち終わってしまうなら、せめて意味のある使い方をしなくては。
「止まれっ=v
瀕死の人間が動き、驚く真人。こちらから呪言を放つ。動きを止められるのは2秒。その間に距離を詰める。切れると再び同様に動きを止める。何度も吐血と呪言を繰り返した。喉が潰れても可笑しくないくらいの負荷。腹部の傷口からは血が溢れて動くたびにその量を増やす。
真人までの真っ赤な道が出来た。
「…………っ、」
そして、右手が真人に届いた。
きっと上手くいく。
「…………もどれ=v
真人が、音もなくその場から消えた。
それと同時に、その場に倒れる葵希。ぴくりとも、動かない。
(……どうか、)
どうか、海月さんが無事に皆の下へ帰れますように。
「――――」
最期の呼吸が、口から出てそっと消えた。
***
次でラストの予定です。
戦闘シーンはやはり難しい……。もし夏希ちゃんに戦う能力があったりしたら、きっと守らなきゃいけないときは無茶しそうだな、と思いました。
駄文失礼しました。