銀さち&息子(2歳)
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「ねぇねぇおとーたん、あのね」
「あー?どーした?」
「あかちゃんはどうやってあかちゃんになゆの?」
「………………」
近所の公園で泥だらけになるまで遊び回った土曜の夕方。もう母ちゃん仕事終わる頃だからって、家に帰って息子と風呂に入っていた時だった。湯船の中で膝に乗せていた息子から、不意に予想もしなかった疑問を投げかけられた。
「…赤ちゃんが?」
「う。あかちゃんどこからくゆの?」
念の為もう一度聞き返すと、やはり同じ質問が返ってきた。
(そりゃ父ちゃんのいなづまのけんで母ちゃんのロンダルキアの洞窟を下からぶち抜いたからですよー…――なんて言えるわけねぇし)
目の前で瞳をキラキラさせて父親の返答を待つ息子に、間違っても下世話な回答はできない。何より教育上よろしくない。
「そうだなァ…」
こめかみを押さえながら、どう説明したもんかと頭を悩ませる。
“大人になれば分かるよ”とか“魔法をかけた”とか、そういう事は言いたくなかった。昔自分も周囲の大人に同じ質問をして、こういった類の回答をされて納得できなかった経験があるからだ。
でもまぁそれが皮肉にも息子によって、その時大人達がどんだけ気まずかったのかを思い知る事になったのだが。
そうやって上手い言葉が出ずに頭を捻っていると、不意に玄関の方から物音が聞こえてきた。どうやらさっちゃんが帰ってきたようだ。
「ただいまー…あら?銀さーん、おチビー。どこ行っちゃったのかしら」
ガサガサと恐らく買い物袋を置きながら、さっちゃんの声があちこちを探し回っている。
「おーい、さっちゃーん、ここだーここ」
風呂場から声を張ると、すぐに足音が近付き風呂の扉が静かに開いた。
「お風呂に入ってたのね。あっ、じゃあ着替えを持ってくるわね」
「おう。あっ、ちょっと待て!」
穏やかに笑って踵を返そうとしたさっちゃんを、俺は咄嗟に呼び止めた。
「うん?」
「なぁ、さっちゃん。ちょっと聞きてぇんだけど…」
そして息子を促し、先程の疑問を母親に問わせてみた。俺じゃ子供に上手く説明ができない。だからいざという時しっかり者のさっちゃんに託してみる事にした。
するとさっちゃんは口元に手を当てて小さく笑い(ちょっと可愛いかった)、母親の持つ温かな表情で優しく言葉を紡いだ。
「お父さんがお母さんの事を大好きで、お母さんもお父さんの事が大好きで、二人の気持ちが一緒に大好き!ってなると、赤ちゃんがお母さんのお腹にやって来るのよ」
「ふうん…おかーたんのぽんぽんに?」
「ふふっ、そうよ」
「じゃああかちゃんはどうやってぽんぽんからでゆの?」
「お母さんの体にはね、赤ちゃんの通り道があるの。そこを通って生まれて来るのよ。お腹から生まれた赤ちゃんと会えたとき、お母さんもお父さんも、とてもとても嬉しかったのよ」
そう言って俺の腕の中の息子の頭をそっと撫でた。その表情が本当に優しくて。本当に綺麗で。
「さっちゃん…やっぱオメェすげーわ」
「え?」
「いや、何でもない」
変な銀さん、と笑って風呂の温度が逃げないように扉を閉め、さっちゃんは外から「いちご牛乳冷やしてあるから」と付け足した。
「おとーたん」
声に視線を落とすと、胸元からジッとまん丸の瞳で見上げられていた。
「なんだー?」
「おかーたんはおとーたんがだいしゅき?」
「はは、大好きだろうよ」
「おとーたんはおかーたんのこと、だいしゅき?」