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Many Classic Moments 36




*まとめ*




「いいんです高杉さん、もうカッコつけないでください。誰だって殴られたら痛いんです。それで……拳同士のケンカってね、殴った人も痛いんですよ」

 新八は訥々と喋りながら、傍らに立つ銀時を静かに見上げる。そんな少年の視線から目を逸らし、銀時は黙って息を吐いていた。それがひどく不貞腐れたような、ガキの頃と何ら変わりのない顔をしているのは、ひっくり返ったままの高杉からも窺える。

「ね、二人とも。落ち着いて」

 高杉の額に手を置いたまま、銀時にも静かに言った少年の声は凛と澄んでいた。本当に気分を落ち着かせる効果のあるような、不思議と静謐な声音。

 なのに、

「てか凄い顔ですね、高杉さん。本当に痛そー……」

二重に腫れた高杉の左頬を触ってくる指先がごく自然に動くから、高杉は痛みも相まってつい剣呑とした声を出してしまう。

「触んな。痛え」
「あ、ごめんなさい。思わず」

 バシッと強く振り払われたにも関わらず、新八は全く気にしていない。にこっと笑ったぐらいにして、また高杉の額にそっと指を添えた。
 そんな二人を見てもいられなかったのか、銀時はもう何も言わずにくるっと踵を返した。そのまま後ろも振り返らずに、てくてくと歩き去って行ってしまう。

「銀さん!怪我の手当てはいいんですか?」
「いらねーよ。別に俺は大したことねーし」

 その後ろ姿に新八が声を掛けようが、もはや取り付く島もない。ぱっと見の外傷だったら高杉の方がひどいことはひどいが、いつもであれば軽い怪我でも新八には見せてくるのが銀時なのに。


 何だかその無言の背中がまだ自分を拒絶しているような気がするから、新八の胸は不意にチクリと痛んだ。





 「……僕が仲裁に入ったのは、余計なお世話でしたかね」

 銀時が去ってからしばらく経ち、ようやく新八は口を開いた。まだ膝には高杉の頭を乗せているが、思った以上に高杉が退いていかないので先程からずっとこのままでいる。

「分かり切ってる事を聞くんじゃねェよ」

 そんな、少し声のトーンを落として悄気た雰囲気を纏う少年を、下から見上げた高杉が微かに笑う。だって今の新八の顔ときたら。
 この諍いの当事者である銀時や高杉より、新八の方がよほど悲しげで切なそうだ。

 常日頃からして表情豊かなこともあろうが、そこはやはり新八の人間性の如何だろう。けど高杉に笑われた事で、新八も少しだけ気分を持ち直したらしい。

「あ、やっぱり。でも何でまたケンカを……何の理由で?」
「……テメェ、それすら知らねェで止めに来たのか?自分を殴れなんて啖呵切っといて……銀時にまたぶん投げられでもしたらどうする気だ。テメェ簡単に吹っ飛んだんだろうが」

 キョトンとした顔の少年に、今こそ盛大に呆れ返るのは高杉の番だった。何の因果で高杉と銀時が殴り合っていたかも分からず、新八は止めに入ってきたらしい。巻き添えを食らうことも厭わず、しまいには自分を殴れだのと盛大に啖呵を切ったくらいにして。

 そんな少年を立派だと、見上げた侍根性だと賞賛する向きもあろう。だが高杉はそうは思わない。むしろ呆れ果てたバカだ、と情け容赦なく思う。
 俺の周りにはつくづくバカばかりが揃ってやがるなァ……とも、自分を棚に上げてやれやれと嘆息する(晋助っ)。


「テメェ……本当に馬鹿だな。単なる馬鹿どころじゃねえ、大馬鹿だ。つくづく分かっちゃいたが」

 そして思うだけに留まらず、高杉は口にも出す(だから晋助っ)。

「いや、何ですかそれ。ムカつくんだけど、そのやれやれ顔が腹立つんだけど」

 未だ自分の膝を独占中の男に向け、素直なムカつき顔を見せるのは新八である。こっちを大馬鹿だのと言う割に頑なに起き上がろうとしないとは、一体どう言う了見か。

 だけどその新八だって、高杉を無理に退かそうとしないのだからおあいこなのだ。


「でも、理由は分かりませんけど。高杉さんが……その、銀さんが言うほどは手出ししてないようにも見えましたから。銀さんに一方的にやられてるみたいな。あ、いつもと比べてですけどね。いつも比較で」

