夕方から降り始めた雨は今や豪雨となり、頭上で稲光をあげる。
「ぎゃぁぁぁぁっ!おとぉたぁぁぁんやぁよぉぉぉう!」
仕事から帰って家の扉を開けたとたん、そんな雷鳴にも負けない喚き声が居間から響いてきた。
「あらあら…銀さん、チビタはどうしたの?」
見るとソファーにでーんと構える夫の足に、小さな体がギュッとしがみついている。
しかし母が帰って来たのが分かってか、息子は顔を涙と鼻水でグチャグチャにしながら私の元に一目散にやってきた。
「おかぁたぁぁぁん!ごろごろやぁよぉぉぉ!めってしてぇぇぇ!ないないしてぇぇぇ!」
「はいはい。よいしょ…よしよし、怖かったわね、じきにないないするからねー」
すぐに小さな体を抱き上げ、背中をトントンしながらティッシュで涙と鼻水を拭ってやる。
すると不意に視線を感じ、振り向けば銀さんがジィッと私たちを見つめていた。というか、正確には私の胸に顔を押し付けてすんすん泣いているおチビを、だ。
「銀さん?」
「その泣き虫ビビりっ子は誰に似たんだ…?」
神妙な顔つきで口を開いた銀さんに少し呆ける。
「…チビの?」
「そう」
更に、俺は雷とかオバケの類はぜんっぜん怖かねーしィ、と若干引きつったような笑顔で続けた。
「さっちゃんは肝っ玉の座った女だしなァ…」
言いながらチビのほっぺをツンツンする。
私は思わず笑みを零してしまった。
「いいじゃない、泣き虫でも」
「そうかァ?」
「泣かない事が強いわけじゃないわ」
腕の中で未だに震えている我が子をそっと揺らす。自分の気持ちとしては、泣き虫だろうが弱虫だろうが元気に育ってくれればそれで十分。
多分それは銀さんも同じ気持ちなのだろうけど、特に侍気質の強い彼からしたら、つい口を挟みたくなってしまう事項なのだろう。
再び真剣な表情をつくり、彼は息子に諭すように口を開いた。
「いいか?男はチンコという一本筋の通った心意気を持つ勇者なんだよ。生やした瞬間から、簡単に涙を見せちゃならねぇ。その腕はお母さんにしがみ付く為にあるんじゃなくて、お母さんや、大切なもん守る為にあるんだ」
言葉の選択はいかんとも、これが彼の言う“一本筋の通った心意気”であり、己の分身である息子にもまた引き継ぎたい想いなのだろう。
少しだけ泣き止んで父親の方を振り向くチビを、私は優しく銀さんの腕の中に預けた。
大切そうに受け取った彼はやっぱり父親の顔をしていて、口では何だかんだ言ってても結局息子が可愛くて仕方ないのだと思う。
「よしよし。そこんとこ父ちゃんはキビシくいくからな。ほら、もう父ちゃんも母ちゃんも居るんだから心配ねぇぞ」
キビシくいく、とか言いつつ息子をしっかり抱き締めて涙の跡を拭ってやっている。
そんな二人の姿が大切で愛しくて、何だか無性に幸せな気持ちになった。
紛うことなくあなた似です
(臆病者こそ大将器って、昔話にもあるわ)
(そうそう)
(この子も銀さんと同じで、いざという時きらめくタイプなのよ)
(だよねー…あっ別に俺はビビりじゃねぇぞ!オバケとかスタンドとかそれ近辺のやつ別に怖かねぇからマジで)
(ふふっ、はいはい)
end.