「…………めろ」
拓馬にとって、その光景は見覚えがあるものだった。
「………や、めろ」
そう、彼の眼前に拡がる光景は―――
「やめろぉぉぉぉ!!!」
彼の心の闇を刺激した。
◇
「――――たった一人の命で、世界は救える。だから、こうするのだよ」
「だ………ま、れぇぇ!」
血が止まらない。身体が、生きているのが不思議な程に傷ついて、悲鳴をあげていた。
それでも、途切れかけた意識を繋ぎ止めて拓馬は立ち上がり、眼前の仮面を被る、最愛の少女をその手に抱く男を睨み付けた。
「だからって、命を、奪うだと?認め、られるか……!」
「――――実に、実に残念だ。君の様な男は嫌いではないのだが……こればかりは譲れぬよ。私にとて、譲れぬものがあるのだ……」
「や、やめろぉぉぉぉ!!!」
拓馬は必死に駆け出し手を伸ばす。倒れかける身体に鞭を打ち、必死に。
だけど、その手は―――――――――
◇
意識が遠退いていくのが分かった。身体から力が抜けていくのが分かった。
その時アイリスは『死』を意識した。
(私は………死ぬ、のか)
不思議と恐怖はなかった。
(私は………取り返しのつかない事をしてしまった。叔父様を、止めるべきだった………私しか、止めれる人間はいなかったのに)
心に抱くのは後悔。叔父の狂気に染まった暴走に気付きながら自分は止めずに手伝った。
(私は、私は―――)
「アイリス、最期だから教えてやろう」
(………?)
後悔の最中、自分の身体を貫いている叔父のセルゲイが嬉々として話しかけてきた。
「我が弟とその番――そう、お前が父、母と呼んでいたあの二人を含めて一族の殆どが死んだあの日の"事故"はな、私だよ」
(―――――!?)
瞬間、アイリスは耳を疑った。
「弟は錬金術師としての実力は私を――――いや、歴代の当主すら上回る程の才覚を持っていた。女はその気になれば災害クラスの大規模な精霊術をも行使出来た。あやつらは本物の天才でありながら古臭い風習を守り、常に凡人共の側に立つ………思い出すだけで下吐が出るよ――――」
◇
「これか………!」
薄暗い地下の研究室で男――かつてのセルゲイ――は紙に筆を走らせるのを止めて恐怖を感じさせる様な笑みを浮かべた。
今まであらゆる錬金術師が挑戦し、それでも尚、完成する事のなかった賢者の石の創造理論をほぼ独力で完成させた事に。しかし、その笑みも直ぐに凍りつく。
「理論はこれでいい。だがどうやってこれほどの生命エネルギーを手に入れるか、か。私の合成獣を全て使ったとて足りぬ……」
凍りついた理由は賢者の石を創る為には莫大な生命エネルギーが必要だと分かったからだった。
(先人達もここで立ち止まったのだろうな………しかし、私は諦める訳には――――)
思案している最中に錬金術で強化した研究室のドアが派手に吹き飛んだ。
それと同時に多くの人間―――身内の錬金術師―――が部屋へと入り込み、セルゲイを囲む様に様々な武器を構えていった。
緊迫した空気が部屋中に広がる中、セルゲイは狼狽した様子もなくある一人を見つめて冷たく言い放つ。
「何だ?グレイス」
「兄さん…………!」
その視線の先には現ヴィルボルフス家の当主であり、たった一人の弟であったグレイス・ヴィルボルフスがそこにいた。