『死神の精度』の続編。
小説家・山野辺は娘を殺され悲しみの中、マスコミの張り込みに疲れながらも、どんな職種の中にも色々な人がいるのを身を持って知る。
“良心を持たない人達は無敵だ。できないことがない。他人の苦痛は全く気にならない。何も感じない。誰かの心を傷付けたり利用したりはするけれど、分かりやすい罪を犯すとは限らない。
そういう人がごく普通にすぐ隣で生活している可能性はあるよ。彼らはたいがい魅力的で、頭も良いらしいし。”
娘を殺した犯人が裁判で無罪になり、山野辺夫妻は良心を持たない犯人に憤るが、怒りを抑えていた。
「良心を持たない彼らが唯一楽しめるのは、他者を支配してゲームに勝つこと」だからだ。感情が生きる糧ではないので、それしかないらしい。
山野辺夫妻宅に訪ねてきた死神・千葉は、重要な情報を持ってきたとインターホン越しに言うのだった。
死神として1000年仕事をしている千葉は、一週間生かす【見送る】べきか、死ぬ【可】べきか、見極める部署にいる。他部署である情報部から、情報を持ってきたと言えば山野辺宅に入れてもらえると言われ、その通り実行したのだ。
情報部より、「もし、その人間が死ぬべきではないと考えるなら、無理に死を与えなくてもいい」と言われ、生かしてやらなくてはならない特別な人間ではないが、「望むなら長生きさせてやってもいい」なんて事を言う情報部に、ますます困惑する千葉。
千葉は、控訴期限の二週間、世間に放たれた犯人に、娘の敵討ちをしようとしていた山野辺夫妻に、目をつけている場所に犯人は帰らないと話すのだ。
馴染みの記者から犯人が雑誌の独占インタビューを受ける為に、ホテルに現れるという情報を得る。すぐにでも飛び出して行きたい山野辺だったが、昔交わした話を思い出した記者は、山野辺を案じ、復讐するのは神だけだと助言する。
子供がいじめられたらどうするか?という話に対し、山野辺の妻はもし娘がそんな目にあったら、絶対に幸せな人生は送らせないと考えていた。
「犯人が未成年なら大した制裁もなく社会に出るのだろう」という記者に対し、「裁判なんて、そんなのはどうでもいいから、はい、無罪で結構です。その人はもう、絶対に無罪ですから。だから、社会に戻してあげてください」
“あとは、こっちで好きなようにやるから”と。
翌朝、山野辺夫妻は犯人のところへ行こうとしていた。千葉は犯人・本城に弟がいじめられ自殺した仇を討ちにいきたいから同行させてくれと頼み、車に乗り込むのだが…。
『死神の浮力』
著者
伊坂幸太郎
発行所 株式会社文藝春秋
ISBN 978-4-16-382300-3
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
千葉が山野辺夫妻の家から持ってきたCDをカーステレオにかけてもらうと、その曲は娘を寝かしつける時に夫妻が歌っていた曲だった。音楽が流れ始めると、山野辺夫妻は涙を流した。自分が泣いていることに気付かないほど自然に泣いたのは、娘が殺されて以来、初めてだった。運転しながら泣くと危ないと忠告する千葉だったが、泣き止まない時はどうしたら良いのかと訊ねる山野辺。自分と一緒にいる限り死ぬことはないが、危ないことに変わりはないという千葉。
「ただ、これだけは言っておくがな、山野辺。おまえもいつかは死ぬ」
本城のいるホテルに着くと、エレベーターに乗り合われた女は週刊誌の記者だと見抜いた千葉に動揺し、女は行かない方がいいと助け船を出す。山野辺夫妻の耳に本城の居場所が入るようにあえて情報を流し、本城の独占インタビュー中に被害者遺族の山野辺が来ると面白い記事になるだろうと仕組んでいるのだ。それを聞いてもなお、山野辺夫妻はホテルの一室に乗り込む。
山野辺が来ることは想定していたが、見知らぬ男・千葉が一緒に来るとは思っていなかった為、驚き怒り出す記者。
“困惑し、怒り出すようではまだまだですよ”“去年の僕たちがそうだった。悲しみと怒りと混乱で、すぐに、感情のバランスを失った。そうなってはおしまいだ。僕たちはそのことをすでに知っている。”
