【逆ソクラテス】
「自分が正しいと信じている。
ものごとを決めつけて、それもみんなに押し付けようとしているんだ。
わざとなのか、無意識なのか分からないけど。」
久留米という教師は明らかに、生徒の草壁に対して見下した態度を取り、そして担任という立場を利用して草壁をクラスで孤立させていた。
久留米の卑怯な行いに腹を立てた安斎は、草壁を真っ向から助けるのではなく、草壁自体に自信を持たせて久留米を跳ね除けようと画策した。

「『僕は、そうは、思わない。』」
決めつけて偉そうにする奴に負けない方法は、この台詞を言うべきなのだと。
落ち着いて、ゆっくりと、しっかり相手の頭に刻み込むように言い返すべきなのだ。
「君の思うことは、他の人に決めることはできなんだから」と。

久留米の先入観を崩すことは、草壁のためではなく、後に続くまだ見ぬ久留米の生徒のためになるのだ。
結局草壁は、学校に来た野球選手の「素質がある」というお世辞を胸に刻み、本当に野球選手になった。

【スロウではない】
変な時期の転校生、高城かれんはわざと目立たぬようにクラスで振舞っていた。それが気に触ったのか、クラスの中心人物である渋谷亜矢にいじめられる。
しかし高城かれんは相手にしていなかった。それがまた気に触るのか、どんどんいじめはエスカレートし、とうとう高城かれんの持ち物であるロケット付きのペンダントを渋谷亜矢は取り上げ踏みつけた。
「何かあってから後悔しても、どうにもならないから。いじめたりしたら駄目なんだよ。
わたし、渋谷さんがどういうことをするのか分かるの。気に入らない相手にどういうことをするのか。相手の大事なものをどうやって傷つけるのか。
渋谷さんのやることはすごく分かるけど、だけど、そういうことすると取り返しがつかないんだよ」
「私もあなたと一緒だったの。前の学校で、クラスの中心で威張って、みんなを馬鹿にして。自分が一番だと思っていて」

転校してやり直したいと思うなら、それはいじめ加害者にも権利があるのではないか。
そんな風に思わせる短編だった。

【非オプティマス】
交通事故で彼女を亡くした久保先生は、授業妨害でわざと落とす缶ペンケースの音も注意出来ない人だった。
久保先生の後をつけた生徒は、そこでクラスメイトの父親が、久保先生の彼女が亡くなる原因を作った人だと知る。しかし久保先生はそれを知ってもなお、間接的な関わりしかない人が、ずっと彼女のことを気にしているだけで報われると思う清らかさがあった。
「わざと周りの人に迷惑をかける誰かがいたら、どうやって止めさせればいいんだろう。
先生が叩くことで言うことを聞かせられるのは、相手が自分より小さくて、歯向かえなくて、弱い場合だけ」
「相手によって態度を変えることほど、格好悪いことはない。
人は、他の人との関係で生きているってことを覚えていてほしい。
一番重要なのは、評判だよ。
評判がみんなを助けてくれる。もしくは、邪魔してくる。
迷惑をかけて面白がる人に君たちは心の中で、可哀想にと思っておけばいい。この人は自分では楽しみが見つけられない人なんだ、と。
人から物を奪ったり、人に暴力を振るったり
彼らは結局、自分たちだけで楽しむ方法が思いつかないだけの、可哀想な人間なんだよ。
もし、平気で他人に迷惑をかける人がいたら、心の中でそっと思っておくといい。可哀想に、って」

「人が試されることはだいたい、ルールブックに載ってない場面なんだ。」

【アンスポーツマンライク】
癌になってしまった担任の磯憲は、他のコーチと違って怒鳴って指導はせず、何が良くないのかを落ち着いて教えてくれる人だった。
あまり上手くはなかったミニバスのチームだったが、磯憲の指導のおかげで楽しく、そして伸び伸びとプレーが出来た。
そして進学して散り散りになったチームメイトの一人から、YouTuberになったら?とアドバイスを受けた駿介は、そこから花開いてプロに転向しようとした矢先、凱旋として当時のミニバスのチームメイトが指導する小学校を訪れる。
駿介にかつて鼻っ柱を折られた金持ちの息子は、駿介に拳銃を向けるがやり返される。

「俺たちだって、別にそっちの邪魔がしたい訳じゃないんだ。だけど、やっぱりやっちゃいけない事はやっちゃいけないんだって。
あのさ、おしまいとかじゃ全然ない。
昔、俺たちの先生が言ってたんだよ。バスケのコーチしてた、学校の先生が。
『バスケの世界では、残り一分をなんというか知ってるか?』って。
永遠。バスケの最後の一分が永遠なんだから、俺たちの人生の残りは、あんたのだって、余裕で、永遠だよ。」

【逆ワシントン】
クラスメイトが腹痛で休んだ。プリントを届けに行った二人は、父親の様子や痣を見て、虐待されているのではないかと考えた。
UFOキャッチャーが得意な友達を連れてドローンを手に入れ、クラスメイトの家の前でドローンを飛ばした。当然バレるが、ズル休みに付き合い、苦手なソフトボールでボールがキャッチできるように練習してた痣。
正直が好きな母が買いに行った家電量販店の店員は、テレビに映った、かつて自分がただの妬みから襲った相手が元気にプレーする姿を見て、涙するのだった。


『逆ソクラテス』
著者 伊坂幸太郎
ISBN 978-4-08-771704-4

子供の頃ってこういう感じだったなぁって思い出した。
過去を振り返る度に少しずつ脳が都合よく改ざんするとはよく言うけど、実際はこうやって、子供なりに大きな壁にぶつかって、でも正面から向かわない時もあって、そうやって少しずつ大人の世界の汚い部分やずるい部分を知っていって、染まっていく。
だけどすこしの正義感と大きな勇気が正義を貫くこともあるんだと。
読後感がスッキリした。
もう一度また読みたいと思わせる話だった。