話題:歴史
大東亜戦争に詳しい人ならば誰の事かはすぐに分かったでしょう。
山下奉文。
3万5千の兵力で8万の英軍を撃破!難攻不落の要塞、「東洋のジブラルタル」と言われたシンガポールを70日で陥落させました。
その後は満州方面で戦い、フィリピンの防衛戦では総指揮官に就きます。陥落後は山岳地帯でゲリラ戦を展開。
終戦後に投降しました。そこで裁判とは呼べない軍事裁判で死刑判決が出ます。
遺書には一言の自己弁護もありませんでした。その最後はこう結ばれています。
「これが皆さんの子供を奪った私の最後の言葉であります。」
ただひたすらに日本の未来を考えた遺書でした。
我々現代人はこの思いに応える事が出来ているのだろうか?
久しぶりのコメントありがとうございます。
たられば、大いに結構な発想だと思います。事実を知ればその先の展開を色々と考えてみたくなるのは道理でしょう。
今年は竜が読売の貯金箱にされています。(泣)極論ですが、読売戦全勝なら最下位でもいいです。
通勤時はWikipediaをよく見ています。
命乞いなどをせず、新日本の建設を祈って逝ったのだろう。と。
彼も歴史の被害者ですね。
ドイツが独ソ戦に踏み切らず、ソ連を含めた四国同盟が成立していたらどうなっていたか?
とよく思います。
まあ、思想が全く逆なんで西欧を負かせてもその後に対峙したでしょうがね。
あ、歴史にたらればはご法度ですね。
無論、野球にも。。。
お忙しい中コメントを頂きありがとうございます。
ジャンゴさんは大東亜戦争に関して、私よりかなり詳しいようですので、色々勉強させてもらってます。
同感ですね。
最後は戦犯として裁かれてしまいましたが、誇るべき軍人だと思います。
アニメンタリー「決断」でも、山下将軍のお話がありました☆
非常に多くの教訓を、後世に残された方だと思います(u_u)o〃
何時もコメントありがとうございます。&返しが遅くなり申し訳ありません。
こちらこそ読んで頂きありがとうございます。
戦わなくて済むのなら基本的に平穏無事に過ごしたいはずなんです。ただ、それを時代が許してはくれなかったりします。その視点を忘れて平和だけ叫んでも、まったく意味がありません。
時に個人の信条に反してでも、未来の為に戦った当時の日本軍人。その事実が少しでも多く人に伝わることを願っています。
何時もコメントありがとうございます。&返しが遅くなり申し訳ありません。
少しでもお役にたてたのなら嬉しいです。
この時代の軍人に関してはジャンゴさんも相当詳しいので、コメントをしてくれると、一つの記事に幅が出てくるので助かりますよ。
暇な時に読んで貰えれば幸いです。
ひっけらーさんのこの記事を拝見してから、遺書の全文を読みたくなり、調べて読ませていただきました。
始まりから終わりまで、いかにこの方が日本国民を我が子のように思い、父性愛溢れる暖かい思いで日本の未来を考えていた方であったかという事が、ひしひしと伝わって参りました。
そして、人知れず抱えていたであろう葛藤も、あったのだろうな…と想像します。
その思いが、
「新日本建設には、私達のような過去の遺物に過ぎない職業軍人或は阿諛追随せる無節操なる政治家、侵略戦争に合理的基礎を与えんとした御用学者等を断じて参加させてはなりません。」
から始まり、
「これが皆さんの子供を奪った私の最後の言葉であります。」
であったのだろうと…。
4つの要素を一文一文読み進めながら、今日ここに私達が明日を信じて居られることの感謝の気持ちが、涙と共に溢れてきました。
そしてまた改めて、個人の思想を犠牲にしても守らなきゃならないものがある。
戦わなきゃならない時があるという事を意識しました。
こうして自分の思想と向き合う機会をお与えくださり、ひっけらーさんにはとても感謝しております(*μ.μ):*゚
ありがとうございます。
ひっけらーさん(^-^)
おはよう
コメント読んで勉強になりました
ありがとう
何時もコメントありがとうございます。
226事件絡みで睨まれたりしたのは気の毒てすよね。
知ってる歴史知識はどんどん書いて下さい。私も勉強になりますからね。
戦中は英雄視されて当然の結果を残しています。
処刑される寸前まで誇りを失わず、日本の行く末を考える武人でしたね。
イギリス軍を敗退させた時に、机を叩き「yesかnoか?」と、降伏を迫ったと言う逸話が有名です。
戦時中に生きた方なら割りと有名人らしいですね。
ただ、226事件に絡んだ為に東絛からは嫌われていた悲劇の将軍でした。
水野晴郎の「シベリア超特急」の山下将軍って、この方がモデルですよね?(笑)
なんか知識ひけらかしただけのコメントになっちゃいました。すいません(汗)