AD.20XX年…

普段と変わらぬ朝が始まる…。
ここは、ネオトーキョー、カスミガセキ、警視庁のビルの端っこに小さく佇むビル、何でも屋Sencoの事務所だ。

ユウキは、いつものようにテレビを見ながら歯を磨き、真ん中の事務所のドア前にあるひときわ大きな机では日本軍旧特務部隊、女神隊の隊長の榊原巴が普段と変わらず、書類に目を通しいつものようにTom'sのサインを書いていく…。

二人の間に無言の間と、ペンを走らせる音が開店前の店内に沈黙を作る…。
二人にとってのこの沈黙は心地よい物だった…。

ふと、テレビでは番組が変わりニュースを伝える…内容は不穏な内容に変わるとペンを止め彼女は、ボソッと口を開いた。

巴『ヤクザの抗争に入り込んで二つ共、壊滅させるのもいいか…。』

巴のその言葉にユウキは驚愕し足先からまとわりつくような凍りついた空気が一気に体を包んで行きゆっくりと目を合わせないように巴の顔を伺うと不気味な笑みを浮かべていた…。

ふとした瞬間…ユウキと巴は目が合い、ユウキの心拍数は一気に跳ね上がり激しくビートを奏でる音が耳でもよく聞こえる…。
ユウキ(ヤバい、ヤバいッ!巴は、本気だ…ッ!)

ユウキは、平静を保ちつついつもの流し台に口をゆすぎに歩く…。
巴『あぁ…ユウキ…口を濯いだら…手を貸してほー−−。』

『わりぃ!巴ッ!ガルヴァの艤装作業(船の武装作業)で手が欲しいからユウキを借りっぞ!』

巴の言葉を途中から割って入った語調の様子から察すると烈月のようだ…ユウキは流し台で口をゆすぎながら上がった心拍数が落ち着いて行くのがわかる、ひとまずは巴から放たれる何かとても危険な状況から脱したようで安堵した…。

流し台のコップ置きに歯ブラシと共にコップを置くと、エントランスに出ると大柄な烈月が地下ドック入り口前でおっかかってる姿があった。

烈月『ユウキ…手を貸せ!艤装が終わらねー!』

烈月が深刻な面持ちでユウキを呼ぶとユウキは巴にすれ違い様に謝罪をすると烈月の背中をおっていった。

事務所にかくされた地下ドックへ向かうと新造されたばかりの全長300メートルの大型戦艦ガルヴァが横たわっておりユウキは案内されるままにブリッジに入ると烈月は、まだ完成されてない新型操艦装置に腰を掛けて深いため息をついた…。

烈月『テメェは…まだまとも何だろ?』

その言葉に引っかかりを覚えていたところに烈月は再び深いため息をついて口をゆっくりと開いた。烈月『あいつが、おかしくなり始めたのはここ2ヶ月前くらいからでよ…。』

ユウキ『そうなのか…。』

烈月『見ただろ…あのイかれきった顔は…。』

烈月は、巴の表情がイかれてるとしめす…最もわかりやすい例をあげるとユウキはすぐに察する。
何十年と付き合って来て始め見せた体の芯から冷え切るような冷たい眼差しに何かに飢えるような狂気じみた顔…凜として壊さない表情とは全く違う顔…どことなく近いのは流奈の戦闘モードのような表情…量産型の巴二式が見せるような表情…ユウキはすぐにわかった…。

何かが綻びを見せていること…。

ユウキ『り…量産型のような狂気じみた顔…普段…しないな…。』

烈月『だろ…そして、あの言動だ…。』

烈月の言葉にユウキは、思い当たる節が確かにあった、RAは日本国民を守る要でありヤクザと言えど国民である…それを攻撃しようなどと語る考えは、RAとしては有り得ない言動だ、むしろ守るべきところなはずなのに…そう考えていくと巴は、壊れ始めて、いや壊れてしまったのだと考えが至った。