記者の怒りの矛先は、見知らぬ男である千葉に向けられていた。黒い手袋の中に何か凶器を持っているのかもしれないと警戒した記者は手袋を脱がせ、やめろと言われたにも関わらず千葉の右手に触れ、意識を失う。こうして山野辺夫妻は本城と対峙するが、あと一歩というところで犯人に逃げられてしまう。
意気消沈した二人に続いた千葉は、記者と本城が撮っていたビデオカメラを手に持ってきていた。「ああ、これか。役に立つかと思って、持ってきたんだが」
同僚・香川から、情報部が千葉達に調べるべきではない人間の生死を何年も調べさせたので、若者が少なくなりすぎているという噂をきく。
本城が無罪になったのは、検察が持っていた証拠二つに整合性がなかったからだ。近所のおばあさんの目撃証言と、街をビデオカメラで撮影する引きこもりが撮った、犯人と娘がじゃれ合い、引っ掻いたように見える映像があったからだ。この証拠にはカラクリがあり、裁判前引きこもりは本城に頼まれ、ビデオカメラを回しておいたのだという。犯人が無罪になることが、山野辺夫妻の目標だったので、自分の無罪を勝ち取る為に行動していた犯人。
用済みにになった引きこもりを車に乗せ、会いに来た山野辺と一緒に爆弾で爆死させる計画を練っていたようだが、爆弾の在処を見抜いた千葉に邪魔され、引きこもりも山野辺も無傷で戻る。引きこもりに金を渡し逃げさせた山野辺は、独占インタビューと称し回していたビデオカメラの映像を再生し始めた。
犯人に高校の同級生だという女から連絡先を渡されたと、記者から紙をもらう本城。その女とは死神の香川だった。香川に会いに行った千葉は、本城の居場所を聞き出す。いつも通り“可”にするつもりだという香川は、千葉に面白い話を聴かせる。
「物には水中で浮かぶ力があるわけ。その浮力の強さって、重さとは関係なく、大きい物ほど、浮かぶ力が強い」氷が溶けたら水量が増え溢れるはずなのに、水位は浮力のおかげで変わらない。
「氷は姿を消すけれど、全体の量は変わらない。人間の死と似てる」
“一人の人間が死んで姿を消したとしても、全体として何かが減る訳じゃないでしょ。誰かの記憶に溶けるから減らないの”
山野辺夫妻は馴染みの記者からまたも情報を得ていた。千葉が香川に聞いた本城の居場所とは異なる場所に向かう山野辺夫妻。記者が故意に嘘の情報を教えたのかと思いながらも、山野辺夫妻に同行する千葉。
本城がいるとされる公園にやってきた三人は、レインコートを着た人達に捕まり、千葉は拷問を受けるが、死神だから平気な顔をしている。レインコートの一人から銃を渡された山野辺は、このままでは全員目潰しされると聞くが、中々引き金を引けない。耳を潰すと言われて反撃した千葉を見て我に返った山野辺に千葉は、銃を渡した奴こそ本城だったと聞き、“僕の人生が終わる場所は、ここであってはならない”と思うのであった。
千葉のおかげで助かった山野辺の妻は、馴染みの記者に騙されているのではないかと聞くが、山野辺は記者を庇い続ける。本城を防音の部屋に閉じ込めようとしていたと山野辺から聞いた千葉。
“死は取り返しがつかない。で、その取り返しがつかない最悪のことをやった相手に対しても、一回しか殺せない。倍返しはできない。せめて与えられた苦痛の倍以上苦痛を与えたい。希望を言えば、十回は死んでほしい。それでもまったく納得できないけれど”千葉はとうとう公園に向かう前に香川に聞いていた本城の潜伏場所を山野辺夫妻に教える。香川によれば、本城の潜伏先には沢山の監視カメラが設置されており、本城は二階で無数の監視カメラを見ながら生活しているらしい。本城は幼い頃から身内や同級生を使って薬の組み合わせによる実験を行なっており、身内を殺しても全く疑われなかったことから、良心を持たない人間になったのだ。千葉が以前担当した歯科助手に毒を飲ませ殺した挙句、千葉にも毒を飲ませた奴こそが本城だったと思い出す。死神は毎回姿を自由に変えられるので、本城はあの時の人間だと気付かないはずだが…。
