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アンソロジー「水」感想〜一杯目 ※ネタバレあり

「クロッキー」
新太のクロッキーの様子がああ、懐かしいなあと思いました。自分が美術部だった所為もあるんでしょうが、鞄を開けた時の画材の匂いや、線を描く時の音を思い出しました。ただ自分はあんなに真面目に描いたことはなかったわ…。付き合い始めて一か月ほどの二人が淡々とこれまでの日常を続けているようで、それでも確かに変えたいと思う静かな起伏があるように思えました。川で一緒にびしょ濡れになった事で、新太は直に理子の事を感じ取れるようになったというか、「わかる」ようになったのかなと。

「バッカスの呪文」
まずマスターに惚れた。コーヒーの美味さも勿論でしょうがマスターの人徳もあると思うよこれ……な素敵な喫茶店です。飲み慣れないアイスコーヒーが「俺」の不安と期待がない交ぜになった象徴なんでしょうか。そこへ色んな感情と共に入るクリームやガムシロが少しずつ「俺」の気持ちを緩やかにしてくれる。最後の特製ドリンクの約束が「俺」の背中を押して、美味しく飲めたアイスコーヒーの甘さがきっと彼にとっては極上の応援なんだろうなあと思いました。

「沈み行く蒼は、天空の」
水彩画で何度も色を重ねながら描いているような絵のイメージでした。深い青色の中には色んな色がある。儚や繊月の心は常に揺れ動き、それが海のようでもあり涙のようでもあり。読み始めは深海でもかなり暗い、深い緑も混じったような水の色、光を透かしてもどこか鮮やかさを失った色の水たちでしたが、終盤では輝くような蒼に変えて想像することが出来ました。寄る辺を失った人魚たちの悲しみ、でも決して繋がりを断ったわけではないという母親のような優しい眼差しに満ちた話だと思います。あと繊月が不憫(笑)

雨音に包まれながら眠りにつきたい」
静かすぎると耳は勝手に音を拾ってくるので余計にうるさい事もありますが、雨の音はそういえば作業も睡眠も邪魔しませんね。優しく零れていく光の雨粒といいますか、水といえば青という安直な私のイメージを気持ちよく放り投げてくれました。黒色も淡く優しいです。ジャズ聞きたくなってくる。ピアノソロの。

「水月飛翔」
水と戯れ、軽やかに宙を舞う人物が印象的でした。きっちりとした服装に反しての遊びに満ちた表情が、水の動的で楽しげなイメージに繋がります。静謐だったり豪雨だったりと、人の気持ちをざわつかせるのが得意である一方、水は人を楽しませて豊かにさせてくれるものだよなあと思いました。

「崖」
全体に「僕」の不安と死に至る過程が詰め込まれていますが、多分、理解出来ない不安というわけではないんだよなと思いました。形として、あるいは漠然としたものとして一人一人が感じているだろう事、その一つの事象。救いの場所であったかもしれない海が酷薄に見え、そこを漂うのは「僕」の不安を押し込めた肉体の棺のようなイメージです。いつか「僕」は見つかるのか、あるいは見つけたものが棺を開けた時に何が溢れるのか、ちょっとパンドラの箱のようでもあるなと思いました。

「少女水槽」
アクアリウムの専門書を読んでいるような面白さもある一方(バーズアイ水槽とか知らなかったので調べてみました。綺麗)、ひたひたと足下から這い登ってくるような怖さ。お兄さんの怖さは狂気的な美しさと表裏一体ですが、「私」が抱える怖さもまたあるよなあと。そのバランスが物凄く綺麗に積み上げられていて、でも歪な美しさであるという齟齬がホラーな読み物としてとても心地よかったです。個人的に「透明骨格標本」は好きなので想像しやすかったです。硬骨と軟骨の染め分けとか、本当に綺麗ですよね。

「彼女は海の底」
透明度抜群のお話だと思いました。少年と少女の邂逅といったら何かが始まらずにはいられない。海を描いているようで空のような突き抜けた透明感、空を描いているようで海のような包み込む青色。水平線で空と海が混じるような、そんな感覚でした。その中を飛ぶ『バード』の形が可愛い。淡々と進む中には悲壮感というものはなく、こう、すっと風が渡っていくような清々しさがありました。彼女は解放されたのだろうかと思う一方で、何となく、自由を定義した時点でそれはもう自由じゃないのかなとか。本物の自由はなく、それぞれの「自由」が交換されたような。

「コップ一杯の水」
描写があまりにもリアルで、そして丁寧で、途中手首が痛くなりました……つたって落ちる血の温かさとか、自分から抜けていくものとか。人間誰しもあるのかないのか、あるとは思うんですがそういう瞬間の重みが凄い。そこから転じて花畑での老人との邂逅でゆっくりと気持ちが解けていくような感覚に包まれるのが、心地よかったです。でも、ここで老人がさしだした水に私は警戒心を抱いてしまいました。あの世の物を口にしてはいけないというあれですね。そして帰ってきた先での麦茶で、読んでいたこちらの心が洗われるようでした。おじいちゃん、遺影の中でピースしてそうなそんな朗らかさがあります。

「驟雨の路」
三島さんの心の声や葛藤が真に迫っていて、それがかわいい。雨に感じる憂鬱や、諦めて行くしかないかと腹をくくるところや、ギャル子に気にしている事を言われてこっそり傷つくところが、背伸びしない女の子の姿を見ているようでした。そこに差し出される傘と得体の知れない男子生徒とくればね!もう雨のべたつき感も、はねる髪も爽やかさで全部補填出来ますよ!素直になれなかったのは三島さんだけではなかったという共通点がまたかわいい。そして傘のセンスは彼のものなのか気になるところです(笑)

参加させていただいております

「宿語りのシーガル」
詳しくはこちら→wonmaga.jp

そうそうたる面々の中に一匹紛れ込んだみたいになってしまって空恐ろしい限りですが、埋もれないように書きたいです。でも冒頭から既に地味でこれ自分の持ち味ってことでいいかなもう。

水アンソロWeb版の感想もあとちょっと。
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