花まんま/朱川湊人/文春文庫



母と二人で大切にしてきた幼い妹が、ある日突然、大人びた言動を取り始める。それには、信じられないような理由があった……(表題作)。昭和30〜40年代の大阪の下町を舞台に、当時子どもだった主人公が体験した不思議な出来事を、ノスタルジックな空気感で情感豊かに描いた全6篇。直木賞受賞の傑作短篇集。

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ついにTwitterのフォロワーさんからお勧めされた物語を読むまでになってしまいました…いや、ツイートの向こう側には人がいるのでしょうが。

好都合なのは、私が意外とジャンルに節操無く読む事でしょうか。

この物語は“ミステリー”というジャンルではありません。

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朱川さんという作家さんを全然知らなかったので、良い機会になりました。

『花まんま』は直木賞受賞だそうですし、たまに直木賞作品も悪くは無いと思いました。

この短篇集の舞台は、全て昔懐かしい大阪です。

…そうですね、この物語の大阪のどこかには、『白夜行』の亮司や雪穂もいるかもしれません。

懐かしくて、どこか淋しくて、哀切を帯びた文章を書く方だという風に思いました。

人間が生きる事に倦み、人間同士の関係や繋がり――いわゆる人情について考えてしまい、しかしながら生き続ける事を止められない人間の哀しさが、文章から滲み出ている様に思います。

舞台が大阪なので、登場する主要人物の大半は大阪弁を使います。

二次元の大阪弁キャラクターを思い出すと、大体は威勢の良い喋り方だったと思ってしまうのですが、朱川さんの描くキャラクターが話す大阪弁は驚く程淋しく響きます。

大阪弁がこんなに哀切な響きだなんて、気付きませんでした。

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勧められた理由というのが「表題作が泣けます」というものでしたが、確かに泣けました。

『花まんま』の主人公、俊樹の妹であるフミ子はある日突然自分が“ある女性の生まれ変わり”だと言い出します。

生まれ変わる前の家族に会いたい、故郷に行ってみたいと強く思っているフミ子を連れ、遠く離れた地へ足を運ぶ俊樹でしたが、その家族達は…という…。

やっぱり人情ものですが、人間と人間の関係というのは普段疎ましいと感じても、実は深い所で繋がっているものなのだと感じました。

それから『送りん婆』と『摩訶不思議』が好きでした。『トカビの夜』も捨て難いです。

他に泣ける作品もありましたが、『摩訶不思議』はどちらかと言わなくても笑える作品だと私は思いましたし、一応舞台が昭和30〜40年代の大阪という事で統一されていますが、どれも味の異なる短篇です。

主人公は各物語に因って入れ替わりますし、背景も入れ替わります。

時代を築いて来た強さ、今を生きている人間の強さの秘密が知りたくなったら、開きたくなる本です。

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日本は各地で文化が大分違うので、やっぱり過去は更に違ったと思います。

例えば東北人は一部の例外を除けば性格が辛抱強いとかおおらかで、それが文化に影響して生まれた作品も沢山あると思います。文学作品や歌、絵画等。


そんな事を下敷きに考えて行くと、大阪にも地方の性格があってそれが『花まんま』には色濃く現れている様に思いました。





「何かその歌、寂しい感じがするやろ。聞いとったら、このへんがシクシクするような気がするんや」

三日月少年漂流記/長野まゆみ/河出文庫



博物館に展示されていた三日月少年が消えた。充電式のニッカド電池で動く精巧な自動人形は、盗まれたのか?自ら逃亡したのか?三日月少年を探しに始発電車に乗り込んだ水蓮と銅貨の不思議な冒険を描く、幻の文庫オリジナル!