老人用の食事宅配サービスを利用していることがわかった山野辺夫妻は、その業者の制服を奪い、本城の潜伏先に侵入しようと業者までやってきた。あと少しというところで山野辺は本城からもらった銃を落としてしまい疑われるが、警察に突き出されるところを、山野辺の読者だった職員により救われ、協力してもらえることとなった。
読者と一緒に夕食を届けることとなった山野辺は、香川により山野辺が夕食を運んでくると知らされ、食事に毒を仕込んだ。山野辺夫妻が刑務所に入れられ、自分はのうのうと生きている、それこそが本城の目的だったのだ。まんまと本城にはめられた山野辺夫妻だったが、千葉が毒を吐き出させ、何とか一命をとりとめる。香川は情報部の策略に乗っかり、本城を20年後に“可”にする報告をしたという。本城を新宿駅で降ろして以降、本城の行く末は仕事を終えた香川には知り得ない情報だった。
犯人に仕立て上げられた山野辺夫妻がマンションに戻ると、馴染みの記者からメールが届き、本城の居場所が分かったとURLが乗っていた。そこに映っていたのは爆弾ついた椅子に縛られた記者の様子で、本城がこれから会おうと言ってきた。動画からかすかな音を拾った千葉は、なつみ饅頭を探し記者の元へ向かい助ける。爆弾をつけられてから暇だったという記者は、本城が何故こんなことをするのか考えていた。
山野辺夫妻の娘が昔描いた創作童話をなぞり、ダムに毒を混入し大勢の人を危険にさらす。山野辺夫妻だけでなく、既に死んでいる娘にも汚名という名の罪を着せようとしているのではないか。本城と待ち合わせ、車の中で山野辺は記者の推測を全て喋ってしまう。逃げた本城を千葉の運転する猛スピードの自転車に乗り追いついた山野辺は、壊れて開け放たれたままの後部座席から、娘の鞄に入れられた毒を取り出そうと車に飛び乗った。
千葉の乗る自転車に幅寄せし、千葉を殺そうとする本城に、山野辺は娘の鞄についていたぬいぐるみのキーホルダーを本城に投げつけたところ、ぬいぐるみはブレーキの下に入り込む。
娘の鞄ごと外に飛び出そうとする山野辺は本城に言い放つ。「菜摘の勝ちだ。ああ、ところで。おまえって、誰だった」
「名前、何だった?」
それは以前担当した際に千葉に溢していた、本城の弱点だった。人から忘れられたくない、山野辺は一矢報いたのだった。
本城の車と千葉が湖に落ちていく。上がってこい。そう思いながら湖を見ていた山野辺は、ほどなくして浮いてきた千葉と再会する。
「俺ではなく、浮力が働いただけだ」
馴染みの記者が用意してくれた宿で一泊した山野辺夫妻。香川と連絡をとった千葉は、本城が湖の底で鎖に引っかかり、車のガラスが腰に半分刺さってしまったことから、湖の底で20年、鰐に食われながら死ぬのではないかと聞く。千葉は予定通り山野辺を“可”で報告し、車に牽かれそうになった子供を助けて亡くなった。娘を殺された遺族で、その犯人はダムで騒動を起こしたのだと知れ渡った後、山野辺の妻は幼稚園で働き出していた。死神として人間界に再び現れ、山野辺の妻の勤める幼稚園を通りかかった千葉は、山野辺の本を持っていた職員に面白いかと訊ねると、初期の方が良かったらしいと言う職員に対し千葉は、「晩年も悪くなかった」と山野辺の妻を見ながら言うのだった。
久々に面白い本に当たりました。これは良い。正直、死者の精度より、二作目のこっちの方が面白かった。一人の人をずっと追っていたのが分かりやすかったというのもあるのだろうけれど、本城の嫌な奴っぷりに、山野辺夫妻頑張れと言いたくなる。千葉は調査だと言いつつも、山野辺夫妻を応援していたのではないかと思います。山野辺が亡くなっても、自分達の思うようにやれたのだから、山野辺の妻は生きる目的を見失ってしまうこともないだろうし、ハッピーエンドがすぎると言われるかもしれないが、千葉の言葉を借りるなら、世の中が不安だらけなら、ハッピーエンドを書くべきなのかもしれません。面白かったです。文庫が出たら買おうと思います。