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Many Classic Moments55

*まとめ*




 簡単な食事や風呂を済ませた後はすぐに医師が呼ばれ、新八の身体をすみずみまで診察してくれた。


「信じられないですな。三日間意識不明でいて、唐突に目覚めるなんて……まさに奇跡ですよ」


 医師の驚きの表情は、新八の身に起きた事態の特異さを雄弁に物語っていた。年老いた医師は何回も何回も頷きつつ、翳したライトの光で瞳孔反射を確認したり、新八の身体を検分するのに忙しない。だけれど最終的には落ち着いたのか、居住まいを正し、最後は布団に起き上がった新八の顔に手を添えてじっくりと見つめる。
 その診察の様子を注意深く見守るのは、部屋に残った銀時と桂だった。高杉やら坂本の姿は今はない。

「しかし本当に良かった。良かったしか言えませんよ、身体中の怪我は多いですが意識の混濁も見られませんしね。あとはゆっくり身体を休めて栄養を摂って……」

 医師は新八の顔を見た後で、新八の横合いに控えた桂と銀時にゆっくりと目を向けた。ふうう、と長い長いため息を吐いて。

「でも元より、この子の気持ちがそれだけ強かったということなんでしょう。目覚めることへの執念というか、その雑草の如き反骨精神と言うか、踏まれても折られても決してめげないど根性と言うか……。つまりは雑草ですよ!その強くしぶとく、しなやかで逞しい心根に勝るものなしです。それにどこでも芽を出せるしね、雑草ならね」

 少し興奮気味に喋る医師の言葉は、新八の身に起こった奇跡、だけど実際に起こり得た奇跡をつくづくと讃えたものだった。持ち前の新八の気持ちの強さも褒めてくれる。だがしかし、言うに事欠いて雑草扱いとはこれいかに。

「いや先生、言うに事欠いて雑草って。ありがたいようなありがたくないような、僕的には微妙なお言葉なんですけど。何それ、アスファルトに咲く花にもなれないのかよ僕は」

 診察ではだけた単衣の合わせを直した新八が、何となくジト目になるのも致し方ないという話だ。それを横目で見ながら、銀時がいつものように新八の頭をわしゃわしゃ撫でる。

「ばっかお前。普通に考えたら新八が花の筈ねーだろ?つか今回だってお前の雑草根性で助かったようなもんじゃねーか。雑草ミラクルじゃねーか、まあ美人薄命って言うしな。それ考えたら、新八はまだまだ生き長らえられるわ」
「おいィィィィ!!それどう言う意味ィ?!雑草にも僕にも失礼すぎるでしょうが!」
 
 何やらしたり顔でとくとくと話し始めた銀時に、素早くツッコむ新八である。何しろ三日というブランクなど全く感じさせず、目覚めてすぐにいつものスタイルに早戻りするのが銀時と新八の二人だからして。

 でもそんな二人を前に、医師は懇々と話し出す。

 「いいですか少年。あなたは念のため、二週間は最低でも養生するんですよ。身体はピンピンしてますが、まだどこかに後遺症が残っていないとも限らない」

 枕元に備えられたたらいの水でぱしゃぱしゃと指を洗うと、くるりと新八に向き直った。次いで、横合いに居る桂に目を留める。
 “後遺症”という言葉の持つ重みには、さすがに新八だとて伝家の宝刀であるツッコミを控えざるを得なかった。

「はい……」

しおらしく頷く新八を笑顔で見やり、医師は退出して行く。
 これからしばらくは毎日の診察があることだろう。そして暫しの養生が絶対に必要である。身体の傷は浅い傷ばかりだが、何しろ新八は三日も意識不明で居たのだから。

それでも新八は助かったのだ。命と意識をギリギリで繋いで、されどギリギリでもこちら側に踏み止まれた。銀時や桂や坂本、そして高杉の近くに。

 それを考えていれば、新八はようやっと己の境遇を噛みしめる事ができた。目覚めたばかりの時は何が何やら分からず、しかも高杉にあんな形で己の気持ちを告げてしまったというパニックでどうしようもなかったが、今ならようやく受け止められる。自分がどれほどに幸運かということを。
 新八がしばし何も言わずに感じ入っているのを察したのか、次に銀時が放った声もどこか優しかった。

「お前ほんっと悪運強えよなあ、新八。生きることにどんだけ執念燃やしてんだよ。でも……マジに良かった」

 新八の頭を片腕で抱いて、抱き寄せる。その声。『良かった』という言葉。たった一言に集約された想いが、そこには溢れている気がする。銀時が新八のことをどれほどに心配したのかと。
 だから銀時の胸にぽすっと頭を預けて、新八も静かに口を開いた。

