「ナナリー、寝ちゃった?」
「あぁ、珍しくはしゃいでいたから。疲れたんだろう」
しかしその疲れは良い疲れだ。
握っていた小さな手を布団の中に入れ、そっと障子を閉じる。
三人の仲とはいえ、俺達は男だからナナリーとは寝室を別にしておいたのだ。
「ふふ、ルルーシュも眠そう」
窓の隣にあるソファでくつろぐスザクが笑う。
学園の時とも違う、何も繕ってない彼本来の笑顔。
優しくて、暖かくて、らしくもなく衝動的にその首に腕を回した。
「っ、ルルーシュ?」
少し驚いた声が、髪を揺らす。
でもすぐにまた笑って、俺の腰に手を当てた。
「立ったままは辛いだろ?ほら、座って」
ぽんぽん、と叩いて示すのはスザクの太股。
「恥ずかしい奴だ」
でも今日は何だか素直になりたくて、スザクに乞われるままに横に座った。
抱きついたまま。
「どうしたの?今日は何だか甘えただね」
「別に」
「そう。でも僕は嬉しいから良いや」
同じ浴衣の袖から出る腕は軍人らしく、しっかりと筋肉が付いている。
その腕は誰かを助ける腕だ。
俺以外の誰かを。
「ありがとう」
「え?」
また驚くスザクに、今度は少し顔を動かして翠の瞳を見つめた。
「ありがとう、今日は楽しかったよ」
まるで七年前の夢を見ている様な、優しくて綺麗な時間。
もう感じる事はないと思った。
俺もお前も誰かの為の嘘をついて、自分を繕って、だからどんなに一緒にいてもあの時みたいな時を過ごせるなんて夢見てなかった。
とても嬉しくて、痛い。
「夢見てるみたいだ」
「夢じゃなくて現実だよ、ルルーシュ」
スザクが笑う。
何の陰もなく、ただありのままの嬉しさを表に出して笑う。
可愛い、愛しい、切ない。
どれも心を波立たせるもので、どうしたらいいか俺は途方に暮れてしまう。
でもそれさえも、スザクから与えらえるものなのだから価値があると思う俺は、相当の末期だろう。
「そうだな」
「ルルーシュ」
まるで綺麗な名前だと言いたげに、スザクが俺の名を口にする。
彼に直接言った事はないが、その言い方は実はとても好きだ。
「泣かないで」
そっと指でなぞられて初めて、俺は自分が泣いている事を知った。
余りに自然に泣いていて、自覚なんて全くなかったのだ。
「不安かい?」
それに俺は首を横に振る。
そうじゃないんだ。
「…幸せ、なんだ」
幸せはただ暖かいものだと思っていたが、違っていたんだ。
「幸せすぎて、どうしたらいいのか分からないんだ」
こんな時間はもうきっと来ない。
約束はしたけれど、それを果たせるかどうかは分からないから。
出来るなら限りある時間全て、お前と過ごしたいけれど。
「僕も幸せだよ」
スザクが少し力を入れて俺を抱き締める。
「君とナナリー。いや、本音を言えば君とだね。こんな風に過ごせるなんて思わなかったから」
凄く幸せだ、まるで溜め息の様にスザクはそう零した。
「きっと一生分の運を俺は使ってしまったな」
だってこんなに幸せなのだ。
幸せすぎて痛いぐらいに。
普段は泣けない俺が、涙を零すほどに。
「そんな事ないよ。だって来年も来るって約束したじゃないか。使ったとしても、一年分だ」
「そうだな。そうだと、良い」
「そうに決まってる。ルルーシュは恐がらないで、ただ享受してれば良いんだよ」
その言い方は、実に男らしくて、まるで昔のスザクみたいだった。
根拠なんてないくせに、でもそう断定されると何故かほっとする。
「大丈夫、ずっと続くよ」
そっと背中を撫でられると、さらに涙が溢れた。
嗚咽だけは何とか出さないように我慢して、スザクにぎゅっと抱きつく。
そうすると、スザクもより強く抱き締めてくれた。
電灯の音以外、お互いの鼓動だけが全てになる。
ゼロとは違って重ならない、けれど聞いていると安心する力強いスザクの心臓。
そして目を閉じると、スザクの唇が俺のに触れた。
慈しむ様に、慰める様に、優しく何度も軽いキスを重ねる。
それだけでも、とても幸福だった。
「ルルーシュ、もう寝ようか。明日もあるから、体力残しておかないと大変だし」
「あぁ」
女みたいに抱き上げられても、文句を言う気は全く起こらなかった。
恐らく、こんなに心が安らぐ時はこれが最後だから。
学園に戻れば、またいつもの俺とスザクに戻る。
日常に帰れば、またテロリストと軍人になる。
それはもう、お互いが決めた事。
あえて何か言おうとは思わない。
「おやすみ、ルルーシュ」
「あぁ、おやすみ。スザク」
だからいつもの様に唇を交わして、俺達は布団に潜った。
勿論抱き締めあって。
まもなく寝つきの良いスザクは眠って、呼吸がゆっくりになっていった。
それは俺を信頼している証で。
また涙が溢れた。
「好きだよ、スザク」
まだ少し湿り気の残っている髪の毛に触れても、スザクは起きなかった。
「ありがとう、誰よりも愛してる」
珍しく俺からキスしたのに、やっぱりスザクは眠ったままだった。
でも、そんなお前が好きだよ
―だから、これがさよならのキスってどうか気付かないで。