ユウキ『確かに…イかれているようだ…流奈姉のように…。』うっかり失言を混じって口から言葉が出るとそれを聞いていたのか操艦装置の段差の下から流奈が現れると頬を膨らませていた。

流奈『失礼ですわね…私のこれはプログラムであって敵を破壊するための狂気ですわ…巴さんの狂気とは質が違いますわ…!』

プンスカと怒る流奈は、少しふてくされるとユウキはすぐさま謝罪を口にすると烈月が二人を諭し後ろ頭をバリバリ掻いてからため息をついてからおもむろに口を開いた…。

烈月『まあ、昔のオレも、流奈姉ぇとおんなじように敵を破壊する…いや…違げぇな…動くものをぶっ壊すようなプログラムの狂気だ…近いが違げぇ…狂気だな…。』

ユウキ『じゃあ…巴のは?』

流奈『私やハジメちゃん(烈月)とは違う狂気…敵を探して殺すような狂気…そんなところでしょうね。』

烈月『あぁ、つまりはだ…戦いと血に飢えたバーサーカー…戦闘狂に成り下がったっつう…質の狂気だな…。』

自分達とは、違う性質の狂気…あえて言えば最初から与えられたハンデとは違う後天的な性質の狂気だとしばらく前から流奈と烈月は分析していた様でサクサクとすんなりユウキの頭に入ってくる…ましてや狂気を持つ流奈と狂気を持っていた烈月の二人が語るのだからなおさら説得力もあり合点がつく…。

だがユウキは、違う疑問が浮かんできた…それは、治せるものなのか否か…二人に訪ねると沈痛な面持ちで二人は口をつぐんだことにユウキは直ぐに察しがついた…。

ユウキ『答えは…【分からない】と言うことだな…どうすりゃいいかもそうだし…。』

烈月『すまねぇ…』

流奈『ごめんなさい…』
二人が同時に、謝罪の言葉を口にするとユウキは、ため息をついて床にドカッと座り込む…。
ユウキ『打つ手は…無いのか…どうすれば…。』

途方にくれようとしていた時だった…。
奥でカチャカチャと音がしており…何かとユウキが覗き込むと蘭がせっせと電源ケーブルや訳の分からないケーブル、通気パイプをいじっている姿が目についたところで蘭がユウキ達の言葉を聞いていたのか…手作業をしながら口を開く。

蘭『それってさユウキ達が途方に暮れてても、自然と時間が経てば治るんじゃない?』

烈月『おいおい…蘭公、時間が経てばってよ…経つ毎に悪化してっから…悩んでんだろうが…お気楽っつう良い感じの状況でもねぇんだよ。』

ユウキ『確かに…今にも外に出て民間人を殺戮しに行きそうな勢いなんだ…。』

そうユウキが口にすると蘭は、ユウキの予想をはるか斜め上を行く素晴らしい位の変な顔を見せる…。

咳払いを一つして笑いをこらええた後、ユウキは改めて情報を頭で整理をする…。

ガルヴァ級の中にはまだまともなヤツが烈月、流奈、蘭…外には如月がいる…おそらくだが、この艦内にはその相棒、那月がいる…結果としては流奈姉がまともだったところに救いがある…そうとしたら、この状況で狂い始めているのは、巴がそうだが奈都に至っては姿が見えないのでもっと怖い状況だ…。

