Silhouette of wonderland

“竹林伐採は人生と同じである。彼の前に道はなく、彼の後ろに道ができる”

机上の空論と司法試験に特化した彼等の腕は、枯れた竹とはいえ、大きな壁となった。

折れかけた心は竹林の所有者が偵察に来た事で持ち直す、プライドだけは高い二人は、竹林を整備すると言った手前、後ろには引けないのである。十数本を刈り凄まじい筋肉痛に悩まされた彼は、竹林を刈ったところで全く連載のアイデアも浮かばず、落ち込む。

「ご存じですか、竹林は何十年に一回だけ花を咲かせて、その後でみんな枯れるんですよ」

「竹と竹の子は繋がっているんです」

竹林の魅力を分かってもらおうと知識を披露するも、それが気持ち悪いと言われてしまう彼は、『きつねのはなし』のサイン会が人生の頂点かもしれないという彼に、編集も困ってしまうのである。

彼は学生時代に特に予定もなく自らの暮らす四畳半王国で楽しく暮らしていた後遺症に今なお苦しみ、自己管理能力の無さに苦労している。

“学生時代に時間を浪費すればするほど、世間一般の価値観から遊離し、戻る事が難しくなる。ついに帰り道を見失った人間達の末路は悲惨である。
この道へ入るからには、生きるか死ぬかの覚悟を持たねばならない。戯れに足を踏み入れて良い道ではないのだ。ゆめゆめ疑う事なかれ”

彼は仕事の傍ら小説を書いている上に、自己管理能力がないので、竹林へ足を向けられる時間がない。竹林への想いを募らせるだけで竹林から離れ続けていた彼に、竹林の持ち主がしびれを切らした。竹林を刈るつもりはあるが、いかんせん、時間がないという彼に、持ち主は一喝する。

再び明石氏と会い、その話をすると明石氏は「これだから最近の若者は！」と言う暴言に己のプライドが傷つけられ、竹林を刈りに行くぞと彼と日時を決め、落ち合う。

おちあった二人の目に入ったのは、赤い着物を着、赤い長髪のかつらを被り眼鏡をかけたおじいさんの姿だった。手押し車のようなものに紐をつけて、市松人形を引っ張っていたおじいさんを見て、白昼夢かと呆然とする彼らは、おじいさんの後をつけ、時間を浪費した後、竹林を刈った。

彼らは二度目の竹林刈りで要領を少しは得ていて、それ故、刈った竹を置く場所も二ヶ所目にはいった。

彼の引っ越し祝いに来た明石氏と、本棚を組み立てながら彼は自らの大学時代を語る。
彼は二回生の時、文化人類学演習を取り、そこで「竹林を調べようと思います」などと苦し紛れに答えたせいで、何故か先生が身を乗りだし、後に引けなくなったのだ。彼はゼミを欠席するというセコい逃亡を図り、三度ほどサボるのだが、同じゼミの美しい女子学生に偶然大学構内で会ったのにつられ、再びゼミの席についた。
すると教授は怒るでもなく、「竹の子が来た！」と喜んだのだと言う。かくして彼は文化人類学演習から逃れられなくなったのだ。

「竹林が好きなんです」
そう言いながらも竹林ではなく竹製品について調べ発表し続けた彼は、大学・大学院・そして今日ようやっと理想的な竹林との交わり方をするのである。
『太陽の塔』を出版した彼は、学生時代からの憧れの人である本上まなみさんと対談することとなった。どうにかして『美女と竹林』というタイトル通り、竹林を手入れしているところに美女が来てくれやしないかと想像するが、それすら言い出せず、とっちらかった話をこう締め括った。

「竹林が好きなんです」

本屋大賞をはじめ、賞を受賞したりサイン会を開催し、そして執筆と、竹林を訪れる暇がなく、やがて竹林の様子を見に来た編集者の人々は、あまりに捗っていない竹林を見て、竹林伐採をすることとなった。

中学からの友人・富士井氏とは、かつて黒板消しで殴り合った腐れ縁で、彼が地球上で最も冷たくあしらう存在である。
“世の中の真面目と呼ばれている中高生は、みんな歪んでいる。彼らは目立たないから、その歪みもまた、目立たない”

十年後の２０１８年、竹林伐採で成功した彼の妄想に付き合わされ、編集者は竹林を刈る。彼が想像の世界から帰ってきて、願わくば原稿をサクサクッと進めてくれる事を願って。

結局、この竹林伐採は、どこからどこまでがフィクションで、この話に出てきたもののどれが真実なのか、あやふやなまま、とりあえず思う事は一つ。
執筆活動って、ホント、大変なんだなぁ。