という訳で本編っ。
「ん?一体誰かな……」
無機質な電子音が、セルゲイ・ヴィルボルフスの屋敷を後にしたばかりの青髪の少女が片手に提げるバッグから鳴り響いた。
面倒くさそうにバッグを漁りながら携帯を取り、画面に標示される相手を確認すると僅かではあるが少女の表情に変化が生じた。
「あ、もしもし?丁度良かったよ。僕の担当してた錬金術師の件だけどさ、例の黒いお兄さんが出てきたから今回も失敗になると思――え?」
携帯から聴こえた相手の言葉に少女は眼を大きく見開いた。
「そっか……じゃあ僕は黒いお兄さんに僕の持つ資料が渡る様にすればいいんだね?了解だよ。でも良いのかい?あの資料には僕達に関わる情報が……」
少女は不満そうにしながら、電話先の相手に自分が抱いた疑問、何故敵に塩を送る真似をするのか少女にはさっぱり解らなかったので素直に尋ねる事にした。
「……ふーん、それは確かに面白くなりそうだね。それにしてもさ、そんな事を思いつくなんて本当に嫌な奴だよね?クスクス……じゃあ僕は準備に移るよ、またねっ。」
そう言って少女は携帯を閉じた。
「さて、黒いお兄さん?今まで散々僕達の邪魔をしてくれたんだ。教授程度の"作品"に万が一にも負けないでよね?」
自分のやる事を頭の中で整理しながら、少女はこれから起こる事に嬉しさを隠せない様子で呟いていた。
◇
「なっ……!?」
気が付けば、止んでいた筈の雪がもう少しで"吹雪"と言える程に降り始めていた。
しかし、その程度でアイリスが新たに生成した巨大な8つの火球は炎の勢いを緩める事はなく、真っ直ぐに男へと向かっていった。
向かっていった"筈"だった。
「さっきに比べて数は増えた。だが、そのせいで火球の精霊密度が下がっては意味がないぞ?」
向かっていった筈の火球は、全て男の手前で真っ二つになって消滅した。
「……殺し合う相手にご指導か?まぁいい。その手に持った武器、いい加減に見せたらどうだ?」
アイリスは男の右手を指差しながら言い放った。
無手である筈の男の手の先に、炎が灯されていた。
「言っただろ?私は四大精霊全てと契約を果たしているんだ。まがりなりにも炎を斬ったその武器、熱を帯びていない筈があるまい?その熱を媒介に炎を出現させた。」
「……全く、大したものだな。そんな芸当、超一流と呼ばれる炎術師の技術だぞ?風術、地術、水術も超一流とは恐れ入るよ……!」
男は右手を大きく振るって炎を払う。炎の消えた男の手の先には一振りの刀剣、日本刀が握られていた。
「不可視の魔術を施した武器か……日本刀は、初めて見る。」
「こいつは借り物でな、色々と助けられているよ……今の様にな。」
「さっきあの子を吹き飛ばしたのも、私の火球を斬り裂いたのも、その日本刀か。私に種の割れた手品は通用しない……!」
アイリスの両手には新たに氷の槍と風の刃が、一番最初に放ったものよりも精霊の密度を上げて生成されていた。
「さっき精霊の密度を指摘してくれたな、これなら問題あるまい?」
そう言って不敵に微笑むのを見た男は冷や汗を流した。