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硝子を割り続ける

久しぶりに恋愛小説なるものを読みました。
島本理生『よだかの片想い』


◇ ◇ ◇


あらすじ

アイコは物理を専攻している二十四歳の大学院生。
彼女の顔には生まれもっての大きな痣があり、その痣にまつわる過去の経験から、恋愛や派手な学生生活とは一定の距離をおいた日々を過ごしていた。
しかしある日「顔にアザや怪我を負った人」をテーマにした本の取材を受け、アイコの写真が本の表紙に使用されることとなる。
その写真を契機にした飛坂という若手映画監督との出逢いが、アイコの毎日を一変させていく……。

◇ ◇ ◇


お、同い年の、アイコ……そっか……。(二十四歳)



私ね、島本理生の小説好きなんです。
たんたんとした文体の内側にはとても強い、切実な感情があって、それが抑えきれずに決壊してあふれだしてしまう瞬間の表現がすごく好き。
私の好きな別の作家の表現を借りるなら(誰かはあえて言わない)島本理生の作品はいつも「匕首のような悲しみ」を携えていて、刃物でぱっくり切られたところのようにそれまでの空気と色が変わる瞬間があるんです。

ほんとうは、こうだったんだ。とか
あ、そうなんだ。というふうに気がついてしまう瞬間。
〈それ〉は例えば大きな悲しみだったり、離れた相手のことを今でも好きだと思う感情だったり、今まで気がつかなかった真実だったり、自分の中にあった本当の願望だったり、作品によって様々なかたちをとっているんですが、そのことがあらわになるとき、物語の世界の色が本当に変わる感じがします。そして胸が締め付けられるのです……。


この『よだかの片想い』にもやはりそういう瞬間が存在するのですが、ちょうど、と言うか、その場面で、部屋の硝子が割れているんです。物理的にね。

〈その瞬間、魔法が解けたように全身の力が抜けた。〉(文庫版 二二四頁)

〈……手の甲を見ると、直線状に血が滲んでいた。ガラスの破片でいつの間にか切っていたのだ。〉(同 二二九頁)


「匕首のような」とはちょっと違うけど、すぱっと切り傷ができたように、窓が割れてそこから景色が覗くように、ここで物語が大きく動きました。

あと、余談になりますが島本さんの作品って、おじさんや先生、年上の男性を好きになる話が多くて(けっこう多くて)、私はその点でも色々と考えさせられる(だから好きというわけではない)のですが、今回も出てきたのでまじか……と思いました。一度本を閉じるくらいには沈黙しました。アイコちゃんの研究室の先生でした。

はじめのころはね、あー島本さんって学生時代にきっと先生のこと好きだったんだなーと呑気に読んでいたのです。インタビューでも何やら大変な恋を経験されていたということをちらりと仰っていたので……。
でもこうも多くの作品がそうだと(私が知ってるだけでも片手では足りない)もう単なる恋愛感情ではなく、ちょっと違うところに本質があるような気がしてきました。年上の人、というよりはむしろ父性、なのなかなぁ。と思ってみたり。
だけど、島本さんはそれを壊すんですよ。年上の人がどれだけ特別な存在であろうが、必ずといっていいほど彼らと主人公とのつながりを破壊するんです。でもその崩壊こそが、前述したようにとても鋭く美しいから、好きです……。

違う作品で、いくつもの年上の男性を書いて、何度でもその世界を崩壊させる島本理生の作品はある意味セカイ系では……と考えるとユヤタン先生(佐藤友哉)とはやっぱぴったりの相性なの……。
桜庭一樹が、キャラクターは何度でも殺しては甦り死なせては甦り、それは作品を変えてもひとつのテーマになっているかも、みたいなことをね、ある講演会でお話されていたのですが(何の講演会かはあえて言いません)そんなふうに島本理生の作品にも、なにかひとつの逃れられないテーマがあるような気がする。
……とまでいくと、邪推ですね。
『夏の裁断』はちらっと読んだけどあれもなかなか刺さりそうな、セカイ系の予感がしました。

ちなみに聞かれずとも教えてしまう、私が一番好きなそういう作品は『七緒のために』です。あれは読んでて胸が苦しかったけど、先生と私、という関係性としてはとても良くできた物語だったと思う。恋愛よりも、救済してほしいという切実な願望のほうが掘り下げられて描かれていたからかも。


そしておじさま関係なしに好きなのは『シルエット』です。

本当に切なくて困ってしまうんだけどすごく好き。最後の最後に感情がうわっとあふれる、とりかえしのつかなさが好き。雨がしとしと降り続けていて、少しやんで、でもまた降りだす、さっきより冷たく、みたいな。


なかなか『よだかの片想い』の話にならなくてすみません。
恋愛ものとして展開も読後感も良かったし島本作品のなかでもなかなかおもしろかったのですが、個人的にはそうでないところ、例えばアイコが『十四歳』を観て泣いた理由とか、病院から公衆電話をかけたときの飛坂さんとの会話とか、原田くんの言葉とか、恋愛以外の部分のほうが印象に残りました。
でも月夜に鏡を投げてくれるシーンはたいへん素敵でした。

島本作品はセカイ系かつホワイダニットなのかもしれない(怒られそう)

強くないって言うし、強くないの、確かにわかるけど、それでもアイコちゃんは強いと思う。かえって恋愛力高いよ。


ちらりと『リトル・バイ・リトル』めくったらめっちゃいい話やんこれ……ってなりました。言葉がひとつひとつ素朴で、しゅーっと胸の奥にしみこんでくる。




よだかは、この表紙のほうが好き。


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