状況は複雑なようでシンプルなのかもしれないが…事態は悪い…解消までは時間が必要かもしれないとまで考えていた。

『艦長、奈都が来ました…。』

如月の無線連絡が無線機を通してざらざらと響くと艦橋に居た全員がピンと空気を張り詰めて眼差しが変わり、作業をしているように取り繕った…。

烈月『ユウキ…この配線とパイプを如月のところに持って行け…。』

ユウキ『了解した…持ってく。』

ユウキは、用意された段ボールを持ち上げて歩き出す…。

『奈都が近づいてくる…。』

如月の無線が再び入るとそれを聞いたユウキは、早歩きで艦橋を降りて甲板に向かう…。

しばらくして甲板に出ると如月と奈都が大きな声で話してるのが聞こえてくるので、ここは平静を取り繕いながら如月に向かって歩いて行った。

ユウキ『如月、例の配線とパイプを持ってきたぞ〜。』

如月の近くで段ボールを置くと軽く如月は、礼をしてその中身を奈都に見えないようにゴソゴソと取り出して行く…。
黒い配線…鈍色の太いパイプや細い青色のパイプを取り出して行くと段ボールの底に、撃鉄が上がったままで安全装置がかかり、それを外せばいつでも撃てる状態の45口径の半自動拳銃が姿を現すと如月は何も言わずに腹のズボンに銃身を突っ込んで作業に戻る…。
そんな事に気が付かないようで奈都が大きな声を出す。

奈都『私に、何か手伝える事、有る?』

いつもとは違う雰囲気を出す奈都にユウキは違和感を覚えると背筋の毛が逆立つ…。
間違いなく、奈都も狂っている様な雰囲気だ…遠見だが…普段のやる気の無いような無気力のような眼差しでは無いし口数が多いようにも見えたのでユウキは、やんわり断ろうとした。

如月『奈都さん、お気持ちは感謝します、でも今は蘭さんも居てソフトウェア関連も調整してますから大丈夫ですし…お手伝いはしなくて結構ですよ!』

ユウキより先に断りの言葉が如月の口からでる…堅物な性格のが良く分かる回答により奈都を納得させ、その奈都は、少し残念そうに踵を返してドックを後にする。

姿が見えなくなったのを如月は見るとため息をついて手を止めた。

如月『奈都さんも、そのようですね…。』

ユウキ『やっぱりか…。』

ユウキが感じていた違和感は、奈都と短い付き合いをしていた如月もすぐにわかったようでとっさの言葉だった…。
間違いなく、あのまま奈都をガルヴァの艦内に入れていたらと考えると身の毛もよだつ事が起こり得たのはすぐに察しがついた、艦内にいる全員が狂い始めると言う奇怪にみまわれるだろうと…。

それからは、まともな精神をまだ持った人間は寝食がガルヴァの中に限定されてくる…朝、起きて作業、昼飯を口に軽く流し込んでから作業、そして作業作業作業、本来、軍艦の艤装作業やソフトウェアの調整作業は、軍港内で行われるのだが、烈月は自分の癖を見知らなぬ人間にいじられるのを嫌って80%、完成をしたこのデカブツをここまで乗って帰って来て艤装作業やソフトウェアの調整作業を全て手作業でやってきた…。もちろんガルヴァ級専用の砲塔やそれに準ずる部品は全てトーキョー湾の軍港設備からの輸送で賄っても全て自分で組み立ててすぐに自分の使い勝手が言いように調整をした…。
数ヶ月前から行っていて、ちょこちょこと主砲などを組み立てて居た…。
そんな半ばで巴の異変に気が付き機転を利かせてガルヴァ級戦艦の手伝いをしてもらう変わりにセーフハウスとして提供していた…。
ある日、烈月が流奈と話してるところに艦橋でユウキは出くわすとそろりと艦橋に入り近くの席に着いて話しに聞き入った
烈月『とにかくやべー状況なのは変わりねぇ…。』

流奈『確かに巴さんと奈都の状態は悪化の一途をたどってますわね…。』

やはり話しの内容は、奈都と巴の状態の事で何か対策をこうじようとしている合間に烈月が大きな斬馬刀をショリショリと研いでる音がする。

烈月『こいつを仲間の血で濡らすのは、マジで気が引くんだかな…。』

流奈『なら…この事態を誰かに伝えて見てはいかがかしら?』

流奈のこの一言で、烈月は一瞬沈黙すると斬馬刀を置き手を叩くとなるほどと一言つぶやき、ポケットをまさぐった。

烈月『おい、ユウキ、てめぇに使いを頼む!』

どうやら烈月は、そろりと入って来たユウキに気が付いて居たようで振り向きもせずにユウキの方向に手を伸ばす…。

ユウキ『あぁ?お使いかよ…。』
ぶつくさ言いながらユウキは、烈月の手の下に受け手を作ると…烈月は手を広げその中からチャリチャリと何の変哲もない銅貨を10枚ばかり…良く見るとただの10円玉である…。

