90人が共に暮らす児童養護施設・あしたの家は、今となっては珍しい、大所帯の施設だ。沢山の職員がいても、その分子供達もいるので、中々全員にまで目が配れない事も多い。そして、その多忙さとやるせなさから、いきなり辞めてしまう職員も多い。
営業マンだった三田村慎平は、テレビで観た児童養護施設のドキュメンタリーに感動し、転職してきた。普通の家庭で育った慎平は、子供は当然、甘えられる存在がいるものだと思っていた。だから余計に、親に捨てられ、なついていた施設の先生も寿退社の為去ってしまう…そんな状況を観て、“かわいそう”だと思っていたのだ。
施設でも特に問題のない子だった奏子に、どうして職員になったのか?と聞かれ、その事を正直に話した慎平は、施設に向けられる偏見の目を持つ人だと思われ、壁を作られてしまう。そんな奏子を見ていた久志は、「みんな自分が持ってるものを持ってない人がかわいそうに見えるんだよ。慎平ちゃんもきっと恵まれた人なんだろうね」
それでも久志は慎平が好きだと言う。
「だって、持ってない事を『何で持ってないの?』って訊かれる方が困るじゃん。慎平ちゃんみたいな人って、俺達みたいなのを見ると、自分が色んなものを持ってる事に引け目を感じちゃうんだと思うよ。自分が持ってるものに引け目を感じちゃう人って、気立てが優しいんだろうなぁって思うよ」
『明日の子供たち』
著者
有川浩
発行元 株式会社幻冬舎
ISBN 978-4-344-02614-8
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
久志の担当である猪俣は、久志が防衛大に行きたいと言う事を応援していた。久志と仲が良い奏子も進学を希望しているが、高校卒業と同時に施設を出なければならない子供達にとって、学費のかかる進学は、大きなリスクとなりえるのだと、猪俣は反対する。それは昔担当していたアッコが、無理して大学に進学したが入院した事で、学費が納められなくなり退学し、水商売をしていた事を、ずっと自分の判断が悪かったと思っていたからだった。自分で調べて道を開拓した久志に比べ、奏子は和泉にどうしようと言うばかりだと指摘する。
施設の様にいつまでも大人が付き添ってやれないからこそ、自分の意見を持ち、自分の道を切り開いていく力を、猪俣は進学希望者に求めていたのだ。
久志が自衛隊員で、かつてあしたの家で育ったという人に会いに行こうと猪俣達を誘い、そこで自衛隊員として働いているアッコと再会する。今は自衛官をしながら夜間の大学に通っているのだというアッコに涙を流す猪俣は、進学の足掛かりとして奨学金の存在を子供達に教えても良いと示してくれる。
奏子はクラスメートに施設育ちである事を隠していないが、隠す人の方が多いと言う。和泉を姉として進路指導の場に向かわせるのを見た慎平は、施設育ちである事を引け目に思わなければならない子供達が大変だと思う。
友達に和泉を姉だと嘘をついている杏里は、それが原因で友達と仲違いしてしまうような事態に陥り、施設の職員も巻き込む大騒動となる。
「大人になっても友達でいたいんなら、今のうちに杏里の事を分かってもらった方がいいと思うよ。和泉先生がお姉ちゃんじゃない事はいつか必ず分かってしまう」と言い、友達と話し合う事を薦める。
児童養護施設は基本的に、学生の養育期間でしかなく、社会人になって施設を出た後の事は追えないのが現状であり、子供達にとっては親代わりだった職員に頼る事も容易には出来なくなる。そういった問題に応えたいと、施設の子なら誰でもいつでも気軽に来られる場所・日だまりが、無駄だと閉鎖される危機になった。
そこで奏子と久志は慎平や和泉に相談し、施設の今を知ってもらう機会を作ろうと奮闘する。
「あしたの家の子供達は、明日の大人達です。明日、社会に参加する私達の為に、養護施設の重要性や『日だまり』の必要性を理解していただけないでしょうか」
日だまりは無事残る事となり、奏子と久志はそれぞれが望んだ進路へと向かい、あしたの家を出ていく。
施設のこと、何も知らなかったけれど、これを読んで分かった気になるのも違う気がした。