色んな人から見た陣内という男は、真面目な様で何処かズレていて不真面目でもあり、かと思えば、人は思い付かない様な奇策を実行し、周りの人達の度肝を抜いたりもする掴めない男だった。
彼をよく知る大学の同級生や、彼の職場の人目線で見る、陣内という男。
『チルドレン』
著者
伊坂幸太郎
発行者 株式会社講談社
ISBN 4-06-212442-4
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
銀行強盗の人質にされた大学生の鴨居と陣内。
銀行強盗はグレーの背広を着て、頬に赤い×印のシールを貼っているが、陽気なギャング達とは違うタイプの劇の様な銀行強盗だった。
「俺はな、杓子定規ってのが嫌いなんだよ。柔軟さの無い人間ってのは、何処か歪むんだ」
大きな物に立ち向かう事こそがパンクロックだと信じている陣内は、自分の信条通りに銀行強盗に立ち向かうが、同じく人質であった盲目の永瀬の推理通り、銀行強盗と人質達が共犯であった為、彼らに歯向かうのは断念し、解放される。
数年後。
陣内は家裁の調査官になっていた。調査官とは非行少年の話を聞く人の事で、それにより少年の身柄をどうするか決める立場にある。
親をあの人等と呼ぶ子供から派生した言葉が、確かにそうかもと思った。
「原因やきっかけが何処であれ、不自然な言葉遣いを続けていると、人間関係はおかしくなる」
昇格や役職等、自分の地位が変わったばかりの人が、しきりに演説などで自分の地位を強調する事があるが、あれは他人に自分の地位を認識させると同時に、自分自身に言い聞かせているのだと、前に心理学者の書いた本で読みましたが、それと同じ事なのかもと妙に感心しました。
陣内が作った『侏儒の言葉 トイレの落書き編』が面白かったです。中でも、『女子トイレは迷路になってんのかよ!時間が止まってんのかよ!』には思いきり爆笑してしまいました。笑
陣内と同じ家裁の調査官である武藤は、万引きをして捕まった少年を面接する。
父とおぼしきその男は、両親の長期旅行中に入った強盗で、匿う代わりに父役をやらせていたのだという。陣内が武藤に渡した文庫本のお陰で強盗と少年は分かり合い、少年の身代金一千万を本物の父親から狂言誘拐で奪い、二人は別れた。
「レトリーバー」
永瀬の彼女目線の話。陣内達が銀行強盗の人質にされた後、仲良くなった永瀬と優子は、陣内の辺鄙な発想に付き合う事が日常化されてきていた。
身代金の受け取り現場に居た永瀬と優子・陣内が犯人ではないかと疑われるが、永瀬の機転の効いたアイデアにより真犯人である女子高生達・愉快犯を捕まえたのだった。
「人って言うのはさ、ショックから立ち直ろうとする時には、自分の得意なやり方に頼るんじゃないかな。
落ち込んだ陸上選手はやっぱり走るだろうし、歌手は歌うんだよ。皆、そうやって立ち直ろうとするんじゃないかな」
これは永瀬の台詞ですが、あーそうかもと思わず声に出し、地下鉄で不審がられました。どーしてくれる、伊坂幸太郎殿。笑
「チルドレンU」
武藤と陣内の、現在の話。
俺達の仕事は、奇跡をやって見せる事だ。非行を繰り返すであろう少年を、もう非行に走らない様にする。
“「そもそも、大人が恰好良ければ、子供はぐれねぇんだよ」”
部署の異動を命じられた武藤は、家事事件係となった。不倫で二度の離婚を経験し、その度に不倫をしていた女性と再婚している大学教授と、その妻の離婚調停で、子供の親権争いが勃発した。
陣内にその夫婦の話をすると、陣内は自分のバンドが前座で出ると言うチケットを出し、その夫婦を連れてこいと言う。
「俺の演奏はきっと人を癒す力があるからな、夫婦問題なんて即座に解決だよ」
役所勤めの父が偶々市民からの苦情処理をしているところを同級生に見られ、父をバカにされ殴り、退学になった明と、明の母と新たに再婚しようとしている大学教授。
明に奇跡を起こしたのは陣内だった。陣内のバンドのボーカルに明の父を引き入れ、恐らくここ何年かは見た事も無いだろう父の姿を見せたのだった。
「イン」
永瀬目線の話。
銀行強盗から1年後、陣内のバイトを見に行く三人と一匹。
熊の着ぐるみを着た陣内が、懲りずに女子高生と歩いている父を見掛けて、熊のまま殴る。それで陣内はスッキリしたのだ。
“歴史に残る様な特別さはまるで無かったけれど、僕にはこれが、特別な時間なのだと分かった。この特別が出来るだけ長く続けばいいなと思う。甘いかな。”
永瀬の考え方が前向きになったのは少なからず、陣内の影響があったようだった。
陣内みたいな型破りで正直に生きる人間はどのくらい居るのだろうと考えて、陣内の言動は不思議ととられるのを楽しむかのように、わざと突拍子もない事を選んで口走っている様に見えたので、そう考えると案外、沢山居るのかもしれないと思い、楽しくなりました。実際、私の周りにも変で、賢く、正直な奴が一人と言わず何人も居るので、私のこの小さな世界にもこれだけの人数が居るのだから、ある意味当然と言えば当然ですが。笑
ぐれずに生きている人って、決して少なくない。
何も、複雑な家庭って言ったって、大抵の家庭はその歴史の分だけ、小さな事が積み重なって複雑なんだから、特殊というくくりがまず間違ってる。自分の考え方を後押ししてくれた小説で、勇気を貰えました。