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Many Classic Moments 34



*まとめ*






 「──お取り込み中のとこ悪いんだけどォ、お二人さん」

 ひどく聞き慣れた、それでいて最近は不自然なほど聞いていなかった飄々としたその声音。
 二人そろって振り返れば、月明かりを背にして立っている銀時の姿がある。軽く頭を掻きながら、平然とこっちを見てくる様子はいつもと全く同じだった。

 だからこそ、高杉も新八も身体を硬くせざるを得ないような、一種の底知れなさを伴って。


「……銀時」
「銀さん」
「ちぃっとばかしツラ貸してくんね?高杉クン」

 高杉と新八がほぼ同時に言う声に被せて、銀時が淡々と問うてくる。そのセリフには、言われた高杉よりも先に新八の方が顕著に緊張を隠せない。

「あ、新八は外してくれると助かんだけど。つーかどっか行ってろよ新八は」
「あの、でも、ケンカはだめですよ銀さん。桂さんにも言われてたでしょ?」

 新八は銀時を取り成すようにして見てくるが、銀時に触れることにまだ抵抗があるのか、高杉に触れたようには銀時に触れられない。あたふたとしながら、銀時と高杉を交互に見てくるだけだ。
 以前なら気安く触れてきた筈の新八のその態度は、銀時にひどく剣呑とした声を出させた。だいたいにして、高杉に寄り添っていた新八の姿だけでもイラっとせざるを得ないのに。

「わーってるよ。ケンカはしねェよ、したとしても殺し合いとかじゃねーの?」
「いやもっと悪いでしょうが。そんなん始めるんだったら僕はここを退きませんから」

……なのに、不機嫌丸出しで言い放った銀時なのに、新八はそこには構わずにここを退かないと言う。まるで高杉を庇うかのように、ずいっとこっちに足を踏み出してくる。これは勇敢と言うよりは、例の命知らず──要は、身体が勝手に動くことを止められないに違いなかった。

 以前銀時にブン投げられた時はまるっきり何の抵抗もできず、坂本の助けが入るまでは赤子も同然だったあの新八と、同一人物であるにも関わらず。



「……お前さあ、新八」
「ハイ」

 そんな少年を見ていたら、ほんの微かにだが銀時の力も抜けた。限りなく『本物のバカだわこいつ』的な意味合いではあったが、力なくヒラヒラと手を振る。

「まあいいや。分かったよ、ケンカも殺し合いも極力しねーよ。だから高杉と二人にして」
「うん……分かりました。高杉さんは?」
「……別に構やしねェ」

 銀時の肩から力が抜けた事を悟ったのか、高杉からも確認を取った新八は、何度も何度も後ろを振り返りながらその場を辞した。幾度となく後ろを確認しては何かを言い掛け、しかし歩み、だけどまた後ろを見てくる姿を見ていれば後ろ髪を引かれること山の如しな心境は察するに余り有るが、

銀時も高杉も、今はそんな少年は限りなくどうでも良かった(お前たち)。




 「俺に何の用だ銀時」

 会話の口火を切ったのは高杉だった。新八の手当てのおかげで少しだけ腫れのひいた左頬に指を添え、銀時をチラと見る。

「あれ?どうしたの、てめえのその顔。色男が台無しってか?」

 果たして銀時もすぐにその異変に気付いたらしく、いかにも意地悪くニマニマと笑った。ぷぷー、なんて擬音がよく似合う、ふざけた笑みが満載の表情で。

「ふざけんな。……ヅラにやられた」

 そんな銀時から目を背けて、高杉は舌打ちした。今だけを取り繕ってどう隠そうとも、時が経って明日の朝にもなれば皆にバレる事である。ならば銀時に敢えて隠す必要もなし、と踏んだ事実は凶と出るか吉と出るのか。

「ああ。なるほど。冷静に見えてヅラも怒ってた訳ね、てめえが新八に手ェ出してた事に」
「……テメェは何が言いたい」

 銀時の表情はまったく読めない。新八との関係だとてあくまでも淡々と言ってくるものだから、思わず流しそうになる。しかし高杉はそこで止め、目の前の男を強く睨んだ。
 促された銀時が、ぽりぽりと頬を掻く。


