生きてることは確率を潜り抜けること。そのように思います。
これは元はキリバンゲッター様への捧げものでして。
んー、…その時はいいと思ってたんですけど。今読むと、ただのヘタレな話ですね。うん。
私的確率論
ちょっとしゃれたバーで飲む。なんてことは珍しくない。
むしろよくやる。
だからこそ狙ったのだけれども。
酒に任せて勢いでしか言えない自分を呪いたくなるけれども。
そうでもしないと延々、ずーっと、このまんま。何てこともありえるから。
それだけはちょっとご遠慮したい。
ありったけの勇気絞って。お酒を飲みに誘った。
「めずらしーわねー。あんたがそこまで酔うなんて。」
「酔いたいときもありますよ。でも、まだほろ酔い加減です。」
「げ。それだけ飲んでて、まだ『ほろ酔い』なわけ?」
そうですよ。そうなんですよ。
酔うまでにかなりの時間とお金を要するので、あまりやりたくなかったんですよ。
最後の最後。奥の手でとっておいたのに。結局使わなきゃいけない、なんて、情けない。
からん、と、虚しさを告げるようにグラスの氷が音を立てる
「酔いにくい性質ですから。きついお酒ばかり選んだんです。」
「きついの?それ。」
「ええ。そりゃぁもう。」
ウォッカですから。
味のいいのなるべく選んでるんで、どんどん飲みますよ。
「ホント、めずらしーわねー。お酒に任せないと、やってられない事でもできた?」
「ええ。本当に勢いに任せないと全然ダメダメで。ああもう僕ってヤツは…っ!」
「ちょ、ちょっと! なんか本気で危なくない?!」
ああしまった。つい本音が。
空になったグラスをもう一度入れなおしてもらう。
「それよりですね。僕は思うわけですよ。」
「ちょっと、だから待ちなさいって。いったい何杯目よ。」
「聞いてもらえませんか?」
凄みをこめた笑顔でいうと、やっと彼女も黙ってくれた。
腹黒いというなかれ。もうこれしか手段は残ってないんだ。
ポケットの中の小さな箱を思い浮かべながら、言葉を選ぶ。
「僕はですね。最近ようやく『自分は奇跡のような確率の上でここに居るんじゃないか』なんて、思うようになったんですよ。」
「……は?」
「だってそうでしょう? 生れ落ちた瞬間から、すさまじい確率を潜り抜けてるんですよ?」
全国にもうすぐ親になろうとする女性がいったい幾らいるか知ってますか?
その中の、たまたま、今の両親が「僕」という存在を生んでくれたわけですよ。
もしもですよ。外国に住んでらっしゃる方や、県外に住んでらっしゃる方が、両親だったら?
「僕」は、ここに居ないのかもしれませんよ?
それって、すごい事だと思いませんか?
小学校、中学校、高校と上がっていく段階で。もしも、今とは違うところを通っていれば?
もしかしたら、まったく別の人生歩いていたかもしれないんですよ?
こんな居心地のいいバーの場所を知らないで、酒の飲み方も分からないまま。
ひょっとしたら、そこら辺のゴロツキになってたかもしれないんですよ?
ヤクザになってたり、なんちゃって殺人犯になってたりもするんですよ?
「どー、思いますか。」
「や、どう思うって…」
おまけにですよ? この会社選ばなかったら、あなたにも会えなかったかもしれないんですよ?
男ばっかの開発部にまわされたりしてたら、マジで会えなかったかもしれないんですよ?!
広報担当に回って、たまたま、デスクが後ろで。
それから、たまたま飲み会で潰れたあなたを会社の仮眠室に運ばなきゃ、今ここに居ないんですよ?
どれかひとつでも、違う道を選択してれば、今の僕は居ないんですよ?
すごい事でしょう?
「ちょっと、聞いてますか?」
「き、聞いてるわよ。」
「ビビリたいのはこっちです。今すぐにでも失神したいですよ。でもですねぇ、こっちも勝負かけてるんで。黙って聞いてください。」
ここからが重要なんですけど。
今まで、こんな途方もない確率を潜り抜けてきたからといってですね。
それも知らず知らずの間に潜り抜けてたからといってですね。
今後もそれが続くとは考えられないわけですよ。
ひょっとしたら、明日、部署が変わってしまうかもしれないですし。
会社潰れるかもしれないですし。
ひょっとしたら死んじゃったりなんか、するかもしれないんですよ?
嫌じゃないですか。そんなの。
僕はナヨナヨしてて、お酒の勢いに任せないと好きな女性に話しかけられない位ボンクラですけど。
ボンクラもボンクラなりにがんばってみようと思ったんです。
この先も奇跡みたいな確率が続くかどうかなんて、ボンクラにはわからないんですよ。
だから、とりあえず、現状で打てる最上の手を打っておこうじゃないかと思うんです。
僕は約束って言うのはいざと言う時には、ものすごい力を発揮すると思うんです。
だから、もしかして悪いほうの確率を当てたときなんかでも『約束』してれば何とかなる。
そう思えるわけですよ。
だからですね。いいですか?
「ちょっと、何で下向いてるんですか。」
「あんた。どの面下げてそんな恥ずかしいこと…。」
「恥ずかしくなんかないですよ。ボンクラなりの精一杯の努力なんですから。」
「飲み会で潰れたことないくせに。わざわざこんな所で酒の勢いなんて。卑怯よ。」
「わざわざ潰れてまで言おうとしてるんですよ。いーですか? 聞いてます?」
「ああもう! 聞いてるわよ!」
だからですね。
僕は僕なりに必死で考えたわけです。
ものすごい必死で考えました。
どんな約束がいいんだろうと。
そんな、お付き合いも何にもない、同じ会社の同じ部署に居るというしか接点のない、あなたですよ?
いきなり何言うか。で、一蹴されたくないんですよ。
だから僕のできる最大のアピールをしました。
なるべく、あなたの視界に入るように動きましたし、印象に残るような行動もしました。
それから、さりげなく食事にも誘いましたよ。
そんときから、段々言っていけば良かったのに、僕って奴は言うに事欠いて仕事の話ばっかりで。
それでもあなたは嫌な顔せずに誘いを受けてくださるし。僕の話を笑って聞いてくれる。
失敗しても、情けないところを見られても、貴方はちっとも変らなかった。
脈がないのか、それとも期待するべきなのか。もうどっちがどっちなのか混乱してきまして。
僕はそれでも、諦めたくないんです。僕はあなたがいいんです。
すみません、強硬手段です。
何もかも、段階ふっ飛ばして言いますよ?
常識なんて、そんなもん知りません。
良いですか。ここまで言ってるんですから、もうすでに何言うかわかってますよね?
だからですね――――。
だから、彼女の指には僕からの指輪が光ってる。