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水蓮と銅貨は『天体議会』の登場人物でもあります。

2人共、まだ荒削りな感じではありますが、私は本書の方が好きですね。

『天体議会』の方が設定は作り込まれた感がありますが、本書の方が描写や文章に違和感が無くて読み易く、読むのが楽しかったです。

『天体議会』も世界観は好きなのですが、再読してみたら建物や階段の描写に違和感を感じてしまい、しかし本書はそんな感覚はありませんでした。

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基本的な性格は出来ていたらしく、本書では何事も抜け目無く器用な水蓮と、おっとりして仔熊のぬいぐるみを持ち歩く銅貨が描かれています。

水蓮が甘党な所も変わっていませんし、銅貨には仔熊のぬいぐるみというお友達はいましたが、基本的におっとりして水蓮より少し動きが鈍い所も変わっていません。

『天体議会』であった様な心理描写は殆ど無く、悩んだり苦しんだりしない分だけ明るい雰囲気のある物語だったと思います。

電車はゴム印を捺された切符で乗るし、待合室にはコォクスで燃えるストーヴが置かれ、その上には湯を張ったアルミの洗面器が載っています。

レトロで懐かしい世界が舞台となっていて、あまり近未来という感じはしませんでした。

水蓮と銅貨にはそんな雰囲気も良く似合います。

むしろ私個人は本書の世界観の方が好きな位です。

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本書一番の謎は“三日月少年達はどこへ漂流して行ったのか?”になりますが、『天体議会』の三日月少年が“南”へ行った様に、彼等も南へ旅立ったのだと思います。

巻末にある解説の様な考え方もあるとは思いますが、私は水蓮が何かを知っている事を匂わせている様に思えてなりません。

その解りそうで解らない、想像力さえ働かせれば手の届きそうな謎がまた面白いのですが…。

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食事のシーンが本当に多い物語でした。

作品上で時間にして殆ど経過していないにも関わらず、水蓮も銅貨も旺盛な食欲で食べる食べる…。

その料理が無国籍で、どの国の料理なのかは全く解らないのですが美味しそうで、読んでいるだけで幸せな気持ちになりました。

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知らない町を仲の良い相棒と一緒に旅するだなんて、読んでいるだけでわくわくします。

この時期の長野まゆみの本にある様な文明が進んだ余りに逆に無機質になる、という雰囲気では無く、レトロで懐かしい物語を味わっている様な感覚になります。

長野初期作品では文句無く私はベストに挙げます。次点は『夏至祭』。





「三日月少年は本当は盗まれたのではなく逃亡したんだよ。」

天帝妖狐/乙一/角川文庫


とある町で行き倒れそうになっていた謎の青年・夜木。彼は顔中に包帯を巻き、素顔を決して見せなかったが、助けてくれた純朴な少女・杏子とだけは心を通わせるようになる。しかし、そんな夜木を凶暴な事件が襲い、ついにその呪われた素顔を暴かれる時が……。表題作ほか、学校のトイレの落書きが引き起こす恐怖を描く「A MASKED BALL」を収録。ホラー界の大型新人・乙一待望の第二作品集。

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表題作も大変面白いのですが、先ずは『A MASKED BALL』から感想を書きたいと思います。

“第二作品集”だそうですが、目の付け所が違う点が既に乙一の舞台装置の作り方の気がします。

携帯電話が普及した平成の今日この頃、とある高校のとある男子高校生が煙草を吸う為に使っていたトイレで、タイルの落書きを見つけます。内容は“ラクガキスルベカラズ”。

落書きをするな、と主張しているそれ自体が落書き。

それに吸い寄せられる様に集まった顔も名前も知らないメンバー達が、トイレの個室の落書きでメッセージを交換して行く、という物語です。

名前も各々添えてあるものの、当然偽名。

インターネット風に言うならハンドルネーム。

現代に置き換えたらそれこそ、掲示板やチャットやTwitterという物に変換されますが、それをトイレの落書きでやってしまう辺りが乙一の凄い所だと思いました。

最初は楽しくメッセージ交換に励んでいたメンバー達でしたが、やがて主人公である男子高校生の友人に危機が迫ります。

トイレの落書きをホラー仕立てのミステリーにまで昇華させ、読んでいてわくわくさせてくれます。

インターネットの掲示板を題材に同じ話を書いても、こんなにわくわくはしないと思う。

緩い結末も好き。

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『天帝妖狐』ですが、この物語は乙一の描くホラーの中でもかなり切ない部類に入ると思います。