ユウキ『烈月、こんなに10円が有ったってこのご時世、コーヒーも飲めないんだが…。』

烈月『ちげーよ…電話だ、電話!八菱重工に…。』

烈月が10円を渡した理由がなんとなくわかってきた…。
事務所の中からでは奈都に傍受されるし…なおかつ、軍支給の特別製OU社の軍用携帯電話さえ回線が奈都の手中にある可能性を考えると答えがなんとなくわかってくる…。
アナログなやり方だが…なおかつ外へ出られる。
ユウキは、一言わかったと言うと烈月からもらった10円玉をズボンのポケットにしまい込むと烈月が言葉を付け加える。

烈月『今は居るかどうだか…八菱重工第三開発部の【吉野律子】にとりつなげよ…あんたの娘がぅんヶ月前にグレて暴動を起こしそうだってよ…。』

そういうと、烈月は笑って手を振った…。

ユウキは、軽く答えてドックをあとにする…。
地上に上がると、巴の姿は無く今の内にとそそくさと事務所を出て一度、上を見上げると桜田門の有名なビル、警視庁の姿が雄々しい姿をさらした…。

しばらく見ていたが、ため息を付き、霞ヶ関駅を目指す…。
何のこともない距離…ぶらぶらと歩いて行く…。
駅に着くと、すぐさま公衆電話を探す…がしかし、携帯電話が普及したこのご時世に駅には公衆電話が極端に少なく探すのに一苦労する…。
ようやく緑色の箱が見えユウキはスタスタと近づいて…その箱の天板に10円玉を積み上げると受話器を手に取り上げ、硬貨を一枚投入口に滑らせると自分の手帳を開き、八菱重工の電話番号をポチリポチリと押していく…。
今のご時世に、プラスチックのボタンでは無く銀色の金属製のボタンであるこの公衆電話は、長年の長で駅を見てきた猛者であるのを外装が物語っていた。
その受話器がコール音を発てるとユウキは、電話を背に周りを見渡せるように警戒を始めるた…。

ぷつりと電話を上げる音と共に受付嬢の声が聞こえるとユウキは営業マンのような言葉がポロポロとでる…。

ユウキ『いつも、お世話になっております…何でも屋Sencoの神谷ユウキと申しますぅ〜。』
受付嬢が似たような挨拶を返し終えたところですかさず本題を切り出した。

ユウキ『あの〜第三開発部の吉野律子開発主任に大至急、取り次ぎをお願いしたいのですが…。』

受付嬢は、少し声色を低くすると保留にする…ユウキはこの時間が長く感じられた…時間が無いので、硬貨をもう一枚滑らせ残り時間を増やすも、嫌に心拍数が上がる…見られている様な気配だ…。

ようやく、保留が終わった瞬間にかん高い声がユウキの耳をつんざく…!

『いやいやいやいや!ユ〜キ君!お久しぶり!娘がいつもお世話になってるねぇ〜、んで、いきなりどうしたのさ!』

電話口の相手は、吉野律子主任だ…。
彼女の勢いに圧倒されそうになったユウキは、一度咳払いをして冷静になり本題を切り出した…。

ユウキ『律子主任…あんたの娘がぅんヶ月前からグレて暴動を起こしそうなわけで…』

律子『グレた?どういう事?』

ユウキ『あ〜かいつまんで話す、時間が無い…。』

一旦、言葉を切ると三度、硬貨を投入口に滑らせてからユウキは改めて口を開き…今の巴の状態や事の危険性をかいつまんで話しをする律子『な・る・ほ・ど〜うちの巴が…ねぇ…わかった…そっちに行ってバックアップデータで強制修復をするわ…。』

