話題:今日見た夢




知らない人の人生を眺めていた。

所謂、神の視点というやつだ。
彼が私の存在を知る事はないし、私も彼に干渉する事は無かった。しようにも出来なかった。
ただ隣に立ち、或いはその頭上から彼の生き様を観察するだけ。

それだけだ。



彼は家を持たず定職にも就いていない、俗に云うホームレスだった。
彼の持ち物はボロボロの小さな鞄に入ったガラクタと、鮮やかな青いドレスを纏ったフランス人形のみ。
それらを抱え、人形に話し掛けながらズルズルと歩いている姿は端から見れば異常者そのものだったが、それ以外の立ち振舞いは至って普通であった。
とはいえ、事情を知らない常人からしてみれば、薄気味悪い存在である事に代わりはないが。


彼は安住の地を求め、町という町を転々としていた。
だが、その薄気味悪い容貌の為か、或いは何かしらの理由で迫害されているらしく、どうにか定住しようとしても町の住人に追い返され、項垂れてその地を後にするのを繰り返し続けた。

その日暮らしが精一杯。
時には眠る場所を探し、不法侵入をやらかしては警察に追い掛け回される事も屡々あった。
何とも不憫であったが、干渉する事は出来ないので少しでも好転するよう祈りつつ、ただ見守り続けた。

私が彼を観察し始めてから幾つかの季節が過ぎた。
相変わらず彼は安住の地を見付けられないまま、各地をさ迷っていた。
ひと所に留まれないからか、髪は伸び放題で少し前まではまだ綺麗だった服は所々解れ、汗や埃の所為か薄汚く染まり、元々みすぼらしかった姿に拍車を掛けていた。

それでも彼にとっては唯一の家族ともいえる人形は手入れを欠かす事はないらしく、彼が持つには不自然な程に綺麗なままだった。


ある時、彼は警察に追われていた。
寝床を求め歩いていたところ、その見た目の所為か不審者として通報されてしまったようだった。

よくある事だ。
彼は大事そうに人形を抱えて町を駆け回る。
その足は脱兎の如く速く、あっという間に追い掛ける警官を振り切ったが、ろくに食事も取れていない事もあり、すぐにガス欠となった。
逃げるよりも隠れてやり過ごす事を考えた彼は、ふと目に入った工場へ忍び込んだ。

人が居て稼働しているようだが警備されている様子はなく、難なく敷地へ侵入すると、入口の開け放たれた工場内へ足を踏み入れた。

工場では服を作っているらしく、ミシンを目の前にした人達が黙々と作業を続け、誰一人として彼の存在に気付いている人は居ないようだ。
それでも用心しながら彼は工場の奥へ進むと、下げられた完成品とおぼしき大量の服の中に潜り込んだ。

これで暫くはやり過ごせるだろう。
そう思っていたが、彼は何を思ったか手にしていた人形を近くにあった服の中に隠そうとゴソゴソと動き始めた。
近くにあった服が彼の動きに合わせ揺れ始める。
そんな事をしては見付かるじゃないかとヒヤヒヤしながら見ていると、案の定、その動きに気付いた作業員の男が此方にやってきて、彼を見付けてしまった。

怒声が響いて、それと同時に彼を捕まえようと作業員が手を伸ばす。
咄嗟にそれをかわすと、彼はその場から逃げ出した。
その手にあの人形はない。それに気付かない程、彼は慌てていたのかもしれない。
しかし誰かが追って来る事はなかった。
彼よりも汚れてしまったであろう、商品の方が気になったのだろう。

この件で彼は人形という、唯一の家族を失った。


人形を失った彼は脱け殻のようだった。
本当の子供のように可愛がっていたのだから、当然だろう。
あの日から彼は町から町へ移動する事を止め、たまたま見付けた廃屋に潜り込むと其処でぼんやりと過ごし時折、ブツブツと何事かを呟いては、長い時間眠り続けるのを繰り返していた。



そしてある日、いつものように眠り始めると、それ以降、彼が目を覚ますことはなかった。








夢の中で自分以外の人物を主人公として見るのは初めてだったので、強く印象に残っている。

二度寝する前に見た別の夢の中で彼をチラッと見掛けていたのだが、一瞬目が覚めて寝たら所謂、神視点になって眺めていた。

シーンは飛び飛びで、いつの間にか季節が過ぎていたりしていたが、何となくこのくらい時が過ぎて、こういう事があったのだろうと理解していた。

何とも不思議な夢だった。