[Springreport]
■零れ桜

 この国において春と問えば「桜」と答える者は多い。
 学園にも、事務所の寮にも、マスターコースにも。生まれてこの方、桜を目にしない春などなかったといえるくらい。四季や花のうつろいが情緒五感に与えるは、表現にも大いに役立つ。というのは表向き。単にいろんな場所で花見をしたい早乙女さんが適当に植えたのだろう。

 今年で誕生日を祝うのも四度目だ。

 一度目は学園に入ってすぐに迎える音也の誕生日。
 初めての誕生日は同室になりたての頃で、挨拶においてずけずけと『俺の誕生日4月11日、おうし座』などというから、なるべく穏便に学園生活を終えたいこちらとしても、当日は波風立たせぬよう、「おめでとうございます」とだけ言った記憶がある。どちらにせよ、一年しかないこの学園生活で、来年はそれを言う機会があるかすらわからない。
 数日前に自分から名乗ったにもかかわらず「覚えてくれてたの?」と破顔したことに、意味の分からなさを覚えたのも今思い返せば、きっかけの一つだった。祝い事より仕事を選ぶ生活が長かったからか、誕生日をこうやって自ら主張する気持ちが、その時はわからなかったから。

 二年目は同期と賑やかに祝った。学生寮を出て事務所の寮へと移った。これからまた一年、そしてST☆RISHというグループといて足を踏み出す第一歩目は、この場所からだ。どうしてもこのメンバーで歌いたい、卒業オーディションとグループの作曲家として一人で立ち向かい、ことを成し遂げた七海さんには感謝しきれない。卒業前に、ユニットという形で曲を発表するのは異例の事態だったあの日から一か月。奇跡のような虹の中に、音也もいる。
 存在自体が年度始まりのような男だ。一番手がよく似合う。去年の今頃は、この相手とはこれきりと、当たり障りのない祝辞を送ったものだと、しみじみ思い返した。
 無理もない。僅か一年ばかりの付き合いで、こんなにも大きな存在になるとは思っていなかったのだ。今までそんなこと経験したことなかった。鮮烈に焼き付く赤には、妬みも羨望も喜びもすべて吸い尽くされた。聖川さんやレンのように、翔と四ノ宮さんのように、元より互いを知るわけではない相手だ。この世で一度としてすれ違いもしなかっただろう。この学園ではじまり、今もお互いの意思のもとここにいる。二年目のおめでとうという言葉には、まっすぐ一十木音也という人間い向けるものだった。

 三年目は、プロのアイドルとしてデビューするにあたり、マスターコースの先輩方との生活を課題とされた。先輩の承認を経てのデビューである。それぞれに学園長から追加審査として渇せられたのは、それぞれの課題をクリアできるか。
 運命のいたずら……否、早乙女さんの考えがあってなのだろう。きっと。またしても音也と共に過ごす生活が始まった。
 ただし、2人きりではない。マスターコース。我々の指導者となるのは、寿嶺二という男。
 三度目の誕生日は、賑やかさが増した部屋と、寿さんの生家の名物、唐揚げの匂いを共にして祝われた。このころはデビューをかけての最終関門であった。いよいよと、気の抜けない状況が、少し心の余裕を奪い取るころだった。
 寿さんの子役として活動はもちろん目にしていまいた。実際に共演経験もあったので、その恐ろしさは十分理解しているつもりではあったが。いざ自分の先輩として、マスターバッジを受け取るまでの日々を思い返しても、彼が培ってきたものの大きさを体感した。
 己の至らぬ部分がまざまざと見せつけられ、もがく日々であった。
 寿さんと役のオーディションで対立したとき、音也が、笑えなくなった時、全てを思い返すには時間が足りないと思えるくらい、濃密な日々だった。

 その中に絶えず目に焼き付くのはこの男だった

 出会った当初よりぐっと大人びた横顔を、横切る桜の花びら。
 まもなく四度目の誕生日。寮での生活も終わり、今見上げる桜は、音也が一人暮らしと構えた場所の近く。川辺に生える桜の木の下。
 私はHAYATOではなく、一ノ瀬トキヤという一人のアイドルとしてデビューする。
 その傍には、もはやなくてはならない存在となった。

 桜の花びらに目を奪われた男は、視線と共にそれを追う。傾げた首筋の、覘いた首筋の無防備さにザワリとした。 浮いた筋をなぞるように、一枚の花びらが襟首に滑り込む。それに気づいているのだろうか。
 気づいていなかったのは、私の方だ。
 いつの間にかこちらを見つめる瞳に。