律子は驚くほどに軽い感じで話しをするがユウキは一度面識があり今の彼女の表情がなんとなく想像がついた。
巴に関しては、無理やりな形でプログラムをバックアップしたデータで改ざんして、元の巴に戻すらしい、記憶も最後にバックアップをしたのは4ヶ月前らしいから今の記憶は、夢オチで話しをつけ万事解決となる寸法だ…。

ユウキは、少し胸をなで下ろしゆっくり事務所に帰る…。
事務所のドアを、開け入ると…それはそこに鎮座していた…。
異様な空気が取り巻いておりユウキは、一気に背筋が凍りついた…。

巴『ユウキ…お帰りなさい…どこに行っていたのかしら…。』

ユウキ『あ…あ〜いやあ…レイジのラーメンが食いたくてな…。』

その場しのぎの言葉で取り繕う…巴は、不気味な笑みを浮かべユウキをジッと伺う…ユウキも、この嘘がバレないようにジッと見返すと…巴が口を開いた…。

巴『ユウキ、食後の運動をしましょうか…。』

明らかに危険な空気が張り詰めておりユウキは逃げたくて仕方なかったが数日前に巴の何かを断ったためにそれが断りきれなかった…。

ユウキは、巴に連れられて道場に入るとすぐさまだった…巴の様子を伺った瞬間、振り向きざまに槍の一突きが急所をめがけて鋭く突き出されユウキは、ギリギリ間一髪のところで身をかがませて逃れてからすぐさまに刀を抜刀し距離を取ると臨戦態勢をとる…。

二人の間に殺気が渦巻く…。
本来の、組み手や、訓練とは違い木刀や、訓練用の槍ではなく真剣での殺し合いの体をなして居た…。

巴の顔をみるが目の奥はどす黒い何かをまとい、いつもは真剣な表情をする彼女だが…それも崩れ、不気味な笑みを浮かべる…。

ユウキ『やべぇ…。』

ユウキはぼそっとつぶやくのもお構いなしに、巴は襲いかかってくる…。
長年、付き合って来た仲なので初手が槍を支柱にして蹴り込んでくる一撃目なのも理解している…。
巴は、ユウキとの間合いを詰めていきなり、槍を袈裟に切り上げるとユウキは初手の思惑がはずれ、一瞬、出遅れつつも後ろに飛び退いたが、着地をした途端、バランスを崩して盛大にすっころび天井を見て一瞬の出来事をまとめ首を起こして周りを見たところ、巴が振りかぶって一気に槍を振り下ろす…。
確実に体の芯を捉えそのまま、振り下ろされた槍の十字刃が深々と心の臓に突き刺され人生は終了…真っ暗闇…百数年生きた永くて短い25歳だったと振り返るとユウキはこれまでの思い出が頭をよぎった…。

走馬灯のように17歳からの出来事が巡る…ランに拾われ、流奈に戦いの恐怖を教えられ、奈都に電子戦のいろはを教えられ、巴に戦場での生き方を鍛え上げられて…烈月と出会い烈月の優しさに触れ…そして、師として愛した巴に今、自分の人生を理不尽に終わらされる事…ユウキはそれらが頭をよぎり涙ぐんで目頭が熱くなる…。

ジッと見る巴の槍が次第に自分に迫って来るとそれがゆっくりに見え…目と鼻の先に切っ先がかすめた瞬間だった…!

『ドッカーンッ!』

効果音を自分の口で表現をして…黒い影が割り込んで入り巴の振り下ろした槍を蹴り飛ばした…。

『ふい〜…間一髪ッ!』
影は、戦闘態勢を取りユウキの前に立つと右手に持った獲物をくるりと回し電流の音がほとばしる…助けに入ったその姿はランだった。

ラン『ユウキがあまりにも遅かったからもしかしてって思ってきたら案の定だったよ…。』ユウキ『すまないラン!助かった、恩に着る…。』

ランは軽く返事を返すと巴に向かって一気に踏み込み鋭い左のアッパーカットが空を切り、かわすためにのけぞった巴を逃がすまいと見逃さず右の回し蹴りをわき腹に浴びせるが、すんでのところで防がれてそのまま、ランは足を掴まれ投げ飛ばされ壁に叩きつけられ無気力なようにダラリと腕を下げ首を落としていた…。

