女優・白川ルウルウが飼っている猫が妊娠した相手を探すという依頼を、インターンシップで事務所の職員をしている大学生・味見克子から受けた百瀬は、ルウルウに会いに行く。
無礼な小松からまこと先生が引き受けた黄色い蛇は、四国の動物園へ嫁ぐことが決まったのだが、困ったのは四国までの輸送である。そこに猫を轢いたと駆け込んできた土田帆巣(はんす)33歳は猫を轢いておらず、猫が驚いて骨折しただけだった。
猫の様子を見るため仕事を蹴り、無職になってしまった土田にまこと先生は、蛇の輸送を頼む。
百瀬は大福亜子に婚約指輪ではなく、エンゲージシューズをプレゼントしたいという。勿論、秋田の三千代の靴でだ。
首を傾げる晴美や七重をよそに、大福亜子は秋田へ旅行に行けること。隣に並んで新幹線に乗れること。百瀬からプレゼントをもらえることを喜んでいた。
『猫弁と指輪物語』
著者 大山淳子
発行者 株式会社講談社
ISBN 978-4-06-218218-8
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
小松は調味料会社の専務だが、人を見る目がない。
婚約者と結婚するために黄色い蛇を手放したのだが、婚約者は今更婚約も同居もなしだと言ってきた。
蛇を取り返す為、まこと先生に連絡をとると、既に蛇はまことの手を離れていた。怒り狂った小松は弁護士を雇い、まこと先生を訴えようと考える。
小松が百瀬に相談を持ちかけた為、大福亜子は一人で秋田の三千代の靴へ行くことになった。
百瀬と約束の場所で待っていた大福亜子に、百瀬は自分の分が浮いたからグリーン車のチケットが買えたとか、秋田につけば木村さんが迎えに来てくれるので楽しい話が聞けるだろうなどと言い、大福亜子の様子に気付かない。
新幹線に一人で乗り、百瀬に貰った幕の内弁当に落ちる涙を見て、大福亜子は、百瀬からもらえるものなら何でも嬉しい訳じゃないことに気付く。
百瀬の秋田旅行を諦めたのには理由があった。小松の話ではまこと先生に蛇を預けたら勝手に転売された事になっており、明日に話を聞いてくれなければ他の弁護士に頼むと酔った小松が電話口でのたまわったのだ。
まこと先生が嫌な思いをしないために引き受けたということを言わない百瀬。大福亜子は悲しい思いで四時間半の長旅をする。
“百瀬の人生は七歳からずっと「自分のつもりを無にする」ことの連続だったから、切り替えには慣れている。”
自分は約束を死守したので婚約者を失わずに済んだ(と百瀬は思っている)
ところに落ち度があるのは気付かないが、大福亜子と秋田旅行に行ったはずの百瀬が依頼人の相談にのっているのを見た野呂と七重は、今頃一人で秋田へ向かっている大福亜子に思いを馳せ、せめて帰りは迎えに行き食事をしろと百瀬を焚き付ける。
大福亜子が秋田に付くと、木村と田村が待っていた。呆然と新幹線に乗っていたうちについてしまったので、何だか現実味がないが、木村と田村の掛け合いの面白さに救われ、大福亜子は笑顔を取り戻す。
三千代に会った大福亜子は、ろくに挨拶もせず足の採寸をしてもらっている事に気づきアタフタする。
三千代は大福亜子に、これといった苦労はしてないことがコンプレックスだと見抜かれる。
「苦労はすればいいってものじゃない。満ち足りた中で美しい心を持ち続けるのも結構難しい」と話す。
すっかり三千代と打ち解けた大福亜子は、三千代が秋田に店を出すとき知り合いがいたわけではないと聞き、不安ではなかったのかと聞く。
「そりゃあ、不安さ。でも、慣れた場所で慣れた人間といたって、不安だろ?」
百瀬が今朝謝らなかったのは、自分と一緒にいたいと思う人間がいるという実感がないから、悪いと思っていないのだと三千代は言う。
「自分の存在に自信がない。そこを乗り越えるのは中々難しい」
怒るか慣れるかした方が良いと言う三千代に大福亜子は、百瀬は母に捨てられたのではなく、息子の為に良かれと思って手放したのだと百瀬が言うので、それを私も信じていると言う。
笑いながら三千代は大福亜子に、どんな靴がほしい?と聞くと、早足で歩けて走っても痛くない、雨の日も大丈夫な何年も保ってどこへでも履いて行ける、目立たない靴が良いと言う。
「百瀬太郎を追いかける靴ということか」
翌朝、三千代はショーウインドウにただ一つ飾られた赤い靴を大福亜子に履けと言う。
「ずっと飾っておきたかったが、こんなにぴったりの人間が現れたんじゃ、仕方ない」
この靴で走っている男を追いかけるのは無理だ。少しは百瀬くんに歩調を合わせてもらいなさい。
「もっと自信を持ちなさい。あなたには特別な才能があるんだから。滅多にいないお嬢さんだよ。人を幸せにする才能を持っている」
百瀬くんは、ラッキーだ。百瀬くん曰く、エンゲージシューズとやらだよ。
一方百瀬は、小松の件でまこと先生の診療所を訪ねた。まこと先生は往診中で、留守番の土田に待っている様に言われた。土田の猫がまこと先生の部屋に入っているのを知り、まこと先生が土田に目をかけているのを知る。
