とある大学にいる一風変わった大学生達にスポットライトをあてた、現代版小説。
名作達を良い意味でぶち壊す破壊力あり。
『【新訳】走れメロス 他四篇』
著者
森見登美彦
発行者 祥伝社
ISBN 978-4-396-63279-3
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
「山月記」
大学生活を小説を書く事だけに費やし、その為に卒業もせず講義も出ず、ひたすら家に籠っては小説を書き続けていた斎藤は、友人達が卒業しても就職しても涼しい顔で居られた。
それは自分がいずれ大作を成すと信じていたからだ。しかし彼は小説が書けなくなり、挫折する。そして森へと逃げ、彼曰く天狗になったのだった。彼の大学の後輩に溢す彼の胸のうち。
「藪の中」
斎藤が席を置いていた大学の自主製作映画が話題となった。それは撮影場所も明かさず、何の触れ込みもなかった事が逆に、人の気を引いたのだ。
内容はなんて事ない恋愛映画だが、その監督を務めた男の彼女が元恋人とよりを戻す映画で、その内容が全て、監督が彼女から聞き出した、実際の二人の過去をそのまま再現している事が、若干の気持ち悪さと共に目を引いたのだった。
それもそのはず、監督は映画をとりたかったのではなく、彼女を撮りたかっただけで、元恋人の二人を被写体にする事で、自分の中に生まれる嫉妬を快感としているのだから…。
「走れメロス」
詭弁部の部員である阿保学生の一人が、久し振りに大学を訪れると、詭弁部の部室が図書館の本を返却期限を過ぎても返さない学生を、あらゆる手段で懲らしめる図書館警察なる輩の長官が、自らの彼女の為に新しい部を作り、その部室を作る為、詭弁部を乗っ取ったのだと言う。それを聞いて怒った阿保学生は、図書館警察に乗り込む。
そして自らの姉の結婚式に出る間、親友を人質として置いていく等と言い出した。しかしこの阿保学生に、姉など存在しないのだ。
それを知っている親友は、アイツは帰ってこないと早々に言い、長官はそんなものは友情と認めないと言い、阿保学生が帰って来なくば詭弁部の部員全員を懲らしめる等と言い出した。とんだ飛び火である。
かくして詭弁部の部員に追われる事となった阿保学生は、逃げ惑うが結局、親友と長官の三人は罰ゲームでブリーフで踊るのだった。
「桜の森の満開の下」
斎藤を師と仰ぐ男もまた、腐れ学生の名をほしいままにし、大学へ行ったり行かなかったりし、小説を書いていた。
桜の木がある「哲学の道」で深夜に出逢った女は、確かに話をしたのに、気付くと消えていたのだった。自分の小説を肯定してくれる女と離れるのを憚られた為、その女と一緒に暮らす事にした。
女は彼の小説の中に斎藤の陰を見付けるとそれを頭から否定し続け、彼は女の為に小説を書いた。やがて斎藤とつるむ事もなくなった頃、彼は新人賞を取ったのだった。二人で上京し、彼は有名になる。そうして斎藤といつ会ったかさえ思い出せないまま、日々を送っていくのだった。
「百物語」
大学四回生の彼女は、一人になりたくてイギリスへ行った。そして大学へ戻って来て、学生達と百物語の真似事をする。斎藤を始め、各短編で出てきた人達が挙って参加する。
因みに、森見くんなる人も出てきました。
本を読んですぐ、出た!これこそ森見さんの文章!と喜びました。
当たり前というか、あまり特記すべき事でないものを、さも真面目に書き、少しのユーモアを引き立たせる。クスクス笑っちゃうのは今に始まった事ではありませんが、これはタイトな物語の寄せ集めなのに楽しかったです。
特に笑ったのは「走れメロス」。戻ってくる気のない阿保学生と、それを知っていて人質になる親友、そしてそのセオリーに納得のいかない長官。
こういう崩し方もあるのかと爆笑しました。元の「走れメロス」であった失踪感はそのままに、主人公が全く逆の思いを抱えている。ホント、面白かったです。