ランの懸命なその時間稼ぎに答えるかのようにユウキは立ち上がり袈裟に振り下ろす、刀が異音を発てて空を切る…。
もちろん、それを見逃す巴ではない、半身で斬撃をかわして槍の柄でユウキの顔を横に殴りつけ後ろへ少し飛び退くと態勢を立て直す…。

ユウキ『埒があかねぇ…!』

戦闘能力は機械対元人間で歴然としている…加えて…戦闘経験の場数が全然違う…それでもユウキは、あきらめなかった…。

ユウキは、自分の刀を見て…取り付けられた引き金を引く…。
【カキンッ!】

かん高い割れたような音が放たれると刀身は瞬く間に焔を纏いユウキは、その状態で烈月から教えられた神武刃流の剣技を用いて一気に袈裟から切り上げるように振り抜いた、その剣圧が火の道を作りだし巴に襲いかかる…加えて逆袈裟から切り上げ、もう一重、火の道を作り出しそれが巴に切りかかる…。

神武刃流、基の形、篝火二重である…本来は、振り抜いた衝撃と剣圧で相手を斬撃するSFチックな技だが烈月より以前に生み出された熟練の剣技を二振りお見舞いしてやるが巴は、それに動じず槍を左右に薙ぎり一気に詰め寄り横一線に薙り、ユウキの胴体を刃が捉え今度こそ半身が上下で分断される…。
もはや二度目の救いは、無いと観念し南無三とぼそっとユウキが念仏を唱える瞬間だったが巴の後ろから飛びかかってきた小さな影があった。

『ドーンッ!』

壁に打ちつけたようで頭から血を流したランが、スタントンファーで打撃と共に、強烈な電流を巴に浴びせ、雷が落ちたようなけたたましい音が訓練場に響き横にはね飛ばされた巴は、右肩がダラリとし…腕が電流の影響で激しく震え痙攣を起こしていた…。
ラン『ギリ…ギリ…間に、合った!』
ランは、意識を取り戻して巴の背後から飛びかかって強烈な一撃をお見舞いしたのだ…痙攣を起こして震えた足で立ち上がり走り寄っていた、ボロボロな状態でもまだ走れるようだ…。
ユウキ『また、助かった、ラン!』

ユウキは、少し安堵したが、自分の背後に不穏な気配を感じる…今まで居なかったのかあるいはきがつかなったのか…

ゆっくりとその背後に目を向ける…おもむろにこちらに歩いてくる奈都がいた…。
奈都『対象…攻撃…開始…。』

明らかな敵意がユウキに向けられておりそれは真っ直ぐユウキに迫ってくる…。

奈都は、狼のように的を絞られないようなジグザグした動きでユウキに詰め寄ると体を二転三転し、異色な得物で切り込む。
回転からの遠心力を応用した切りかかり方は、奈都の鋭いガンブレードの切れ味を一層高める…。
ユウキ(受け太刀をしたらッ…マズい!)

奈都のガンブレードの切れ味を良く知っている…回転からの斬撃は、太い鉄骨すら寸断するほどだ…細身の刀で防御をしたところでケーキを切るように造作もなく断ち切られそのまま自分の体もパンのように切り落とされるのが目に見えてわかっているのでユウキは、慎重に、タイミングを合わせて後ろへ飛び退くと丁度、退いた瞬間に、奈都は、得物を発破させ刀身に強烈な振動と衝撃波を生み出していた…
間違いなく、今の太刀筋を防ごうとすれば…首か胴体を落とされていた…。
恐怖感を煽られる奈都の一撃は全てが死につながる、回避、回避と距離を離すがユウキが途端に背負った柔らかくごわついた衣服に気が付くとすぐさま振り向く…。
巴がそこに立っていた…表現はいかれきっているために不気味な笑みが口からこぼれる…ユウキはそれでも物怖じせずに問いただす…。