「んー。言いたいことは山のようにあんだけどよ。とりあえず、何で新八だよ。何でもいいなら、誰でもいいなら、新八にいく必要なんてねーじゃん。新八がそういうの無理なの知ってんだろうが」


 言い終わった瞬間、夜風がびゅううと二人の間を吹き抜けていく。上弦の月に照らされて、銀時の髪が不思議な色合いに光る。だけどその紅色の瞳はまっすぐこちらを見ていた。まっすぐに高杉を見据えたまま、銀時は尚も続けた。

「どれだけ歪に始まったとしてもよォ、てめえがどんだけクズでも、一回始まっちまったら新八はもうてめえを突き放せねェに決まってる。あいつはそういう奴だよ。自分の前に怪我してる奴が居たら手当てしに行くし、泣いてる奴が居たら問答無用で涙拭きに行く。だからてめえみてーなクソでもとことんまでは嫌えねえ。側にいようとしてくるし、むしろ理解しようと努力する。あいつってそうだよな、いっつも自分のことなんざお構いなしっつーかさ。とことんまでお人好しっつーか……そういう奴だろ、新八は」


 悔しいが、新八との繋がりだけを見れば、高杉よりも銀時の方にずっと確かなものがある。それは『護』に関する姿勢もそうだし、事実、銀時の方が新八をよく知っている。銀時はよくよく、“志村新八”という少年の人間性を理解している。

 だってこの言い草に、銀時が新八のことを語るセリフに間違ったところなんてひとつもないのだ。万にひとつも。


 だから高杉も認めざるを得ないのだ。

「ああ……まあな」

 渋々頷くと、それ見たことかとばかりに銀時がニンマリと笑んできた。それはもう秒速の勢いで。

「って事で返してくんない?」
「何をだ」
「とぼけんなよ。新八に決まってんだろ。マジ返せ」

だけど即座に言われた事には、どうしたって首を縦に振れない。

「あいつはテメェのもんじゃねェ」
「俺のだよ」

 何の躊躇いもなく独占欲をぶつけられた事は、正直なところ高杉には衝撃だった。勝負の如何は別として、常には何事にも淡白と言うか、物欲などはなきに等しい銀時が、新八の事になるとこうまで言い切るのかと。銀時にとっての新八はこうまで譲れない部分なのかと、認めざるを得なかった。

 しかしそれがどれだけの衝撃だろうとも、高杉は揺らがなかった。

「ざけんな。テメェにやれる筈あるか」
「何その言い草。どうせオモチャ扱いしてたんだろ?適当に脅しつけて言うこと聞かせてよ。そんでお前の事だから、ネチネチネチネチやらしいことを……ってやべえ、話してたら凄えムカついてきたわ。とりあえず一発殴らせろや」

 話すうちに苛立ちが再沸騰したのか、銀時の手が高杉の胸ぐらに伸びる。だが高杉は掴まれたまま抵抗しない。その代わりに、低く笑った。


「……本当にあいつの事を玩具扱いして、ずっとモノみてェに扱えてたら多分……ここまでややこしくなってねェよ」
「は?」

 素っ頓狂な声を上げたのは銀時だ。高杉の胸倉を掴み締めたままで、ひどく忌々しげに紅い目をすうっと細める。

「お前、何?マジに新八に惚れてんの」
「だったらどうするってんだ」

 直ぐに言い返した高杉に、銀時がギリっと歯を噛みしめるのがよく分かった。月明かりの下で、その紅い瞳が剃刀のように鋭く残忍に光る。

「……色んな意味で殺すけど」
「結局そこじゃねェか、このケダモノが」
「いやてめえこそな。お前に言われたかねーし」

 高杉の罵倒のセリフをそっくりそのまま打ち返し、銀時は再度歯噛みした。血の滴るような声でぶつぶつと呟く。

「ふざけんなよ。マジありえねーよ。何で新八だよ。そんで……何で新八もてめえなんかが」
「?」

 だけれど、その呟きの意味が高杉には分からない。銀時と桂がどんな会話をしたかも分からぬのだから、致し方ないことだ。

 でも次にはもう、ひゅんっと空を切った銀時の拳が己の右頬を掠めるのは分かった。頭より先にその感覚だけは身体が察知したのか、それとも何百何千と身体に叩き込んできた感覚そのものだからか、頭で考えるより先に本能は鋭敏に察知して、銀時の拳を避けていた。
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