乙一は“ホラー界の大型新人”以外に“切なさの達人”という渾名があるのです。

内容は上のあらすじに大方書いてあるのですが…。私は夜木の手紙と杏子の場面に因って交互に語られるこの物語に乙一の頭の良さを感じます。

夜木の手紙を読み、ホラーが最高潮に達した時点で物語は杏子の場面に移り変わってしまったり、またその逆もあったりして、怖いのもあるのですが切ないのも確かで。

夜木と杏子が祭りの通りまで歩くシーンはやけに印象的でした。

互いが他人行儀に、しかも声に張りを持たせて、外部の音はお囃子と喧噪が遠くに聞こえ、ぼんやりとした祭りの電球の明るさの中に互いの顔が見えて。

やがて来る別れに向かって、必死に何かを伝えようとする2人には胸を打たれます。

乙一が後から呼ばれる様になった“切なさの達人”はこの時点で既に頭角を現していると感じました。

言いたい事を言いたいのに上手く伝わらない、その事がこんなにも感動を呼んでくれるなんて、やっぱり乙一は素晴らしい演出家です。





ボクハ ナニモノデモナイ
ダレデモアリ ダレデモナク
ドコニデモイル

霧のむこうのふしぎな町/柏葉幸子/講談社文庫



リナはおまわりさんの地図をたよりに、「霧の谷」へ向かった。森にたちこめていた霧が晴れると同時に見たものは、まるで外国へでもきたような小さな町であった。風変わりな町に住む、風変わりな人たちを、作者が心から楽しく語る手作りのファンタジー。講談社児童文学新人賞受賞。

(読んだのは講談社文庫で、所持しているのはその文庫と改訂前の講談社青い鳥文庫ですが、現在でも手に入り易い新装版の講談社青い鳥文庫のリンクを貼りました)

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一時期流行りましたね、この本。

といっても、リアルタイムで「千と千尋の神隠し」の映画が公開された時期に読書の趣味があった方にしか流行っていないかもしれませんが…。

この本はあのジブリの名作、「千と千尋の神隠し」の原作になった小説です。舞台は違いますが。

意地悪な魔法使いのお婆さんに“自分の食い扶持は自分で稼ぐ”様に言われた小学生の女の子が、魔法使い達と一緒に事件を解決したりする物語です。

ちなみにハクに該当するキャラは登場しません。私の主観ではいない様に思えました。

舞台は“霧の谷”という地名で知られる、霧の多い町で、ふーっと霧が解けたらそこには町があった、というくだりは少し「千と千尋の神隠し」の雰囲気に近いかもしれません。

只、この物語で現れた町は北欧やドイツを連想させる童話チックな可愛い町でした。

私のイメージ的には同じ魔法使いなら「ハリー・ポッター」に近いと思いました。

人々は魔法使いなので人間にはナンセンスだと思える事をわざわざしたり、また心掛けが人間とは違っていたりするのですが、夢見がちな方だとそういう所に心が惹かれると思います。

四季の花がいつも色とりどりに咲いている庭、食べても太らないお菓子を作るお菓子屋さん、人間が姿を変えたという瀬戸物を扱う骨董屋…。

最初はリナも魔法使いの魔法に驚いてばかりいたのですが、段々町の人達に認められ、愛されて行く様子が心暖まります。

リナが下宿している魔法使いのお婆さん…ピコット婆さんというのですが、彼女だけは偏屈でリナに意地悪をします。

でも負けずに笑い飛ばすリナが素敵。

どうも“魔法で作業”をしたり、“主人公に意地悪”だったり、“主人公にだけ心を開いて”いたり、「ハリー・ポッター」と重なります。

魔法が使えなくても、一生懸命に何かに打ち込む姿はそれだけで奇跡を起こせる、と思いました。

逆に魔法が使える事をおごって一生懸命さを失ったら、この町では生きて行けないと思います。

やっぱり児童向けなので、所謂ご都合主義だと思える場面もありましたが、逆に冷や冷やしたりバッドエンドを想像したりしないで済みました。

逆に言うならご都合主義なのでは無くて、本当に一生懸命さが奇跡を起こしていたのかもしれません。

そんな場面を読んでいると、やっぱり何事にも全力で打ち込むという事は大切だと思い知らされました。

全力だと成功した時に嬉しいですし、失敗しても悔いが残りませんからね。

期待を裏切りません。

良い意味でも悪い意味でも本当に期待を裏切らず、ほんのり心が暖かくなる小説です。

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冒頭は読み辛いと思う方もいると思います。東北北部の方言を使うお巡りさんが登場しますが、頑張って読んでみて下さい!

