「ミカナギ………だと!?」
「あぁ、ご推察の通り。俺は御巫の牙だぜ?最後のな……。」
目を見開き、驚愕の表情を浮かべるセルゲイに拓馬はあっさりと答えた。皮肉めいた表情を浮かべながらもその瞳に涙を薄く溜めながら。それに気が付いたのは真正面から対峙しているセルゲイではなく既に傍観者となり、隣にいたアイリスだった。
(ミカナギ……一体何なんだ?叔父様のあの驚き様は今まで見た事がない……。)
「……ん?何だ?」
拓馬はセルゲイに注意を払いながらもジッと自分の顔を覗き込んでくるアイリスを不思議に思い小声で質問した。
「い、いや、何でもない………って!」
アイリスは慌てて否定しようとしたがそれ以前にいつの間にか先程まで闘っていたはずの相手に守られる様に立たれていた事に今更ながら気が付いた。
「少し離れてろ。只でさえ疲労が激しい時にあの腕で首を絞められたんだ、まだ立っている事も辛いだろう?」
「あ、あぁ………じゃなくって!私はお前の敵―――」
話の途中でゴゥ、という音と炎の精霊が集まるのを感じたアイリスはセルゲイの方を向いた。その時既に目前までセルゲイの放った火球が迫りつつあった。
(私もろとも……!?しまった、防御が間に合わな―――)
爆炎があがる中、アイリスの思考はそこで中断を余儀なくされた。
◇
「フフ………よりにもミカナギを名乗るとは……一族全員が世界中の魔術師を敵に回し、生命だけでなく存在そのものを滅ぼされたのは私程でなくとも裏の話を知る事だと言うに……。」
火球を放った後、セルゲイの前に立っていたものは何もなかった。その威力に内心驚きながらも未だに自分の手の中で精霊達が暴れているのを感じとっていた。
「しかしこの力、あの"人形"よりも精霊を支配出来るとは………研究の副産物で生まれた技術にしては素晴らしい!これならば、"奴ら"の協力など―――」
「奴ら?ほう、興味深いな。誰の事か教えてもらおうか?」
「な……何故!?」
そんな時にふと後ろから声をかけられた。振り返るとそこには先程自分が消した筈の拓馬が、気を失ったらしいアイリスを両手で抱えて立っていた。
「まぁ、その件は後回しだ。その前に答えろ……何故俺だけでなくこの子も巻き込んだ?」
拓馬の瞳にははっきりとした怒りがあった。殺気を更に研ぎ澄ませたその瞳にセルゲイは自分でも気が付かないまま足を震わせた。
(私が……恐怖を!?………馬鹿な!)
そこで初めて足を震わせている事にやっと気が付いたセルゲイは言い様のない恐怖に気が付かないふりをして拓馬に答えた。
「フン、精霊術に関しては私が手解きをしてやったとは言っても所詮は愚か者の兄が作り上げた人形よ!我が名誉あるヴィルボルフスの血も繋がらぬ小娘一人が消えた所で我が計画には最早関係ない!!」
「………そうか。この子が気を失っていて良かったよ。そんな言葉を聴かせられて良い筈がない。それに………」
「き、消えた!?そんな……精霊達が感知出来ていないだと!?」
その瞬間、拓馬とアイリスはセルゲイの目の前から消えた。
◇
「グルルルル……!」
「そう怖い顔をするな。お前の命の恩人を連れて来ただけだ。」
拓馬は気を失ったアイリスを闘いの場所から少し離れた、最初に闘っていたキメラの体に寄り添わせた。キメラは自分の翼でアイリスを包んで暖めようとしている。
「ハァ……全く、急に大人しくなりやがって……。」
キメラに対して溜め息をつく拓馬。キメラは闘いの傷(自分が負わせたものだが)がほぼ完治しているのか拓馬に襲いかかろうとしたがアイリスを見て大人しくなったのだった。
「最後の一枚………まぁいいか、"壁(ヘキ)"。」
拓馬は渋る様子もなくコートのポケットから符を取り出してアイリスの張った回復結界の上から防御結界を重ねて張った。
「……これでひとまずは大丈夫だろ。じゃあな、しっかり守ってやれよ?」
そう言って拓馬はキメラの前から姿を消した。
◇
(逃げた………のか?)
あまりにも急な事だった。自分は何もしていないのにいきなり人間が目の前から消える、セルゲイはそんな体験は初めてだった。
(精霊ですら感知出来んとは……まさか本当にミカナギの?いや、それこそあり得な――)
「待たせたな、あの子を安全な場所に連れて行っていた。」
またも背後から声がかかる。それは紛れもなく拓馬だった。
「そんな事はどうでもいい………貴様、何者だ―――あ、え?」
問い質すセルゲイは突如自分の身体が軽くなったかの様に感じた。
「だから言ったろ?俺は、御巫の牙だと。」
気が付けば、さっきまであった自分の両腕が雪の上に転がっていた。
「御巫の牙の味、味わえよ……!」