「…今回シュヴァーン隊長にはリタの護衛をお願いしてあるんだ」
「そゆこと。ま、群がる魔物の相手はおっさんに任せ「いらない、あたし1人で充分」…」
無視されたからか、ぶつぶついじけて体育座りを始めたレイヴンをスルーしてきっぱりと同行を断るリタ。余程さっきのことが頭にきたのかレイヴンと目を合わせようとせずにフレンに直訴するリタだが
「今、僕や君は術技を使えない」
「っ…、分かって、るわよ…」
フレンの一言で返す言葉を失ってしまった。
現在、この世界にエアルは存在しない。かつて世界を襲った事件の際に新たな存在、マナへと変換された。
魔導器を使用する為に必要な魔核はエアルが結晶化して出来たものであり魔核もマナへと変換された今、全ての魔導器は使用不能となっている。
その為、世界中の研究者達――当然リタも含む――はヨーデルの指示で現在代替エネルギーの研究を行っているのだ。
「ソディアからの報告書によるとシゾンタニア近くの魔物も数が増え、凶暴さが増しているみたいだ。そこに1人で…は流石に無理だよ」
「う…」
今や下級魔術すら行使出来なくなったリタでは魔物との戦闘はかなり分が悪い。一応、リタも武器は扱えるもののそれでもフレンやレイヴンには及ばないのはリタ自身知っている。
それにレイヴンは術技を使える。彼の心臓は魔導器、本人の生命力で動くので生命力が続く限り―無理は禁物だが―問題ない。
「…分かったわよ、おっさんで我慢するわ」
「……そうか、ともかく頼むよ」
総合的に判断し、リタは渋々ながらもレイヴンの同行を承諾した。
「どぉーせ、おっさんはぁー、いらない子ー…」
「うわ…」
フレンとの話を終えてレイヴンに向き直ったリタは、この世の終わりの如くいじけたレイヴンに声が出なかった。
彼は仲間に本性を知られて尚、今の道化染みた『レイヴン』でいる為それに対応して接するが見るからに痛い。
「…ほら、おっさん行くわよ」
「天才少女にはー、おっさんなんかいらないでしょー…」
「ちょ、ちょっと、おっさん…」
こちらを振り向くことなく俯くレイヴンに頭を抱えたリタ。だがレイヴンは何かを閃いたのか顔を上げてリタに問い質した。
「じゃあ…おっさんが必要なの!って言ってくれたらついていくけど?」
「はぁ!?」
「およよ?お顔が真っ赤になっちゃったね天才少女ー♪おっさんとしてはー、そんなリタっちも可愛くて可愛くて良いんだけどー♪」
先刻までの暗さが嘘の様に―いや、実際嘘なのだが―明るくなったレイヴン。その突拍子もない要求に顔を赤く染めたリタに更に詰め寄るレイヴンだが
「え、ちょ、何それ?何でここで鎖を取り出――ぐぇ!?く、首、絞まっ、」
「じゃあフレン、行くわね…」
「わ、わかった。2人とも気をつけて」
リタは武器として携行していた鎖でレイヴンを捕まえ、引き摺って部屋を後にした。時折助けを呼ぶ声が城内に虚しく響いていた。
扉が閉まった後、フレンは自分の机に戻る。まだまだやらなければならない仕事が残っているのだ。
だが仕事が手につかない。フレン自身、その理由を分かっていた。
かつて騎士だった親友と共に配属された思い出の地。
そして上官の最期を見届けた因縁の地。
「シゾンタニア…」
フレンはその地の名を小さく呟いた。