「ユーリ……怒ってるのね?」

「怒ってねぇよ」


 不貞腐れた表情を浮かべながらそっぽを向くユーリに思わず溜め息を漏らす。

いつもの彼を知っている者――それこそ、仲間達からしても普段と現在の違いに驚くだろうが……ジュディスは別段驚きはしなかった。


「遅くなったのは謝るわ。ごめんなさい」

「……そういうの、俺が求めてるとでも?」

「貴方が求めていなくても、よ。私は悪いと思っているもの」


 事の発端は12月24日という日にある。


そう、イヴを一緒に過ごそうとユーリとジュディスは約束していたのだ。

この日を休む為にギルドに舞い込む数多くの依頼をこなしてきた。それこそ馬車馬の如く、である。

そしてイヴ当日。夕食の買い出しをジュディスが、食後のデザートの仕込みをユーリが担当している最中に事件は起こる。







「……カロル?」

「っ、ジュディス!?」

 買い出しも終わり足早に帰路に着くジュディスが半べそをかきそうな、今にも泣き出しそうな自身の所属するギルドの首領である少年、カロルを見かけたのは本当に偶然だった。

「どうしたの?泣きそうじゃない」

「えっ、あっ……ううん、何でも、ないよ?」

――何でもない筈がない。カロルはギルドの首領として頑張っている。それはユーリもジュディスも、所属する者全てが解っていることだ。だが、まだカロルは年端もいかない少年なのだ。

だから何かあったらカロルを皆でサポートすることは当人の預かり知らぬところでギルドの鉄則として広まっている。

「……良いのよ、カロル。私に言ってみてくれない?」

だからこそ、ジュディスは諭す様に優しく声をかける。カロルは同じギルドの一員であり、何より仲間なのだから。


「……1件だけ、緊急の依頼が来たんだ」


重々しく口を開くカロル。依頼内容はギルドのウリの1つであるバウルによる移動を含めたある街までの護衛。

しかし場所が問題だった。森の奥にある街の為、バウルで近くまで移動し森を抜けなければならない。

自らも仕事を掛け持ちするカロルに追い討ちをかける緊急の依頼……キャパシティを越えるのも頷ける。


「ジュディスも……ユーリも……沢山頑張ってくれたんだ。だから、引き受けた僕が頑張らなきゃ……!」

「……良いの。私が引き受けるわ」

カロルの言葉を遮って、ギュッと抱き寄せ頭を撫でる。


「駄目だよ!だって、今日は2人揃ってのおやすみじゃ……ないかぁ……!」

「駄目よ、カロル」


ジュディスの温もりに必死に堪えていた涙が溢れながらも反論するカロルを強く抱き締める。


「貴方は頑張りすぎよ。だからここは私に任せなさい?」

「じゅ、でぃす……」
「大丈夫。すぐに依頼を終えて帰ってくるわ。だから、そのまま帰ってもいいかしら?」
「うん……ありがとう、ジュディス……」


ひとしきり頭を撫でてカロルを落ち着かせ、件の依頼人との約束の場所へ向かう。ふと空を見上げるジュディス。日は、既に落ちかけていた。







 結果からいえば、依頼は達成した。しかし途中何度か魔物の襲撃に遇い予定した時間よりも大幅に遅れてしまい。

ジュディスがユーリの元へ帰ってきた時、日付空は変わっていた。


「……勝手に仕事を引き受けてごめんなさい」

ジュディスはカロルの名前を出さない。

何を言っても言い訳にしかならないとジュディスは思う。そもそもユーリに何も言わずに依頼を引き継いだのは自分なのだ。あんなに頑張っているカロルを盾にはしたくない。


「ごめんなさい……ユー、リ?」

全てを言い終えるより早く、彼に抱き締められる。珍しくきょとんとするジュディスにユーリは言い放つ。


「手……傷、負ってるじゃないか」

「え……?あぁ、掠り傷だから……」


魔物との戦闘中、多少の傷を負った。だが本当に大したことはない、いつもであればユーリも心配しない程度の傷なのだが。


「……心配したんだぞ?いつまで経っても帰ってこないし……無事に帰ってきてくれて良かったよ、ジュディ」

「ユーリ……えぇ……ただいま、ユーリ……」


愛しい人がこんなにも自分の心配してくれる。それが、こんなにも嬉しくなることなんて。


(こんなに愛されてるのね、私……)

「泣いてるのか?ジュディ……」


ユーリに言われるまで、自分でも気付かないうちに涙を溢していたことに驚くジュディス。スッと涙を拭うユーリの瞳を見つめながら答える。


「……嬉し泣き、よ。貴方にしか見せないわ」


そう言って、口づけを交わした。