博物館に展示されていた三日月少年が消えた。充電式のニッカド電池で動く精巧な自動人形は、盗まれたのか?自ら逃亡したのか?三日月少年を探しに始発電車に乗り込んだ水蓮と銅貨の不思議な冒険を描く、幻の文庫オリジナル!

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水蓮と銅貨は『天体議会』の登場人物でもあります。

2人共、まだ荒削りな感じではありますが、私は本書の方が好きですね。

『天体議会』の方が設定は作り込まれた感がありますが、本書の方が描写や文章に違和感が無くて読み易く、読むのが楽しかったです。

『天体議会』も世界観は好きなのですが、再読してみたら建物や階段の描写に違和感を感じてしまい、しかし本書はそんな感覚はありませんでした。

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基本的な性格は出来ていたらしく、本書では何事も抜け目無く器用な水蓮と、おっとりして仔熊のぬいぐるみを持ち歩く銅貨が描かれています。

水蓮が甘党な所も変わっていませんし、銅貨には仔熊のぬいぐるみというお友達はいましたが、基本的におっとりして水蓮より少し動きが鈍い所も変わっていません。

『天体議会』であった様な心理描写は殆ど無く、悩んだり苦しんだりしない分だけ明るい雰囲気のある物語だったと思います。

電車はゴム印を捺された切符で乗るし、待合室にはコォクスで燃えるストーヴが置かれ、その上には湯を張ったアルミの洗面器が載っています。

レトロで懐かしい世界が舞台となっていて、あまり近未来という感じはしませんでした。

水蓮と銅貨にはそんな雰囲気も良く似合います。

むしろ私個人は本書の世界観の方が好きな位です。

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本書一番の謎は“三日月少年達はどこへ漂流して行ったのか?”になりますが、『天体議会』の三日月少年が“南”へ行った様に、彼等も南へ旅立ったのだと思います。

巻末にある解説の様な考え方もあるとは思いますが、私は水蓮が何かを知っている事を匂わせている様に思えてなりません。

その解りそうで解らない、想像力さえ働かせれば手の届きそうな謎がまた面白いのですが…。

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食事のシーンが本当に多い物語でした。

作品上で時間にして殆ど経過していないにも関わらず、水蓮も銅貨も旺盛な食欲で食べる食べる…。

その料理が無国籍で、どの国の料理なのかは全く解らないのですが美味しそうで、読んでいるだけで幸せな気持ちになりました。

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知らない町を仲の良い相棒と一緒に旅するだなんて、読んでいるだけでわくわくします。

この時期の長野まゆみの本にある様な文明が進んだ余りに逆に無機質になる、という雰囲気では無く、レトロで懐かしい物語を味わっている様な感覚になります。

長野初期作品では文句無く私はベストに挙げます。次点は『夏至祭』。





「三日月少年は本当は盗まれたのではなく逃亡したんだよ。」