百瀬は七歳から自分が育った施設・青い鳥こども園に行く。理事長・遠山健介は、百瀬がお母さんの手がかりを掴んだ時にいつも訪れ、百瀬の話に付き合ってくれる。
「なぜいつも確かめる前にここに来る?」
「なんででしょう」
「怖いんだね」
「怖がることはない。その人はお母さんじゃないよ。彼女は君なんかにつかまりっこない。そんなミスは犯さない」
「凄い人なんだよ翠ちゃんは。現れるときは向こうから、堂々とやってくるさ」
百瀬は時々思う。自分はふってわいたように、この世に出現したのではないか。
妬んだり恨んだりしたことがない。お金や地位など失っても辛くない。旅の途中だからだろうか。悲しみも深く沈んで、よく見えない。
「君の話を周囲が聴き取れなくて大変だったよ。頭の回転が速すぎるんだ。
でも君はすぐに周囲を理解し、歩み寄った。凡人のスピードに合わせて話せるようになった」
今は失って辛いものが出来た。大福亜子とテヌーは失いたくない。もう旅の途中なんかじゃない。
今まで秘密にしていた百瀬翠の事を話す理事長。
翠は転校生で、父子家庭だったそうだ。理事長の町には一年もいなかったが、ある日突然、アメリカから電話をかけてきたという。
「翠ちゃんは子供の頃より少しだけ弱々しく見えた。愛するものができると、人間って弱くなる。最愛のものは、最大の弱みになるからね」
「あれほど愛しているものを手放すのだから、よほどの事があったに違いない。それがなんであるか、僕にはわからないけれど。もしそれが解決したなら、君を迎えに来るはずだ。きっとなかなか難しい問題なんだ。いつか必ず、君はお母さんを助けることになる」
大福亜子が秋田から帰ってくるところを迎えに行った百瀬は、新幹線からスラーッとしたカッコイイ男の人と、笑顔で話す大福亜子を見て呆然とする。
新幹線で偶然にも会った美容コンシェルジュのミスター美波と意気投合した大福亜子は、ミスター美波から貰った美容のクリームを晴美にあげる。
味見克子と会った百瀬は、卒業までに就職をなんとか決めねばと焦っていた。背伸びはやめたと聞く。
“親切は、難しい。”
ルウルウの猫の妊娠騒動は、もともとミスター美波により別の猫にすりかえられていただけだった。
歳をとり、女優としての成功が難しくなったルウルウは、ミスター美波から猫の大会で広がる海外俳優との輪に憧れ、猫を飼い始めたのだ。
まこと先生の診察もあり、ルウルウの猫の替え玉だった、ミスター美波の猫は無事出産し、土田は生まれてすぐに捨てられた母・ルウルウに再会することができた。
土田はルウルウの猫を引き取り、ルウルウはもう一度、猫に頼らず自分の夢をブロードウェイで掴もうともがく。
独身なのに指輪をしている野呂さんはかつて、弁護士を目指して頑張っていたが夢を諦めようとしたところでルウルウに出会い、彼女に指輪をプレゼントした。
野呂さんは猫の妊娠事件を調べる過程で、ルウルウの消息を知り、野呂さんの顔も名前も覚えていなかったのが腹立たしく、指輪を川に投げてしまったが、ルウルウはちゃんと持っていた。誰にもらったのかは思い出せずとも、野呂さんの事は覚えていた。
大福亜子は秋田の報告を百瀬にする。そして三千代のアドバイス通り、気持ちを伝える。
飛行機に乗れないのは嘘だったこと。百瀬と少しでも長く一緒にいたくてついた嘘であること。
百瀬は大変な過ちにやっと気付くが、大福亜子は万事休すではないから上を向く必要はないという。
少しだけ大人になった大福亜子を待たせ、依頼人の電話に出た百瀬は、亜子に七重からもらった指輪をプレゼントすると亜子は号泣する。
百瀬には余っていた指輪だと言った七重だったが、本当はその指輪は、七重の三男が亡くなったショックをたちきれなかった時、旦那が買ってきたものだったのだ。
子供は三男だけじゃないのだ。と。旦那はジュエリーショップに入れるような男じゃないが、自分のために買ってきてくれた。何度も指輪を見て自分を励ましてきた。そんな大事な指輪だったのだ。
野呂は七重に、何故百瀬にあげたのかと聞く。
「余計なお世話ってわかってますよ。でもね、余計なお世話は大概、親がやるものです。百瀬先生には親がいないんですから、私が代理でね、余計をするんです」
味見克子は『くるくるキャット夜の森』という児童文学を書き表彰される。
土田はルウルウの猫と一緒にトラックドライバーを続けており、まこと先生との交際も順調のようだ。
寿晴美は、百瀬の大家から出資するから事業をしないかと言われ、三千代の靴で大福亜子がお土産に購入してきた靴磨きを、ネット販売しないかと三千代に持ちかける。
しかし三千代は金持ち相手の商売はしないといい、晴美のような革靴が買えない庶民にも買ってもらえる小さな小瓶を500円で売ろうと思いつく。そして晴美に計画をつめるように言うのだった。
猫弁百瀬が優しさ溢れる人だから、周りも優しくなるんですね。
伊坂幸太郎ではないけれど、勇気も優しさも伝染しますもの。
私の大好きな七重さんの、余計なお世話には泣きました。やっぱり七重さん、好きです。