「うん。ごめんなさい、銀さん。僕……銀さんにも高杉さんにも、桂さんにも坂本さんにも多大なるご迷惑をかけて」
「そういうこと言ってんじゃねーよ。お前が高杉を庇って落ちたって聞いて、マジ高杉の野郎をぶっ殺そうと何回も思ったけどよ……でもお前とさ、またこうやって話せたらどうでも良くなっちまったわ」

新八の謝罪の言葉に銀時は声もなく笑う。そしてやっぱり新八を抱き寄せたままでいるから、新八も自然と横を見上げた。いつものように慣れた口調で呼び掛ける。

「銀さん」
「新八」

 うん、バッチリだ。いつもの自分たちのレスポンスに相違ない。『銀さん』と自分が言えば、銀時は『新八』と答える。その阿吽の呼吸。ピンチ時における『銀さんんんんん!』『新八ィィィィ!!』でもいいけれども、こんな風に穏やかな時の中で互いの目を見て、しかと言い合えるのも心地よい。

 ……だけどそのままの格好でしばらく経ったところで、新八は少し疑問に思った。ほんの少しだけ。


「……え、銀さん?」
「ああ。何だよ新八」
「そろそろ離してよ銀さん」
「え?何て?聞こえねーよ新八」
「いや嘘だろ銀さん、現に僕は今アンタと至近距離で会話してるんだけど」

 新八は少し首を傾げるも、銀時はなおも優しげに返答を寄越すだけだった。何故なのかきらきらしいものを背後に爽やかにチラつかせながら(オイ似合わない)、やはり新八をきゅっと抱き寄せたままで。

「あの、もういいですよ?分かりましたよ、僕が銀さんに心配をかけたことは。ごめんなさい、だから離してください」
「何言ってんだお前、心配かけたとかそんな事気にしてんじゃねーよ!ばか!俺とお前の仲だろ?!」
「いやだから、僕と銀さんの仲だから素直に言ってます。もういいから、分かったから離してくれませんか」
「…………」

 真顔で言い募る新八の身に、どうしてか黙りこくった銀時の腕がさりげなく回る。何故かさっきより強く抱き締められれば、新八はいよいよ慌てざるを得ない。

「ちょ、もうギブですよ、ギブ!苦しいから!また今度にしましょうってば!」
「つれないこと言うなよ新八くぅん」

 普通に考えれば、新八の力で銀時を引き剥がせる訳はない。銀時にしてみればおふざけでも新八は常に必死である。がっちり抱き込み拘束してくる腕を何とか剥がそうと必死の攻防である。
 だがしかし、この場に居るのは銀時と新八ばかりではないのだ。その証拠に、ますます慌てた新八を救う手もあった。

「何をしてるんだ銀時。高杉にどやされるぞ」
「いって」

 すかさずビシィッと銀時の後頭部に手刀を食らわせ、桂が言う。厳しい手刀なんてかましたのにも関わらず、相変わらずの涼しい顔をして。
 その容赦ない攻撃を食らった後ろ頭をさすりさすり、銀時はキョロキョロと部屋を見渡した。

「つーか、その野郎は?さっきから居ねえけど」

 高杉のことを言っているのだろう。確かに、さっきふらりと部屋を出て行ってからはとんと姿を見かけていない。
 それに笑って答えるのは桂だった。いかにもやれやれといった顔付きだ。

「新八くんの部屋を出て自室に入った途端、倒れ込むようにして寝たぞ。何しろ奴も三日は寝ていない。お前もさっさと寝に行け」

 三日ぶりに安心できれば眠気も襲う。緊張の糸が切れた瞬間に寝落ちするなんて、無敵の十代の特権とも言えよう。高杉は自室に入った途端、ほぼ気絶する勢いで寝てしまったらしかった。

 桂に促され、銀時もまたようやく眠くなったのか、ふわあと呑気にあくびをする。
 
「ハイハイ。じゃあまたな、新八。夕方頃会おうぜ」
「はい。ありがとう銀さん」
「俺ももう行くからな、新八くん。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます、桂さん」

 
 銀時と桂が出て行けば、あとに残るのは新八ばかりとなる。でも三日間もぶっ続けで眠っていたせいか、新八自身は全く眠気はなかった。何ならまた何か食べたいほど食欲は旺盛だし、誰かと話したいくらいなのに。

 だから、二人が出て行った部屋の中に残された新八はと言えば、全く眠くならない頭を持て余し気味に布団に押し付けるくらいが関の山なのだ。



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