高杉の髪をそうっと撫ぜて、静かに話す。

「……それに何か、色々理由つけるより先に飛び出してたんです。身体が勝手に動いて」

 そして、言い終えてから笑った。

 清々しいようなその笑顔。どこにも混じり気なく素直な言葉に、自分をいっさい置き去りにして飛び出してきた、その向こう見ずな無鉄砲さに、高杉はふと先ほどの銀時の言葉を思い出したのだ。


 『新八ってさ、そういう奴だよ』。




「ああ……そうか。テメェは“そういう奴”だったか」
「?」

 呟いて、高杉はようやく身体を起こした。言われた新八は訳がわからなかったらしく、小首を傾げている。
 でも、もう高杉には理由を口にする時間もなかった。そんな短い手間すら惜しんで、目の前の少年をぐいと抱き締めた。無性に今、抱き締めたくてたまらなかった。

「わっ」

だから驚いた新八の顎をついと持ち上げて、キスをした。



「あ……き、傷に沁みますよ」

 一回唇を離した後で、尚もキスを求めてこようとする高杉を赤い顔で押し戻し、おずおずと新八が言う。でも囁くようなその声に、高杉を抑止するだけの力はない。

「どうでもいい」
「……ん」

 ちゅっちゅっと二度三度とキスをしていると、新八の身体からも徐々に力が抜けてくる。ふわりと蕩けて、脳髄から甘く痺れていくような感覚。
 好きな人に求められるこの感覚が、こんなに気持ちよくて、こんなにも愛しく、なのにこれほど切ないのだと、新八も十六歳で初めて分かった。生まれてはじめての恋をして。


 恋しくてたまらず、新八は高杉の背に縋り付くようにして腕を伸ばした。


「高杉さん……」



(ねえ、僕はあなたが好きです)




「……あの、高杉さん。僕のこと、」

 何度目かのキスを終えた後、地べたに座り込んだままで、新八は決死の覚悟で高杉の顔を覗き込んだ。

「あ?」
「……いえ、何でもないです」

 なのに、何でもないような顔で見返されると、もうその覚悟は急速に萎んでいった。何故なのか急に怖くなった。
 好きだと伝えて、俺もだと返して貰えるばかりが世の道理ではない。ならもうお前は要らねえ、と言われる可能性がないなんて誰にも言い切れない。高杉が新八を手放す未来が来ないなんて、たとえ高杉にそのつもりがなくても運命が二人を分かつ日が決して来ないなんて、そんな事は誰にも分からない。

 高杉が自分をどう思っているのか、どうしても新八には分からないからだ。だから言おうと思っていた気持ちだって、咄嗟に隠すことしかできなった。


 「……ねえ、この顔で明日も鬼兵隊の総督やれるんですか?闘い終わった後のボクサーみたいになってますけど」

 従って、新八はそっと笑い、高杉の腫れ上がった頬を撫でることしかしなかった。真実を隠して、この胸の痛みを堪えて笑うことしか。

「当たり前だろうが。俺以外に誰ができる?誰にも鬼兵隊の総督を譲る気はねェ」

 高杉はもういつものようにフンと鼻で笑うだけだ。横柄な口振りがもう戻ってきたことには、新八だって安心と呆れを半分ずつ混ぜて言い返すくらいしかできない。

「そうでしたね。そういう人でしたね、アンタは」
「……テメェも、誰にも譲らねェ」


 囁かれた言葉は、半分キスに溶けていた。







 (高杉さんは僕のこと、好きですか?)


 考えるだけならこれほどに簡単なのに、そのひと言が出てこない。キスされながら感じるこの衝動を、胸の痛みを、青々と輝く月が静かに照らしているばかりだ。



 あなたが好きだと、高杉さんが好きですと、
いっそこの夜に言えていたら、どれだけ良かったか分からない。なのに言えずにいた自分は愚かだと、本当に馬鹿だとどれだけ後悔したかも分からない。


 だって、そう言わなかったことを死ぬほど後悔する瞬間が後々来るなんて──まだ、この時の新八には分からなかった事だから。




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