〈いれものがない両手でうける〉
(尾崎放哉)



落ちてくる涙を両手で受け止めようとすることを詠んだ句だと思っていた。

でも実際は人から恵んでもらったものを両手で受け取るよろこびの一句らしい。
〈咳をしても一人〉の印象が強すぎるからなのだろうか、まっさきに浮かんできたのは、てのひらの器にたまる孤独な涙だった。

この〈咳をしても一人〉という言葉が最近の私を呪っていて、何かをしたいと思うたびに私が私に〈咳をしても一人〉だとささやいてくる。
私の肉体はそこで動きを止めて、布団の中から出てこない。

「このごろ尾崎放哉なんですよ」
「尾崎放哉?」
「せきをしてもひとり」
「種田山頭火ですね」
「種田山頭火ではなく尾崎放哉です」
「そこまで落ち込んでいるようには見えないですよ」

そう。みんなそう思っている。
この前だって。
「るんるんですか」
「なぜ?」
「爪を塗っているから。なにかいいことありましたか?」

悲しくて気分転換に塗りました。


〈いつも元気だなんて決して思ったりしないでね〉
(aiko「September」より)



aikoの「嘆きのキス」っていう歌に
〈繰り返し涙が落ちる音を静かに聞いていた〉
という歌詞があるんですが
尾崎放哉ぽくない?

インタビュー(私の記憶では)によると、aikoはベッドの上に落ちる涙の音を、ひとりでずっと聞いていたんだって。みんな病んでる。







くるり
『琥珀色の街、上海蟹の朝』

いまこのうたを聴きながら無限に泣いているんですけど私つかれてるの……?MVを観ていると犬がでてくるところから涙がとまらなくなるんですけど



話題:どうでもいい話