煙草を吸ったのが見つかり反省文を書けと言われた主人公は、五十音を羅列する。
一方、見るからに真面目な転校生の彼女は先生を平手打ちしたらしく、反省文をスラスラ書いていたかと思えば“終身雇用制度の崩壊後における高校教育のあり方について”なんて論文を書いて提出した。
「思っている事を素直に書けと言われたから書きました」
二度と手をあげるなよとたしなめられると更に「それはわかりません」と言う彼女。
「もう一度同じ事をされたら、もう一度同じ事をします」
「叩いた事を責めないで下さい。不意を突いて階段から突き落としてもよかったし、家に火を点けてもよかったんです。そうしなかった事を、むしろ褒めてもらいたいくらいです」
しれっとそう言う彼女は、前の学校で四人も自殺に追い込んだと言う噂があるのだ。
・・
祟る彼女たちの、不気味な話。
他三編。
『FINE DAYS 恋愛小説』
著者 本多孝好
発行者 祥伝社
ISBN 4-396-63222-3
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
「イエスタデイズ」
癌で余命1から3ヶ月と言われた父が息子に頼んだ事――――それは母と出逢う前に付き合っていた女性との間の子供の安否を調べる事だった。
父の昔の彼女が住んでいたというアパートに行くと、そこに居たのは若かりし頃の父と彼女だった。
“あの時、最後に動いた唇は一体何を告げようとしたのか。親父ならば答えてくれそうな気がした。口を開きかけて、思い留まった。つまるところそれは、僕自身が探さなければならない言葉だった。そして僕は嫌でもその言葉をこの世界の中でいつか見つけるのだろう”
「眠りのための暖かな場所」
人は死ぬと星になると聞いた日から、妹が星になり私を見下ろしているが、私はどの星が妹なのか分からないという状況に、泣きわめきたくなる。
宇宙が膨張している事を知った時も、日々死んでいく人間を収容する為なのだと思った。
“その中の一つが、確実に私に向けられている。私だけに。”
自分と社会との距離感が掴めないまま社会に出る気になれなかったらしい主人公は、大学院生になる。指導してくれている教授の持つゼミにサポートとして参加してると、あるゼミ生から恋敵として敵視される。
「多分、私には想像がつかないくらい傷付いた事があって、それでも誰にも優しさを媚びたりせずに肩で風を切っているような、そういう強い先輩がすきなんだと思います」
違うんだ。そんなかっこいいもんじゃないんだ。私こそ、どんなにアンタみたいになりたいか。どんなに強くそう願っているか。そう言いたかった。
家族で事故に遭った主人公は、妹に伸びた腕を掴む。助けられた主人公は、妹を助ける前に車の爆発を見る。
“赦す、と、嘘でもいい。誰かにそう言ってほしかった。せめて、それに見合う罰がどんなものなのか教えてほしかった。
罰とは人を赦す為に生まれたのだった思った。仮にそれが死を課するものであったとしても。
笑ってしまう。自分の命の為に犯した罪への赦しを自分の命を代償にしても私は欲しがっている。私は卑怯者だ”
予知能力者だと言われていたゼミの学生は、予知能力を持っているのは姉だと言う。
「ただ微笑んで、決して感情を揺らす事の無い姉は、よく分からない存在でした」
負の感情を向けられれば、誰だって相応の負の感情で対抗しようとする。怒りには怒りを。悪意には悪意を。それが出来ないとどうなるのだろうか。合理化出来る大人ならいい。けれど、合理化出来ない子供は?
抑え込まれた負の感情は、その子供の中で溜まっていってしまうのではないだろうか。天井から漏れた雨を受けるバケツのように。
象徴的な絵を描く姉の絵を見て理解出来た弟は、姉が予知能力を持っているのだと思っていた。しかし、実際には、予知能力ではなく望む未来を作る力を持っていた姉。
姉を制御する為に大学を辞め、姉に一生仕える様に生きるという弟・結城。
“結局、私達が分け合えるのは、互いが抱えた冷たさだけでしかなかった”
“取り残された私は、子供の様に膝を抱えた。光から突き出されていたのは、結城の腕の方だったのかもしれないなと思った。その腕を離してしまった今、私は闇の中に独りぼっちだった”
「シェード」
中古家具店の店員の老婆は言った。「時として、人は闇に溶けるのです」
目をつけていたランプが売れてしまった中古家具店で、老婆からそのランプに纏わる話を聞く。
小さな島国で船乗りだった父に憧れ、ずっと船乗りになる事だけを考えて生きてきた男の子が、父が海で亡くなった事を期に、母の反対にあいランプ職人の元へ弟子入りする。
“周りの人間を自然と引き寄せる魅力は、身につけようとして身に付くものではありません”
「ガラスは簡単に壊れる。けれど壊れたものが二度と形作られる事はない。ならばそれは終焉ではなく永遠ではないのか」
彼は島に講演に来たサーカス団の一員だった女性と恋に落ち、彼女を島に留める。しかし彼女は日に日に弱り、亡くなってしまった。
“無限の可能性の中から一瞬で選び取られる終焉のない永遠”
「この年になっても恋心と言うのが一体何なのか、分からずにいます。恋をしていた頃は、それは分からなくてもいいものだと思っていました。それはただそこにあるのだから、分からなくてもいいと。恋をしなくなってからは、分かる必要がなくなりました。それはもう二度と手には戻らないものだから、分からない方がいいと」
老婆は言う。
「自分の中の闇に挑むのです。そこにまた光があるなら。挑み続ける事。闇から光を守るには、それしかないのです」
ランプを買ったのは主人公の妻で、主人公は中古家具店で買った蝋燭でランプに火をともす。
“僕に灯せるのは、呆れるほどにか弱く、頼りない火だ。ささやかな風にも揺らいでしまうその小さな光を本当に守り続ける事が出来るのか、それも今の僕には分からない。ただ、やってみようと思う。僕の持ちうる全ての力を使って”
どの作品も少し不思議な力を持つ人が、脇役として良い味を出してました。面白かったです。