東北北部というか、リアルに私の近所にいそうな言葉遣いばかりで、私にはむしろ読み易かったです。

…という事は、霧の谷の舞台は私の近所にあるのかもしれません(笑)





「あいかわらずみてえだね。でも、欠点のない人間ほどつまらねえものもねえんでさ」

隕石誘拐(鯨統一郎/光文社文庫)



名作『銀河鉄道の夜』の幻の第五次稿にはダイヤモンドの隠し場所を記(しる)す暗号があった……!
妻と息子が誘拐された!童話作家修業中の中瀬研二(なかせけんじ)は、誘拐犯の思惑(おもわく)を探る。狙(ねら)いは、妻・稔美(としみ)が、亡き父から在(あ)りかを知らされていたらしいダイヤモンド!?
誘拐犯たちに先回りして家族を救出するため、研二は賢治童話の謎を探り始める。
注目気鋭(きえい)の第一長編、登場!

***

「鯨さんの小説が面白い」

というと、多分「馬鹿ミスが面白い」と言っている様に捉えられると思うのですが…緊迫した作品です。第一長編のせいか、物凄い気迫を感じます。

働きながら童話作家への夢を諦めきれず、公募に応募を続ける研二。
貧乏に悩まされながらも夫を支えて頑張る妻の稔美。

稔美の亡き父は宮沢賢治の研究家であり、独自の調査で『銀河鉄道の夜』の幻の第五次稿を発見していた、という設定です。

※『銀河鉄道の夜』とは岩手県の作家・宮沢賢治が死の直前まで改稿を繰り返した、永遠の未完の傑作です。

『銀河鉄道の夜』どころか宮沢賢治の作品は殆ど読んだ事の無い研二が、仲間達とこの謎に立ち向かいます。警察に「宮沢賢治がダイヤモンドの鉱脈を発見していて、その在処をしる妻と息子がさらわれた」と話しに行くのですが一向に相手にされず、

研二は自分に思いを寄せる宮沢賢治に詳しい同僚や、頼りになる隣人、昔から悪友仲間の友人達と手を組んで誘拐犯に立ち向かいます。

誘拐犯はどこにいるのか?

稔美や息子は無事に帰って来るのか?

有りもしない鉱脈の話に惑わされているのでは無いのか?

宮沢賢治は本当に鉱脈を発見していたのか?

鉱脈があるとすればどこなのか?

そして幻の原稿に書いてあった言葉とは?

謎があり過ぎるのですが、研二は持ち前の頭の良さで1つ1つ謎解きをして行きます。

***

『邪馬台国はどこですか?』や『九つの殺人メルヘン』、『みなとみらいで捕まえて』とは比べ物にならないシリアスタッチな物語で、先ずそこに面食らいました。

いつもの鯨さんの物語は、とぼけたボケ役と気の強いツッコミ役が必ず、と言って良い程配置されているのですが、見当たりません。

おまけに稔美はさらわれて痛めつけられるわ、研二は警察から信用されないわ、早くしないと稔美は殺されるかもしれないわ、で読んでいて心が痛みます。

勿論宮沢賢治の原稿に対する推理も絡んで来るのですが、2時間サスペンスがお好きな方なら喜んで受け入れられる種類の骨組みです(2サスよりずーっと深いですが)。

犯人も“意外な犯人”で、宮沢賢治に興味の無い方でもこれは評価の大きい作品なのでは無いか、と思います。

…興味の無い方でも評価は大きい、ですが歴史や本、史実を媒体にしたミステリー小説を書かせたら、鯨さんはやっぱり天才だと思います。

しっかり理詰めなので、宮沢賢治に興味のある方だといちいち頷いてしまう推理ばかりだと思います。





(宮沢賢治が七色のダイヤモンドの鉱脈を発見していたなどということに、信憑性(しんぴょうせい)がはたしてあるのだろうか)
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