橋にまつわる地域住民の生活に根差した短編集。
『橋をめぐる
いつかのきみへ、いつかのぼくへ』
著者
橋本紡
発行者 株式会社文藝春秋
ISBN 978-4-16-327650-2
以下、追記で感想なので、ネタバレする上に主観入ってます。読んでない方や苦手な方はブラウザバックでお願いします。
「清洲橋」
父との長年の軋轢に耐えられず就職と共に逃げる様に家を出て以来、仕事が忙しいと理由をつけては一度も実家に帰らなかった私が、多摩川の花火の日に実家のある地元の町に足を踏み入れた。
まだ、実家には足が向かない。父と喧嘩して実家を出る事になった日、弟に連れられて見た多摩川の花火を思い出し、あの日弟と花火を見た場所へと走り出す。ご丁寧にフェンスには大きな南京錠が掛かっていたが、私は靴を脱ぎ捨てフェンスを登り、屋上までを非常階段で登りきったのだ。屋上から見える申し訳程度の小さな花火はあの日と同じで、私は花火を横目に弟からの電話に出る。
「ごめん、やっぱり話しちゃった。母さんはりきってご馳走作ってるよ」実家に足が向くのも、そう遠くはないらしい。
「亥之堀橋」
ずっと水商売の世界で生きてきたバーテンが、勤めていたママとママのパトロンの計らいで、クラブを畳む際に退職金をくれた。そのお金で妻とマンションを建て、一階で道楽半分のバーをしている。
小さなバーに持ち込まれるのは昔から変わらない面倒事が多いのだが、それを厄介だと思わずに解決していく余生の楽しみ方を知っているおじさんの話。
「大富橋」
中学の頃、学年一位の座を欲しい侭にしていた陸と、学年一の不良であった嘉人は幼馴染で友達だった。実家が隣り合っている陸と嘉人の家は互いに貧しく、高校へ進学出来るのかと不安に思っていた矢先、陸は嘉人と堤防へ散歩に行く。
嘉人はその筋の人から誘われた事を陸に告白し、もし、陸の学費を俺が払ってやると言ったら陸は受け取るかと聞かれる。それは突拍子もない話で、嘉人も道から外れる事は嫌がっていた事を知っていた陸は首を振る。
嘉人が引っ越して三年、結局私立の進学校に通っている陸は工業高校に進んだ嘉人と会う機会を失っていた。というのも、陸の高校では予備校の様に周りが皆敵で、ガリ勉でもいいから勉強しなければ置いていかれるという恐怖観念があったのだ。
そんな折、一年の頃から度々行なわれるテストの順位を競っていた同級生がセンター試験の二日前に亡くなった。葬儀に出席した陸に同級生の母は友達だったんでしょと陸に感謝の念を述べる。それ以外に返事のしようがなかった陸が友達だと思っていたかといえば、それは微妙なところで、陸と志望校が同じだった同級生が死んだ事により、ライバルが一人減った事を考えずにはいられなかった。センター試験を今までにない上出来で終えた陸は、嘉人に連絡し、再びあの堤防へ向かう。
別々の場所で三年の月日を過ごしていた陸と嘉人は、本当の友達は互いにお前だけだと言い、笑い合う。
男の子同士でしか出来ない、青春の形だそこにはあった。
「八幡橋」
バツイチ子持ちの佳子の離婚の理由は、二度の流産。一人目の子供を産んだ後、立て続けに流産をしたのだった。当時の若い二人が抱えるには重すぎる問題だった。
しかし、それが原因だった事から別れても会っている二人は、お互いに子供を自分の手元に置きたい。無理な事はお互いにわかっているし、佳子には新しい恋人が居る。元旦那にも居るかもしれない。
しかし、今一歩、踏み出せないのだった。
「まつぼっくり橋」
新居を探しに不動産屋を回るものの、二人が望む条件が多すぎて予算オーバーの物件しかないと言われてしまう。仕方なく違う町へと向かうのだか、夫の大学時代の友達で、不動産屋に勤めている西村の紹介する物件を見て回るが、どうも良いものがない。
最後に紹介された物件は古いが双方気に入った物件で、ここに決めようとした矢先、白蟻に喰われてしまっている事に気付く。
“大人になるとは、こういう事なんだろうか。現実を知り、自分を知る。けれど、その間に、ポロポロ落としてしまったものがあるのではないか。拾い直したい。落としたものを。失ったものを。”
不動産屋に勤めたい訳ではなかった西村と、新たな会社を興そうじゃないかと思い立ち、立ち上がるかつての同級生達を目にした私は、夫が輝く姿を見ながら夫と一緒に暮らせる事が何よりも大切なんだと気付く。
「永 橋」
進学校に入れる為に毎日夜遅くまで塾に通わされる事に疑問を抱き始めた私は、自分の事なのに父と母が毎日の様に喧嘩しながらも娘の進路を議論するのがオカシイと感じる。
父と母の喧嘩が長引き、私は父の実家である祖父の家に預けられる。今までとは違う自由な暮らしに戸惑いつつも、その居心地の良さから次第に自分のおかれている環境を見つめ直す機会ともなった。
両親に初めて意見した、自立の第一歩。
どの話も読みやすく、疑問に思うような振る舞いも少なかったと思います。
中々楽しい本でした。