料理を作るのが好きという藤丸は、料理の専門学校を卒業する前、絶対ここで働きたいという店、「円服亭」があった。いついっても小綺麗な店内、そして何より味が格別だったのだ。
一人でその店を切り盛りしている円谷に履歴書を持っていったが瞬殺されたことにより、違う店で2年働いていたがやっぱり諦めきれずもう一度円服亭を尋ねたところ、何も見ず今度は採用を決めてくれた。なぜなら円谷は還暦過ぎて出来た恋人と花屋の二階で同棲するため、ちょうど住み込みできる人を探していたからだった。

やがて円谷は藤丸を見込んで料理を少しずつ教えるようになったところで、昔は家族経営をしていてその頃やっていた宅配を、夜営業の時間だけ復活させると自転車を持ってきた。
宅配を月に何度か頼んでくる東大松田研究室の面々と親しくなるうちに、藤丸は院生の本村に恋をしたが、植物に生涯を捧げると決めているため告白を断るが、その後も宅配に来ては自分を気遣ってくれる藤丸に心惹かれる部分もあったのだ。

『愛なき世界』
著者 三浦しをん
ISBN 978-4-12-005112-8

そんな中、研修室の助教が海外で生物の採取研究に行くと聞いてから、松田教授の様子が変なことに気づいた本村は、松田教授を昔から知る隣の研究室の教授に何か知らないかと尋ねる。
松田教授はかつていい友人でライバルの奥野という研究員がいたが、海外の研究旅行中に亡くなったと聞く。それを助教に伝えるべきか否か悩む本村は、配達に来た藤丸に相談する。
「だって本村さん、植物の研究で、謎を解く鍵を手に入れたらどうしますか?使ってみるんじゃないすか?」
「知りたいと一度思ってしまったら、誰が止めても使ってみちゃうもんじゃないすか」
時に歯止めが利かないから、好奇心とは怖いものだ。人間関係において、「余計なことを知らなきゃ良かった」という事態はあちこちで多発していそうだ。

同じ研究室で共に研究していた奥野は、珍しく旅行に行くと言った。何かほしいものはあるか?と聞かれた松田は、特に何も考えず、当時研究し始めていた腐生植物があったら取ってきてくれと頼んだ。
奥野は崖から足を滑らせ、帰らぬ人となった。最後にピンぼけの腐生植物の写真を遺して。
自分がそんなことを頼まなければ。ただその一点に後悔が絞られ、腐生植物の写真は自分への恨みなのではないかと考えたが、そんなはずもない。
奥野の遺した研究を完成させようと、研究室ではいつも以上に忙しかった。そして松田は後悔と忙しさで眠れない日々が続いた時、奥野の手が肩に乗った。奇しくもその日は奥野の四十九日で、松田はその出来事から眠れるようになったのだ。

誰がどんなに「あなたのせいではない」と言ったとしても、松田が一生抱えていく痛みなのだろう。

研究が成功したことを伝える本村が輝いて見えて、藤丸は二度目の告白がつい口をついて出た。そんなつもりはなかったが。
そしてこの研究が成功したことで本村は思うのだった。私は植物が好きだと。
瞬足で断られた藤丸は思う。

理解は愛と比例しない。相手を知れば知るほど、愛が冷めるということだってあるだろう。そしてその逆も。理解が深まるにつれ、愛おしいと感じる気持ちも増していった。

「本村さんは、愛のない世界を生きる植物のことを、どうしても知りたいんだ。だからこんなに情熱を持ってき 研究するんだ。その情熱を、知りたい気持ちを『愛』って言うんじゃないすか?植物のことを知りたいと願う本村さんも、この教室にいる人達から知りたいと願われてる植物も、みんなおんなじだ。同じように、愛ある世界を生きてる」

物語としては何も進展してないけど、すごく面白かった。これは何年か後にもう一度読みたいと思った。