ブレイブストーリーをおお振りで妄想してみる。
ワタル→三橋
ミツル→阿部
己の姿を借りた悪しき影を氷に閉じ込めた阿部は、いまにもその胸に己の杖の鋭利な切っ先で貫こうとしている。
「だ、だめ…!阿部くんっ」
そのとき、三橋は持てる全てを込めて叫んだに違いない。
たった一言に、喉が焼けつくような痛みを覚えたから。
この声が届くのなら、例え喉が潰れても構わなかったのだ。
待って。その偽物の阿部くんを傷つけちゃいけないんだ。
だって それは…
鮮やかに蒼く輝く氷上で、ゆっくりと阿部が両手を振りおろす。
その動作を遮るのはなにをもってしても不可能だった。
届かない声。届かない両手。
細く固い杖が重く突き刺さる様子はまるで映画のワンシーンみたいだった。
危惧していた最悪の結末に、三橋が茫然と声も失くし見つめる最中、阿部がゆっくりと何かを確認するように俯く。
「阿部く、っ!」
何も触れていない胸から鮮血がじわりと滲み出す。
真っ白な布地をさぁっと染めあげていく紅は、華が咲いたようで。
糸が切れたようにぐらりと傾き地面に滑り落ちる、直前に間一髪で三橋の両手が阿部の身体を支えた。
「みはし……?」
「阿部くんっ、だだだいじょうぶ?!」
こんな時にすら震える自分の声が情けない。
臆病者の自分は今も声も手も唇もふるえている。
何もできない。ただ、その姿を視界に流すことしか。
本気で案ずる視線に居心地の悪さを感じたのか、阿部はふっと目を反らした。
「かえ、たかったんだ」
「取り戻した……かっ」
ぐっと息を詰めて痛みを堪えるように身を曲げる。苦しげに時折漏らす阿部の吐息は、白く、熱かった。
「あべ、くん!」
阿部の大きな手をひたすら包んで熱を確かめる。
どうか神様、彼の痛みと苦しみをこの身に!
そんな祈りを込めてぎゅっと握りしめた両手が触れた彼の手は、かつてない程冷たかった。
そうだ、ここはこおりのうえなんだ
(だから つめたくてあたりまえ―――)
「ね ぇあべくん。寒い、ね?」
「あ あ、さむ い」
わずかに震える唇が紡ぐ途切れ途切れの言葉には、いつものような覇気がなく、その存在とともに消えてしまいそうで。
だんだんと下がっていく阿部の体温とは裏腹に、上気した自分の温度差がなぜか胸を締めつけた。
なにかが失われていくのは明白な事実だったのだ。
「なくなよ。三橋」
「ほんと泣き虫なやつ」
わらって。
そう言う阿部くんが泣いてどうするの。
彼の涙を見るのは、初めて手を握ってくれた、あの時以来だ。
ねぇ 阿部くん、覚えてる?
あの時は突然のことへの驚きのが大きかったけど、今はこんなにも、
「み、はし」
「…な、なに?」
「わらって」
意識するまでもなく溢れる涙をどうやって止めろというのか。普段から、この脆い涙腺はわずかな感情の起伏で決壊する。自分でも嫌になるほど弱い涙腺はもはや悪癖だ。
三橋の泣き癖を知らないはずはないのに、逆の苦手とする行為を懇願するあたりは本当に意地が悪い。こんな状況で笑えだなんて。
それでも阿部の望みは余すことなく掬いとっていきたい。そう強く思う。
苛立たしいほどに自制の利かない感情をどうにかおさえつけて、くいっと無理やり口角をもち上げてみる。
ぎこちないとわかっていても、これが今三橋にとっての精一杯だった。
「きれ いだ」
阿部はそんな歪な笑顔を見て、すっかり苦しさを感じさせない穏やかな面持ちで言葉に乗せた。
「 うひっ」
阿部がそう望むのなら、こんな不恰好な笑みで構わないならいくらでも捧げるよ。
だから、どうか、
「あべくん…?」
消えないで。
end