ひたすら。ひたすらに言い聞かせた。
しょうがないって。これが当たり前なんだと。
私には愛嬌もなければ、機転がきくというわけでもない。
持っている能力はささやかなものばかりで、とてもではないけれど、人に好かれる要素がない。
だから仕方がない。
誰にどう思われたって。仕方がない。
だって私には、何もないのだ。
就職して、社会人になった。
今までかかわらなかった様々な人とかかわるようになった。
自分は何と狭い人間関係の中で生きてきたんだろうと、最近痛感してる。
そのせいなのか。それとも何か他に理由があるのか。答えを見つけることが出来ないけれど。
私はどうもこの職場の人間からすべからく嫌われているらしい。
私の能力はそう高くはない。
集中力は散漫になりがちだし、こうと決めて走り出したら周りが見えていないし。
指示を一度で聞けるほど、記憶力もなく。理解力もなく。
失敗を繰り返し、それでも何とか仕事についていけるようにはなったのだけれど。
それでも仕上がるまでに時間がかかり、結局私は周囲から置いてきぼりを食らうように、疎外された。
何かものを取ってこいと言われた時。
私はその時が恐ろしい。
私が出て行ったあとで、きっと私のことを酷評してるに違いないと感じるから。
私の失敗を笑い、ダメなやつだとひとしきり話して、私をもう一度部屋に入れるのだ。
従業員に首を切る権限はないので、私が耐えきれず辞めていくことを願っているのだろう。
私が仕事を終えて帰る時。
きっとみんなが私のことをこう話すのだろう「ロクに仕事もできないのに、帰るなんて!」
けれども自分の仕事は終わらせてしまったし、上司に聞いても私に仕事は回ってこない。
そこに居続けるだけも苦痛で、結局私は一人帰宅する。
仕事だけは手を抜かなかった。
ただでさえ能力不足の自分が、そんなことをしてしまえばどうなるか火を見るより明らかだから。
少しでも効率よく物事を進めるために、対価として努力も支払ったつもりでいる。
けれどもそのささやかな行いでさえ、きっと彼らにとっては笑いの種だろう。
たまに、思い出したかのように私と会話をすることがある。
そんな時も。私は怖くてたまらない。
表面上は笑っていても、会話を交わしていても、その中身からすべて、信用できない。
きっと私のことが嫌いだけど、他に話す相手もいないから話に来てくれているのだ。
誰かがいたら、きっと私など見向きもされない。
でもこの貴重な会話の時間に、少し喜ぶ自分がいるのも知っている。
ああ。なんて嫌らしいんだろう。嫌われているのに、わかっているのに、会話を止めることができない。
少しでも気持ちのいいように、私はなるべく言葉を選んで話す。
また声をかけてほしいと、どうしようもなく他人任せの願いを捨てきれないから、私はささやかに祈る。
私にも友人と呼べる人はいるのだけど。
ここに居るたびに、私はそのことにすら自信がなくなってしまう。
本当にあの人たちは、私のことを好いてくれているのだろうか。
私のあまりのふがいなさに、仕方なくかまってあげてる、それぐらいの感覚ではなかろうか。
私が遊びに誘う時、付き合いだからと半ば嫌々出てきてる人が、居るんじゃないか。
考え始めると、その答えがどこにも転がっていないことを私は思い知る。
答えは本人にしか持ちえなく、たとえ本人がこうだと話してもそれが真実とは限らない。
人は嘘をつける生き物なのだ。
私は友人を疑うのが怖かった。
疑った結果、何かを無くしてしまいそうで、恐ろしかった。
だから私は、抱いてしまった疑問の種をそっと箱に入れて鍵をかける。
そして考えるのをやめてしまう。
職場へは、だんだん早く来るようになった。
少しでも仕事を終わらせるために。少しでも一人の時間を作るために。
一人の時間は、心が凪いで、何とも言えず心地が良かった。
たった一人で仕事をする時間を、私はとても好いていた。誰ひとりいない空間を私は求めていたのだ。
ある日、同僚から食事に誘われた。
この同僚は職場のほとんど人間に好かれ、いつだって話の中心に居る。
たまに私にも、話に来る。眩しく強烈な人間だった。
食事をし、酒を私の二倍も三倍も飲み、同僚は私よりもよほどよく回る口で、職場の愚痴を吐きだした。
そこに私の拒否権はなく、私は付き合いついでに注文した一杯を、舐めるようにして飲んだ。
大体の人間関係を把握した位に、同僚は私への評価を語り出した。
「アンタはいい奴だよ。」
「アンタは誰よりも朝早く来て、誰に言われるわけでもなく仕事をして掃除までやって。」
「頼まれごとにも嫌な顔一つしないし、しゃべりに行ってもちゃんと対応してくれるし。」
「だからと言っていいなりになるわけでもなくて、自分でちゃんと考えて対応しててさ。」
「最初はドジだったからあんまり相手しなかったけどさ。」
「付き合い始めたらいい奴だーってだんだん気づいたよ。」
私の心は、ほこほこと暖かくなった。
私の払った努力は、他の人間に対しても認知されていたらしい。
けれども。
「だからさ、アンタはこっち側の人間だよね。」
その言葉に。私は冷水を被ったような気分になるのです。
存在を恥じてはならない。
どこまでが本心で、どこからが打算なのか。
私には判断できなくて、それがどうしようもなく恐ろしい。