ユウキ『なぜ国を、国民を守る者が、自らの国民を傷つけるッ!』

巴『国民を守る?国を守る?それはプログラムであってあたしの意思じゃない…守ったところで見返りの無い奴らを殺してどうなる?見返りの無い国を守ったところでどうなる?』

ユウキ『大切な人を殺してでもか…?』

巴『大切なものでも壊すのよ…見返りもないこのくだらない、腐った国ごと、ね。』

完全にイかれている巴に改心する余地はなかった…今まで救ってきた人を抹殺する気だ…ユウキはため息を付くとすぐさまだった…。

銃声が三発、いや四発も放たれて体にどしっと衝撃が走り一気に体が重たくなり視界が宙を舞い天井だらけになる…。
腕が上がらない…呼吸がしにくい…視界がモノクロになる…鼓動が大きくなる…次第に暗くなる…。
ランの声が遠のく…。

間違いない…巴が腰に収めた古臭い骨董品のドイツ製拳銃で発砲したのが良くわかった…そのことを理解した瞬間にユウキはぷつりと意識が切れた…。
その瞬間を目の当たりにした奈都が豹変し…雄叫びを上げ巴に攻撃しだす…。

奈都『ともえぇぇっ!同じ様な考えだと思っていたのにっ!貴様ぁあっ!』

どうやら考え方が同じ…あるいは近い考え方だったようだが奈都はユウキを撃った巴の行動を目の当たりにし巴は、自分とは異質な考え方だったと気が付きもとの奈都に戻る…。
ユウキを重体に追いやった巴に憎悪が吹き出した…。

先ほどまでの冷静な奈都ではないようでかなり変則的な動きを見せ巴に走り寄ると急ブレーキを足にかけ、惰性で前進しガンブレードを切り上げ様に引き金を引き発破、爆振を起こし、けたたましい爆発音が響き渡るが巴も得物の槍を爆振させ勢いを相殺させる無論、発破させる炸薬の弾数では巴のガンズスピアー6発に対して奈都が25発と多いが的確な巴の体さばきによりそれらが無駄弾と化す…。

撃ちきったガンブレードは、スライドが後退したまま止まって、排夾口がぽっかりと開いた状態になり、それを奈都は、チラッと見た際に隙が生まれたのか、狂気と化した巴が一瞬の内に間合いを詰め袈裟に振り下ろされた槍を奈都は、鼻先ギリギリで切っ先を後ろに飛び退いてかわし、短くガンブレードを横に薙るとその動きにつられて銃器の底部から、自重で弾倉が勢い良く、間を詰め寄る巴の顔面にめがけて一直線に飛び出るが彼女は、全く動じずにすんでのところで首を傾げて飛んでくる弾倉をたやすく避けるまでは、奈都の想定通りだったようで手早く新しい弾倉をガンブレードにセットするも巴の詰め寄るスピードが早くタイミングを計りかねてズレたため、仕方なく引き金を引かずに爆振も無い状態で巴の右横から体をひねり、回転をかけて巴の体を寸断…とはいかず、すかさず反応した巴は槍の柄で受け止めていた…。

巴『奈都ぅ…こんなものなの?ぬるいわねぇ…。』

奈都『そう?あなただって大概そう、今のを受け止めたのだから…私が引き金を引いていたらあなたをちゃんと斬り殺していた…。』

奈都は鍔迫り合いの中で巴の言葉に煽られるがそれよりも前の出来事…巴がユウキを撃った事に憤っている彼女は、すでにその言葉さえも頭には入って来なかった…

一方、二人が鍔迫り合いで押しあっている姿を見てボロボロのランは、ユウキの傷口を止血のため抑えながら二人の闘いの行く末を見守るしかできなかった…。


狂気の戦姫1
END
狂気の戦姫2へ続く…